まくどなる「ど」→「ど」いつ(ドイツ)
ドイツがからんだ映画の大半が、ナチス物―といっても大袈裟には聞こえないほど、映画界にとってナチスは(敢えていうが)ありがたい存在。
ほら、みんなのヒーロー、インディだって「ナチは嫌いだ」と発するじゃない。
それを踏まえてナチスの最高権力者と対峙するこのシーンを観れば、映画的に捉えた場合、理想的な悪役であることに納得するでしょう。
強調しておくけれど、理想的なのは映画などのフィクションにかぎっての話。
しかしヒトラーは現実に存在していたわけだし、ほとんど悪魔といってよかった。
ガキのころから悪魔だった、、、とまではいわないがね。
イエモンも歌っている、
♪ あの偉い発明家も 凶悪な犯罪者も みんな昔、子どもだってね ♪
どこで狂ってしまったのかを「時代」だけのせいにするのもちがうとは思うが、
とりあえずそれは置いておいて、現代ドイツ人はえらいなと感動さえ覚えてしまうのは、
世界各国で制作されているそれら「ナチスドイツを悪役として設定する」映画を、きちんと受け入れているところ。
それが出来るのは、あの時代を負の歴史として認識しているからでしょう、
これって簡単なようでいて、その実なかなか出来ないことなんじゃないかな。
ハリウッドが、米先住民に対する迫害を負の歴史として描き始めたのは「ごくごく」最近のことなんだもの。
そんなドイツは、映画史的にも重要な国であったりする。
創世記におおきな関りを持っている・・・のだが、ここいらへんの話をすると20000字でも足りなくなるので、きょうは「なんらかの形でドイツが関わっている」映画、そのなかでも割と知られているもの、一般的な映画好きが観ても「すんなり物語に入っていける」もの―という基準で、おすすめの5作を選出してみた。
『ブリキの太鼓』(79)
グロテスクな大人たちに幻滅、3歳のころに自らの意思で「成長を止めた」オスカルの目を通し、ドイツ近代史を俯瞰する大傑作。
公開当時の価値観で捉えても、現代の観客からみても児童ポルノを想起させる描写が散見されるものの、映画表現は、このくらい自由であったほうがいい。
『M』(32…トップ画像)
初期ドイツ映画を牽引した天才、フリッツ・ラングによるサスペンス。
異様な弾劾裁判のシーンに、ラングの深い洞察力が光る。
『U・ボート』(81)
本コラムでも何度か言及しているが、やはり、潜水艦映画にハズレなし。
極限状態を生きる男たちをリアリティ溢れる演出で描き、こんなものには乗りたくないと思わせてくれた。
『愛を読むひと』(2008)
「はじめてのひと」が、アウシュヴィッツ強制収容所の女性看守になっていた。
映画を支えるのは俳優の顔ではなく、身体なのかもしれない・・・とまで思わせる、ケイト・ウィンスレットの裸身が素晴らしい。
『イングロリアス・バスターズ』(2009)
「せめて映画のなかだけでも…」という思いがあるのか、QTタランティーノは「歴史の大逆転」を図った作品をいくつか撮っている。
そういうところが格好いいんだな。
あすのしりとりは・・・
どい「つ」→「つ」あー。
…………………………………………
明日のコラムは・・・
『シネマしりとり「薀蓄篇」(282)』
ドイツがからんだ映画の大半が、ナチス物―といっても大袈裟には聞こえないほど、映画界にとってナチスは(敢えていうが)ありがたい存在。
ほら、みんなのヒーロー、インディだって「ナチは嫌いだ」と発するじゃない。
それを踏まえてナチスの最高権力者と対峙するこのシーンを観れば、映画的に捉えた場合、理想的な悪役であることに納得するでしょう。
強調しておくけれど、理想的なのは映画などのフィクションにかぎっての話。
しかしヒトラーは現実に存在していたわけだし、ほとんど悪魔といってよかった。
ガキのころから悪魔だった、、、とまではいわないがね。
イエモンも歌っている、
♪ あの偉い発明家も 凶悪な犯罪者も みんな昔、子どもだってね ♪
どこで狂ってしまったのかを「時代」だけのせいにするのもちがうとは思うが、
とりあえずそれは置いておいて、現代ドイツ人はえらいなと感動さえ覚えてしまうのは、
世界各国で制作されているそれら「ナチスドイツを悪役として設定する」映画を、きちんと受け入れているところ。
それが出来るのは、あの時代を負の歴史として認識しているからでしょう、
これって簡単なようでいて、その実なかなか出来ないことなんじゃないかな。
ハリウッドが、米先住民に対する迫害を負の歴史として描き始めたのは「ごくごく」最近のことなんだもの。
そんなドイツは、映画史的にも重要な国であったりする。
創世記におおきな関りを持っている・・・のだが、ここいらへんの話をすると20000字でも足りなくなるので、きょうは「なんらかの形でドイツが関わっている」映画、そのなかでも割と知られているもの、一般的な映画好きが観ても「すんなり物語に入っていける」もの―という基準で、おすすめの5作を選出してみた。
『ブリキの太鼓』(79)
グロテスクな大人たちに幻滅、3歳のころに自らの意思で「成長を止めた」オスカルの目を通し、ドイツ近代史を俯瞰する大傑作。
公開当時の価値観で捉えても、現代の観客からみても児童ポルノを想起させる描写が散見されるものの、映画表現は、このくらい自由であったほうがいい。
『M』(32…トップ画像)
初期ドイツ映画を牽引した天才、フリッツ・ラングによるサスペンス。
異様な弾劾裁判のシーンに、ラングの深い洞察力が光る。
『U・ボート』(81)
本コラムでも何度か言及しているが、やはり、潜水艦映画にハズレなし。
極限状態を生きる男たちをリアリティ溢れる演出で描き、こんなものには乗りたくないと思わせてくれた。
『愛を読むひと』(2008)
「はじめてのひと」が、アウシュヴィッツ強制収容所の女性看守になっていた。
映画を支えるのは俳優の顔ではなく、身体なのかもしれない・・・とまで思わせる、ケイト・ウィンスレットの裸身が素晴らしい。
『イングロリアス・バスターズ』(2009)
「せめて映画のなかだけでも…」という思いがあるのか、QTタランティーノは「歴史の大逆転」を図った作品をいくつか撮っている。
そういうところが格好いいんだな。
あすのしりとりは・・・
どい「つ」→「つ」あー。
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明日のコラムは・・・
『シネマしりとり「薀蓄篇」(282)』