空耳 soramimi

あの日どんな日 日記風時間旅行で misako

「ダリの繭」 有栖川有栖 角川文庫

2018-07-21 | 読書



初めて読んだ火村シリーズは「乱烏の島」だった。こういう本格密室ものを書く人だと思っていたし、最近絵画を題材にしたタイトルが目につくので、気になっていた『ダリの繭』が文庫になったので楽しみに読んだ。


有栖川有栖さんはちょっと親しみを感じる大阪弁の人で、最近は上町台地の七坂を書いた「幻坂」がある(まだ積んでいるが)だからか火村助教授も相棒のアリスさんも親しみがある。


タイトルは、ダリに心酔している宝飾会社の社長が使っている、リフレッシュ装置のエポジウム溶液が入ったフロートカプセルを繭にたとえたもの。それは鉄の器にも繭にも見える。
その社長が、六甲にある六麓荘の別荘でカプセルの中に浮かんで死んだ。額に傷があり他殺だった。狭い容器には開閉口があり、使うときは蓋を引き上げて出入りするが狭い。
側の脱衣籠は空だった。その上奇怪なことに世間に知られているダリ髭がさっぱり剃り落とされていた。

創設者の父よりも経営手腕の優れた現社長がテナントを増やして会社を拡大してきた。ダリに心酔するあまり鼻の下にひげを蓄え両端は固めて跳ね上げて、それをトレードマークにしている有名人だった。別荘はダリの模写やレリーフで飾り、仕事を離れると付き合い下手で終末は別荘で一人静かに過ごすことが多かった。

社長が長男だったが、三人の兄弟は皆母親が違っていた。
次男は副社長で店を手伝い三男は広告会社にいた。
三男は姓が違っていたので、付き合いがあるアリスも宝飾店とのつながりを知らなかった。兄弟はそれぞれ仕事も順調で資産もあり、兄を殺す動機は薄かった。

独身の社長は秘書の鷲尾優子を愛していたがプロポーズの機会がなく、優子の方は仕事上の付き合いと割り切っていた。
しかし二人の関係は周りがやきもきして見守っていた。
だが勝手な勘繰り以上のことはよくわからず、事情聴取ということで優子の線を当たり始めたところ、彼女は社内の宝石デザイナーと婚約して間もなく結婚する予定だったことがわかる。

火村とアリスは科捜研の調べで殺人現場はリビングで、遺体をカプセルまで運び衣類は処分したことを知る。
しかし、それなら犯人はどうやって見とがめられずに来て帰っていったか疑問が残る。
なくなっていた二足の靴と凶器の人形が、道筋の河原に捨てられていた。

火村が見ると凶器になったできの悪い人形の眼に、歪なパールがはめ込んであった。社員旅行の折に土産物屋で買った者がいたそうだ。しかし彼は人形を自宅にそのまま飾ってあった。人形は二体あった。

回りの人たちはみな曰くがありそうだがアリバイがあり、遺産相続がらみというありふれた原因は兄弟ともになく、恋敵の仕業でもなく、といって決して自殺ではない。凶行時間に別荘に来ていた三男がカプセルに入っていたが、彼も入るのは二度目でタイマ―がいつもより長い50分にセットされていた。その間に凶行が行われたと思われる。彼は音を聞いていない。
多分血に染まっていただろう衣類は?
火村は終盤まで混乱していた。

一体だれがなぜどこでどうやったのか。
手がかりは血に染まった衣類か、それはどこにあるのか。
人形から出た指紋は?


読みやすいが謎は取っ組みにくい。
火村さんの手引きで終盤になって一気にケリが付いてしまったが。そこまでのこんがらがったストーリーは面白い。地理がよくわかるのもいい。

謎解きは楽しいし、火村助教授とアリス、二人の関係がほほえましいので次作も楽しみ。




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HNことなみ

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「傘を持たない蟻たちは」 加藤シゲアキ 角川文庫

2018-07-20 | 読書




本屋さんでカドフェス2018の棚に並んでいた中からタイトル買いをした。 読み始めて作者のプロフィールを読んだが、なんと彼は30歳の若者で、ジャニーズのタレントだった。失敗したかもと思いながら。


だからどうというのではないが、タレントや芸人という既にその世界で名前が出ている人たちの本も多い。小泉今日子さんの書評は前に読んでいたのでとても好感を持っていた。タレント本という名前で苦労話や成功譚など特にファン向けにあるような本や写真集が出ていたが、最近は又吉さんのこともあって、タレントという名実ともに才能がある小説家で活躍する人が増えて来た。

