ヒトリシズカのつぶやき特論

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スイスの高級腕時計を復活させたビジネスモデルの話を伺いました

2011年03月10日 | イノベーション
 「日本vsスイス 戦後における時計産業の比較と将来像」という刺激的なタイトルの興味深い講演を伺う機会に恵まれました。現在、大阪大学大学院経済学研究科に研究者として招へいされているピエール・イブ・ドンゼさんがある研究会でお話されたものです。

 ドンセさんはスイスの大学教授です。現在、日本学術振興会の外国人特別研究員として招へいされ、大阪大に赴任し時計産業の史学を研究されています。


 スイスと日本の時計産業の比較話の中で一番驚いたのは、2008年のスイスの時計の輸出額が140億米ドルであるのに対して、日本の時計の生産額は10億ドルに達していないのです。スイス国内では生産された時計(ほとんどが腕時計)は輸出されるそうです。単純に比較すると、日本はスイスの1/20ぐらいのようです。2009年にはリーマンショックでスイスの輸出額も日本の生産額も減りますが、日本の方が減少額が大きく、その後の回復も遅いのです。

 この輸出額や生産額の数字は腕時計などの完成品の話です。実は、日本の時計メーカーは「ムーブメント」あるいは「キャリバー」などと呼ばれる腕時計を動かす中身をかなり輸出しています。中国などの腕時計の中身は、日本製であることが多いと聞いています。

 しかし、それにしても日本の腕時計事業の稼ぎは、思ったより少ないことに驚きました。日本の腕時計はたぶん1個が数万~10数万円なのに対して、スイスの高級ブランドの腕時計は数10万~数100万円です。こうしたことを考えると、日本の腕時計の生産額を考えると、生産個数は日本の方が多いのかもしれません。日本の腕時計の輸出比率は、1994年に約21%、2000年に約14%、2009年に11%とどんどん下落しています。“メイドインジャパン”の製品の中で、海外市場で通用しない、珍しい製品になっています。

 時代を遡(さかのぼ)って1970年代から1980年代を考えると、日本の腕時計は生産額が、スイスの輸出額を上回り、スイスの時計産業は敗北に直面します。日本のセイコーウオッチ(当時の服部時計店の一部)が1969年に水晶振動子で正確に時を刻む「セイコークオーツ アストロン」を製品化し販売し始めたのです。


 クオーツ腕時計は、正確に時を計るという意味で、日本の技術がスイスを上回った象徴の要素技術です。ドンセさんは「日本の腕時計はプロダクト・イノベーションに成功した」と解説します。この結果、スイスの腕時計の輸出は、1974年の個数と従業員が8440万個・7万6000人、1980年に同5090万個・4万7000人、1983年に同3020万個・3万300人と縮小していきます。従業員は「主にスイス人以外の外国人を減らした」と、ドンセさんは分析します。

 スイスの時計産業が直面した危機に対して、スイスの時計産業界はプロセス・イノベーションを図ります。SMH(スイス・エレクトロニク・時計)は、ムーブメントや他の部品の生産をASUAGという企業に集中させる一方、高級ブランドの腕時計の「Omega」と「Tissot」などをつくる会社を合併します。日本に対する危機感は、こうした時計企業の合併を加速し、スイスの時計案業界は、Swatch Groupを中心に集約が進みます。結局、ASUAGが駆動機構のムーブメントと部品を集中的に生産する体制を築きます。同時に、OmegaやTissotなどの高級ブランド腕時計の企画・デザインなど担当する各販売会社同士を競わせる仕組みを築きます。


 スイスの高級ブランドの腕時計は、多くが機械式のムーブメントを搭載しています。

 Swatch Groupは、さらにムーブメントと部品の生産を担当するASUAGの主力を工場を、アジアのタイやマレーシア、中国などに展開し、人件費の安い国で生産する体制を強化します。同時に、各高級ブランドの腕時計のブランド戦略を明確化し、差異化します。この結果、高級ブランドの代名詞であるOmegaは、Swatch Groupの時計の総売上高の約34%・1197億円(2006年で)を占めるまで成長します。実は、仲間同士である高級ブランドの腕時計が海外市場で互いに競い合い、日本の腕時計の参入を防いでいます。

 Swatch Groupのプロセス・イノベーションと高級ブランドの腕時計のブランド戦略を図った“時計一族”の系譜です。


 こうしたスイスの腕時計のビジネスモデルはいろいろな議論・分析・研究がなされていますが、「スイスの時計産業は腕時計を宝石のような装飾品にして、世界中の富裕層を顧客とした」のに対して、日本の時計会社は「製品としての高性能化を追究し、正確に時を計る点ではある到達点に達し、それ以上の高性能化の対価をユーザーが払わない極限にまで到達しました」が平凡な答えのようです。さらに、日本や欧米などの先進国では、携帯電話機の普及によって、腕時計に頼らなくても時間を正確に知ることができるようになり、若者の腕時計離れが進行してしまったようです。

 この問題は、日本の製造業が真剣に考えることです。製品のユーザーがどんな製品価値に対価を支払うのか、そのビジネスモデルをよく考える必要があります。単純な高性能化ではないようです。ここを間違えると、事業が成立しないくなります。日本に突きつけられた難問です。