荒神さんが鎮座すると云うので出かけてみた。当該ブロガーがガキの頃には。万九千神社の神去出祭(からさでさい)に出かけたものである。参拝するのは、それから60年は経過しているであろう。昔は田んぼの中にポツンとの感じだったが、現在は住宅地に変貌している。
立虫神社に関しては、神立大明神と称しており、もとは、現在地より南西700mほどの鎮座していたが江戸期・寛文年中、斐伊川の川床の変遷により、万九千神社の境内へ遷座したとあり、境内には立虫神社と万九千神社が併存鎮座している。
今回は、立虫神社と万九千神社を紹介し、荒神さんや摂社は次回紹介する。
立虫神社の祭神は素戔嗚尊の御子神と姫神である五十猛命・大屋津姫命・抓津姫命の三柱の神である。
万九千神社の祭神は、大穴牟遅命・少彦名命等で出雲の地を建国した神である。
鳥居を潜り参道正面が立虫神社拝殿である。現在は万九千神社がはるかに著名である。出雲大社に参集した全国の八百万の神々が、当該・万九千神社からお立ちになり戻られるのである。出雲では神去出(からさで)と呼ぶ。参道正面に立虫神社が鎮座するのは、こちらが本社であろうか。
(立虫神社拝殿)
(立虫神社本殿)
(万九千神社拝殿)
(万九千神社拝殿後方の神籬磐境の石柱)
(神籬磐境の石柱)
神の依代が石柱であり、巨木や巨石を信仰していた古い信仰の形態を示している。今回はここまでとする。
<続く>
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