minga日記

minga、東京ミュージックシーンで活動する女サックス吹きの日記

吉祥寺ズミ(dzumi) ~出会いとお別れ~

2014年03月16日 | ライブとミュージシャンたち
「ズミを知らないなんてダメですよ!・・・」などとお客様からも言われ、トシキからはズミがどれだけ魅力のあるお店なのかを聞いていたので、初めての店だが、とても楽しみだった。

7年前にオープンしたこのお店、店主の泉さんは貴重なレコードをほとんど持っていらっしゃって、さらにそれにまつわるエピソードも面白おかしく説明してくれるので時間がいくらあっても足りない(笑)。

私の事も当然ながら「何度も聞きに行ったことがありますよ。」と初対面の私にニコニコと優しく笑いかけてくださった。

井の頭通り沿いで、ビルの7階。眺めが抜群で、もう少し早い時間から夕暮れ時にやれば、絶景をバックに演奏できる。次回はその時間帯にやりましょう!などと始める前から次回の相談(苦笑)。

TReSで初演奏となる、ピアソラの曲を3つ、オリジナルを3つ、そしてソロを・・・「今回はトレス(3)にこだわってみました。」とトシキ。あまりフリーにこだわらず、今できる事を試させていただいた。



「うちは、フリーのお店だと思われているかもしれませんが、何をやってもいいんです。フリーっていうジャンルなんて、本当はないですから。今日みたいな演奏をやってくださってこそのインプロなんです。」と泉さんは演奏後に嬉しそうに語っていた。






3万円もする、セシルテイラーとTony Oxleyのライブ盤(セシルの80歳誕生日ライブ限定版)

いやはや、本当に貴重なレコードを聴かせていただき、おいしいおつまみなどもご馳走していただき、至れり尽くせり。お客様も交えての泉さんのジャズトークを聴くだけでも相当な価値があると思います。

ふだんはカフェとしてもやっていますので、興味ある方はぜひ立ち寄ってみてくださいね。次回は日曜の午後4時くらいから演奏したいと思ってます。



そして、翌日は朝から、ピットインのPAを長い間担当してくださっていた藤村保夫氏の告別式に参列してきました。沢山の音楽関係者が集まり、いろいろと懐かしい顔・・・藤村さんがいかに慕われていたかがよくわかるご葬儀でした。

私もピットインが伊勢丹の裏にあった時代からずっとずっとお世話になっていたのですが、藤村さんがいれば安心。ピットインにはなくてはならない存在で、いなくなってみて本当に「藤村さんに支えて頂いてここまで来れたんだな。」としみじみ・・・。

アフリカのパーカッションにはマイクをたてなくて十分聴こえる。でも「ここに全部たてて」と我がままを言うアフリカンパーカッションもたまにいる。そんなとき、藤村さんと目配せ。一応マイクはたててもらい、モニターは返してあげて、外音は殆ど出さない。私の気持ちを藤村さんはきちんと察してくれ、最高にやり易い音をステージ上でいつも作り上げてくれる。演奏後には「いやあ、今日の演奏は素晴らしかったですね。いつもありがとう。」と優しい言葉をかけてくださる。藤村さんが褒めてくれると、本当に嬉しくて・・・一つ一つが自信につながっていったのであります。

「RIO君もこれからが楽しみですね~。」と息子がまだ3歳前の頃、一緒に飛行機で沖縄に同乗した事もあり、RIOの成長を心から喜んでくれてもいました。

今日の告別式で久しぶりに再会した鬼怒君も「藤村さんがいてくれた御陰でストレスなく演奏できていたんだって初めて気がついたんですよ。」とぽつり。本当にその通りです。ピットインの音は藤村さんの音だったのです。

これから、いなくなった穴埋めは本当に大変だと思いますが、天国からも見守ってくださいね、藤村さん。闘病生活も大変だったと思います。お疲れさまでした。ゆっくり休んでください。本当に本当に長い間ありがとうございました。心からご冥福をお祈りいたします。