今日は日曜日。
私は、グアム行きまであと3日となり、死ぬほど楽しみにしているというのに、
母が変です。
夜、母の妹から電話がありました。
こんなに体調の悪い時に電話が来て、参ったなぁと思って話をしたら、
胸騒ぎがして、心配になったというのです。
昨年父が亡くなった時も、
胸騒ぎがしたと言って、何十年ぶりで電話を掛けてきた人がいました。
そういう事って、あるんだ・・
わたしだって、霊がいる部屋は解るんだよ。
すっごく、あの気持ち悪さが襲ってくるの。
前住人が自殺したお風呂に入った時のあの気持ち悪さが。
``````````````
母は、金曜日にショートステイから帰宅しました。
元気でした。
昨日土曜日には、膀胱炎だとか便秘だとかでデイサービスを休んでいました。
そして、土曜日に病院へ行くと言い出しました。
母は主治医がいないので、駅前の入院設備のある病院に行くと言いますが、
お願いだから今回はすぐ近所の病院へ行ってくれとお願いしました。
なぜかというと、6月にそこで血液検査をして、大腸癌・乳癌の疑われる腫瘍マーカーの値が悪く、精密検査をするから来るように言われていたのです。
乳ガンのエコー検査をする事になっていましたが、もう4ヶ月も経ってしまいました。
元気だった証拠です。
母は、入院出来る病院に行きたいようでしたが、近所の病院に行ってくれました。
出掛けに、診察券や保険証を探して、もう大変です。
私は、土曜も日曜も昼まで仕事の予約があり、付き添えません。
母一人で行かせました。
私の仕事が12時過ぎに終わっても、母は帰宅していません。
そして、クタクタで帰宅しました。
大腸カメラを入れたそうです。
センセイはどうしても大腸癌を疑っていましたから。
浣腸をしてから大腸カメラを入れ、大きなポリープがあったそうで、
でも、便が残っていて取れないとか・・
何処で、このポリープを取るべきか先生は独り言で悩んでいたそうです。
自分が取ろうと決心もしていたそうです。
11月18日に大腸ポリープ切除の予約を入れてありました。
母は、クタクタです。
家に帰るとすぐにベッドに寝てしまいました。
私は出された便秘薬とか、真面目に飲ませて、
今日の日曜日。
母は、腰が抜けたと言って、フラフラになってしまいました。
ベッドから起きて、よろけながらトイレに行きました。
私は後ろから支えてあげたのですが、
出てきて、母は自分の部屋でリハビリパンツを取り替え出しました。
私は見ちゃ悪いので、様子だけうかがっていました。
母は立っていられず、その辺の衣装箱に座って、ズボンやズボン下を取り替えています。
それが、かなりの時間を掛けているんです。
あきらかに、おかしい。
手伝おうか? と声を掛けると
大丈夫 と答えるのでプライバシーを守ってあげるためにそっとしておきました。
あまりに、時間がかかって取り替えているので
私は、メリーの散歩に出ました。
30分過ぎて帰宅すると、母はまだズボンをはけずに衣装箱に座ってズボンを取り替えていました。
そのうち、支度が終わって寝てしましまいました。
脱いだリハビリパンツは、いまも畳の上に置きっぱなしです。
私が踏み込んでいない世界なので、どうしたらいいもんか・・・
私は、今日昼で仕事がおわり、ずっと母と過ごしました。
トイレに行く時、後ろから身体を支えました。
フラフラで、力が入らないようです。
母に、だるいのか? 気持ち悪いのか? 頭が痛いか? お腹が痛いか?
