過日、出雲弥生の森博物館の企画展を観覧。四隅突出墳丘墓のジオラマを眺めていると、過去に記事にした・・・
に関連する幡が、出雲王の葬送場面に表現されていた。過去に何度も当該ジオラマを見ているが、今まで気が付かなかった。それは故出雲王の葬送場面で、現出雲王と妃の背後に立つ近侍が捧げ持っている。その場面が下の写真である。
現出雲王の背後には、蓋(きぬがさ)が掲げられており、その隣は幡を捧げ持っている。更に目を凝らすと・・・
「レッド・クリフ」に登場する、中国式軍旗や槍に結ばれた幟が表現されている。
これらを見ていると、たまたまであろうが学芸員氏と出会ったので、出雲王背後の幡は、考古学的知見に基づくのかと尋ねると、考古学的には証明されていないとの回答。傍証は、当該ブログ(上掲リンク)で過去に示した日本書紀のイザナミの葬送場面や、出雲国風土記所載『出雲国風土記・大原郡条』の『高麻山』について、”古老が伝えて言うには、「神須佐能袁命の御子の青幡佐草日古命がこの山の上に麻をお蒔きになった。」だから高麻山という。”・・・とある。ここで青幡は固有名詞ではなく、一般名詞で青色の幡と云うことになる。この2点を傍証として、ジオラマの表現にしたとのことであった。
何処かと云うより、やはり出雲の弥生遺跡より幡が出土して欲しいものである。
<了>
毎回興味深い内容です。
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