世代の差や世界観の違いがあればレビューが難しいかもしれない、と重い気分で読み始めた。

短編が7編、初めての短編集だというが、キャラクターもストーリーもいい。べたべたの現実を自己流の視点で著すのではなく、心に拡がる風景を暖かく時には哀歓をもって語っていく。スタイルも言葉も新鮮で、年齢の差を超えて共感できる部分があった。

☆染色
美大生のはなし。橋げたにこっそりアートを描いている女性との出会いと別れ。
これは若者の平均的な生活の欠片のようだが、今時感がたっぷり。

☆Undress
 タイトルが面白い。
父親のように零細企業に勤め倒産の憂き目にあいたくない。家族は満足な暮らしができなかった。そんなのはごめん だ。
猛勉強をして有名広告会社に入り実績を積んだ10年。さあ念願の脱サラだ。脱いで重なったスーツは過去の抜け殻だった。送別会の拍手に送られて、こちらも選りすぐった赤いボールペンを配った。残った一本は自分用に。
休暇が始まった。実績があるし未来には余裕があった。そろそろひた隠しにしていた彼女と遠慮なく会える。と思ったが。彼女の意外な真実が甘い未来を打ち壊す。軽いミステリかも。

☆恋愛小説(仮)
出版社から「男子の恋愛」という女性週刊誌から執筆依頼が来た。という書き出しで。これで作者は何を書くのかちょっと期待した。 
これは上手い。着想がファンタジックなSFだ。
書けるはずがないと思いつつ題名は「恋愛小説(仮)」とした。とりあえず200文字書いた後酒を飲んで眠ってしまった。200字に書いた理想の美女とのあれこれをそのまま夢に見た。200字書けばそれを夢に見る。次々に200字だけの内容は理想通りに更新して付き合いが発展して行った。200字の夢に取り込まれた。だが。予想外なことに。

この依頼は実際にあったそうだ。

☆イガヌの雨
 イガヌは食べ物だ、18歳未満は食べてはいけない決まりがある。
イガヌは突然飛行機から降ってきた、それから毎年12月に降ってくる、おいしいし薬効がある、栄養が豊富で食べれば餓死寸前の子供がみるみる回復する。試験明けの開放感で友達と初めて食べた。おいしすぎて従来の家庭料理や食材が消えていく。

☆インターセプト
なんとなく自分留意いいと思った彼女の落とし方。
こんな所はこう演じるのか、スーパーボールで黄色いタオルを降ることなどまねる。
大人な世界が若者風に。

☆おれさまのいうとおり
ゲームをしていたら8階なのにベランダから「おっさん」が入って来た。
「LOOPER」とか「時かけ」だの「タイムリープ」だのという言葉が挟まる。おっさんは俺の恥ずかしいことまで知っている。これは未来の俺か。まじで?

☆にべもなく、よるべもなく
 田舎町なので首都高速に乗ったことがあるという工藤先輩を尊敬している。中三で「妄想ライン」という小説で小さな賞を取った、村で知らない者はない。先輩は首都高を走ったのか、免許もないのに。
しかし親友のケイスケは、フィクションだろうそれでも本質には変わりがない、という。
ケイスケの秘密を知って、彼を理解するのに時間がかかった。
浜で独り暮らしの根津ジイとは親しくしていた。ケイスケが遠くなっていく姿を見て、根津ジイがいう。

「お前、なにか間違ってるな。人ってのはな、喜ぼうと思っても限界があるが、悲しもうと思うと際限なく悲しむ悲しむことができる。わしは悲しんだりしない。ただの出来事として受け入れる」

喜びは有限。悲しみは無限。僕は心の中でそう何度もつぶやいた。

先輩は実際に運転したのだろうか、免許を取った僕は首都高を走っている。


スタイルも、テーマもよく考えられ面白かった。アイドルで今30歳の加藤シゲアキさんに若書きとは言えない。
私はその頃子育てで忙しかった、環境は全く違っていても、この短編集の面白さはよくわかる。
言葉の感覚もテーマも好きなので、こういった人間性や観察感の豊かさが好きでこれからもいい文学を作り出してほしいと思う。ずいぶん世代のギャップはあるが現代の若者言葉もうまく嵌っていいリズム感を出している。




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HNことなみ



コメント (2)
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