って聞いても、何処も悪くないと言います。
『 わたしは、もう90になるから、いつ死んでもいいんだ。
もう、お父さんのそばに行きたい。
(身体が変なのは)年のせいだ。
わたしは、何処も悪くない。 歳をとったのだ 』
コンナ事ばかり、言っています。
夕食は、とろろ掛け御飯と、かに玉スープです。
起きてきて、やや食べてくれました。
でも、またすぐに寝て、
時々大汗をかいていました。
寒い寒いって言うから、電気あんかを布団にいれて、ガスストーブも付けているせいです。
しかし、私も今日はまことに寒くて、とうとう昼にストーブを付けたのです。
ストーブを付けたら、私の身体も落ちつきました。
=========
一体ドウしちゃったんでしょうか。
わたしの考えでは、
下剤の飲み過ぎじゃないでしょうか。
ずいぶん飲んだし・・・
浣腸して下剤の必要がないのに、下剤を何回ものんでるし・・・
あす、回復していますように。
心からのお願いです。
健康が一番です。
何回も買い物してきて良いから、元気で居てください。
私は、グアム行きまであと3日となり、死ぬほど楽しみにしているというのに、
母が変です。
夜、母の妹から電話がありました。
こんなに体調の悪い時に電話が来て、参ったなぁと思って話をしたら、
胸騒ぎがして、心配になったというのです。
昨年父が亡くなった時も、
胸騒ぎがしたと言って、何十年ぶりで電話を掛けてきた人がいました。
そういう事って、あるんだ・・
わたしだって、霊がいる部屋は解るんだよ。
すっごく、あの気持ち悪さが襲ってくるの。
前住人が自殺したお風呂に入った時のあの気持ち悪さが。
``````````````
母は、金曜日にショートステイから帰宅しました。
元気でした。
昨日土曜日には、膀胱炎だとか便秘だとかでデイサービスを休んでいました。
そして、土曜日に病院へ行くと言い出しました。
母は主治医がいないので、駅前の入院設備のある病院に行くと言いますが、
お願いだから今回はすぐ近所の病院へ行ってくれとお願いしました。
なぜかというと、6月にそこで血液検査をして、大腸癌・乳癌の疑われる腫瘍マーカーの値が悪く、精密検査をするから来るように言われていたのです。
乳ガンのエコー検査をする事になっていましたが、もう4ヶ月も経ってしまいました。
元気だった証拠です。
母は、入院出来る病院に行きたいようでしたが、近所の病院に行ってくれました。
出掛けに、診察券や保険証を探して、もう大変です。
私は、土曜も日曜も昼まで仕事の予約があり、付き添えません。
母一人で行かせました。
私の仕事が12時過ぎに終わっても、母は帰宅していません。
そして、クタクタで帰宅しました。
大腸カメラを入れたそうです。
センセイはどうしても大腸癌を疑っていましたから。
浣腸をしてから大腸カメラを入れ、大きなポリープがあったそうで、
でも、便が残っていて取れないとか・・
何処で、このポリープを取るべきか先生は独り言で悩んでいたそうです。
自分が取ろうと決心もしていたそうです。
11月18日に大腸ポリープ切除の予約を入れてありました。
母は、クタクタです。
家に帰るとすぐにベッドに寝てしまいました。
私は出された便秘薬とか、真面目に飲ませて、
今日の日曜日。
母は、腰が抜けたと言って、フラフラになってしまいました。
ベッドから起きて、よろけながらトイレに行きました。
私は後ろから支えてあげたのですが、
出てきて、母は自分の部屋でリハビリパンツを取り替え出しました。
私は見ちゃ悪いので、様子だけうかがっていました。
母は立っていられず、その辺の衣装箱に座って、ズボンやズボン下を取り替えています。
それが、かなりの時間を掛けているんです。
あきらかに、おかしい。
手伝おうか? と声を掛けると
大丈夫 と答えるのでプライバシーを守ってあげるためにそっとしておきました。
あまりに、時間がかかって取り替えているので
私は、メリーの散歩に出ました。
30分過ぎて帰宅すると、母はまだズボンをはけずに衣装箱に座ってズボンを取り替えていました。
そのうち、支度が終わって寝てしましまいました。
脱いだリハビリパンツは、いまも畳の上に置きっぱなしです。
私が踏み込んでいない世界なので、どうしたらいいもんか・・・
私は、今日昼で仕事がおわり、ずっと母と過ごしました。
トイレに行く時、後ろから身体を支えました。
フラフラで、力が入らないようです。
母に、だるいのか? 気持ち悪いのか? 頭が痛いか? お腹が痛いか?
って聞いても、何処も悪くないと言います。
『 わたしは、もう90になるから、いつ死んでもいいんだ。
もう、お父さんのそばに行きたい。
(身体が変なのは)年のせいだ。
わたしは、何処も悪くない。 歳をとったのだ 』
コンナ事ばかり、言っています。
夕食は、とろろ掛け御飯と、かに玉スープです。
起きてきて、やや食べてくれました。
でも、またすぐに寝て、
時々大汗をかいていました。
寒い寒いって言うから、電気あんかを布団にいれて、ガスストーブも付けているせいです。
しかし、私も今日はまことに寒くて、とうとう昼にストーブを付けたのです。
ストーブを付けたら、私の身体も落ちつきました。
=========
一体ドウしちゃったんでしょうか。
わたしの考えでは、
下剤の飲み過ぎじゃないでしょうか。
ずいぶん飲んだし・・・
浣腸して下剤の必要がないのに、下剤を何回ものんでるし・・・
あす、回復していますように。
心からのお願いです。
健康が一番です。
何回も買い物してきて良いから、元気で居てください。
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