minga日記

minga、東京ミュージックシーンで活動する女サックス吹きの日記

どしゃ降りのSANATA BARで

2014年11月30日 | ライブとミュージシャンたち
今日は夜8時からUsina del arte で行われる「Orquesta del tango de buenos aires」の無料コンサートに行って来た。行く直前から大雨が降り出し雷まで・・・。傘をめったにささないアルゼンチン人。車の中から見たら上半身裸で横断歩道を駆け抜けて行く男たち・・・。

こんな日だからいくら無料といえども、お客さんが入るのかな~?と思って会場に入れば、結構7割は席が埋まっていたのにびっくり。今日は特別なピアニスト、Cesar Salgan がゲストだからポルテーニョたちは楽しみにしていたようだ。ジャズフェスの雨の日はガラガラだったのに。市民のタンゴ愛は特別なのだ。



こういう素晴らしいタンゴに気軽に(なんといっても無料!)触れる事ができるのは、やはりブエノスアイレスだからこそ。たっぷり堪能して帰宅。

さて、夜はSANATA BARというタンゴミュージシャンたちが集うBARでのライブが12時からあるのだ。[SANATA]という意味はポルテーニャたちのスラングで「詐欺師」という意味らしいw。しかし、土曜の夜中12時からお客様は来てくれるのかな?しかもこんなにどしゃ降り・・・2,3人しかいなかったら・・・などと心配しつつ、11時半くらいに到着。お店は超満員だった!!



「この前のセンテナリオ(ジャズフェス)で聴いたんだ」
「Youtubeで君たちの演奏を観て来たんだ」
「2年前、Jazzologiaで聴いたことがあって。」

沢山雨の中を予約して来てくれていたのだった・・・(涙)。夜中12時スタートということもあったので、やはりこちらの国歌から開始。





ここは気楽にタンゴとオリジナルを織りまぜながら。お客様もノリノリで聴いてくれている。みんなの反応がじかに伝わってくるので、今まで演奏した中でも一番やり易かった。





1セット終ったところで、先日会田桃子さんのタンゴショーでお会いした、素晴らしいバイオリニスト(マエストロ)Alejandro Schaikis がわざわざ聴きに来て下さっていたのにもびっくり。彼らの前で堂々とピアソラなんか演奏しちゃって・・・大汗。

それでもマエストロはとても喜んで下さっていた。ブラジルの曲をブラジルで演奏できたことも、この場所でピアソラを演奏できたことも本当に大きな自信に繋がるとても素晴らしい経験に・・・。

この店のシステムは週末にこうやって、夜中に投げ銭ライブ方式で行い、ミュージシャンが好きなように演奏する。夜のライブ、12時からのライブ、そして2時からも・・・3バンド出演する。

2年前にこの店で、タンゴショーを終えた若手No1と言われているバンドネオン奏者グレコ兄弟とPabloMotta(bass)氏のライブを聴いたときに、いいな~、私もここで演奏したい。とPabloさんと話をしたのが実現した。思えば叶う。とはいえ、影でいろいろとブッキングを助けて下さった高野ご夫妻に本当に感謝の気持ちで一杯です。ありがとうございました~。

2セットもアンコール入りでたっぷり演奏させてもらい、投げ銭もたんまりいただき、美味しいピザやニョッキをご馳走になって、スタッフたちも大喜び。「来週もここに出演してくれ」という約束まで。ああ、20年前のNYを思い出すなあ・・・・。音楽って最高!


ラジオと動画でこんにちは!

2014年11月29日 | ライブとミュージシャンたち
昨日の夜中はラジオ「Astormania」で生演奏。打ち合わせもなしに、11時からの生番組にいきなり入り、CDをかけている合間「あと4分は話していいよ」と言われながら、バタバタと楽器をセッティング。えええ?ここで演奏するの?真ん中に大きなマイクとテーブルがあり、そこに司会のおじさんやおばさんたちが座っている。それを囲むような形で3方の壁際にスタンバイ。音ももの凄くデッドだからやりにくいったらありゃしない(涙)。ラジオで流れた音にはリバーブはかかっていたのかな・・・。とにかく夜中の過酷な演奏は夜中12時の合図とともに国歌も演奏し、たっぷり3曲も演奏させていただきました~。

日本の友人たちも聴いてくれていると思ったので私は日本語でご挨拶。聴いてくださったかた、ぜひ感想を聴かせてくださいね。

そして、先日のブエノスアイレス国際ジャズフェスでのラストの1曲も友人がアップしてくれたので、ここに添付しておきます。

リオのスペイン語での挨拶、私のヘタクソな挨拶、そして国歌へ~~。熱い拍手が沸き起こるのがわかる素敵な映像です。

あのときの感動が蘇ってくる。Gracias,amigos, Gracias Argentina!!




[国歌~Libertango]
ブエノスアイレス国際ジャズフェスティバルの映像はこちらから

地球の裏から生放送!

2014年11月26日 | ライブとミュージシャンたち
日曜のジャズフェスティバルが終った直後、プロデューサーのカルロス氏が「今週金曜にあるラジオ番組に出演しないか?」と打診があった。

その日は、夜中の12時からAlmagroというタンゴミュージシャンたちが主催するタンゴクラブでの演奏が・・・。ラジオ番組は夜の11時から生放送だから、どうしよう・・・と迷っていた。ところが、先週末から政府の検査がはいって、Almagroは営業停止処分に。だいたい1,2週間でお許しがでるらしいのだが、こちらとしては有り難い。できるかどうかわからないライブの予定はキャンセルすることにし、ラジオ番組に出演させていただくことになった。

「Astormania」という番組で、其の名のとおり、ピアソラしか放送しない。そんな大層な番組に「ピアソラを壊した」と言われる私たちが演奏なんかしちゃっていいのだろうか・・・(苦笑)。いいんだなw。ということで、生演奏つきの2時間。日本でもチャンネルをあわせれば、PCでも聴けます。

日本時間の29日(土)昼11時~1時まで。

[Astormania]

こちらをクリック。

地球の裏側から元気にがんばっているので、ぜひ聴いてくださいね~。しかし、凄い時代だなあ。














Gracias Piazzolla, Gracias Argentina!!!

2014年11月23日 | ライブとミュージシャンたち
とうとう待ちに待った「ブエノスアイレス国際ジャズフェスティバル」の当日がきた。初日2日間は雨、昨日と今日は晴天なり。本当にお天気に恵まれて気持ちよい野外ステージ日和になってよかった~。

16時半からの出演で、12時にサウンドチェックがあるので来てと言われていたので、タクシーで向かう。今日は日曜なので、いつも渋滞している道をスイスイ。なんと、11時半に到着してしまった。「あら、早いわね。」とイアニーナ(担当の美人女性)に驚かれる。

しかし、アルゼンチンタイムと侮るなかれ。もう、すでに3つのバンドのリハーサルが時間どおり行われていた。このイベントに関しては時間がとても厳しく、演奏時間も絶対に45分!と言われている。それ以上過ぎると照明を消されてしまうらしい(苦笑)。ま、昼間なので、照明の事は関係ないけどw。

私たちの演奏時間も本来5曲だったところを、急遽4曲に変更した。もちろん、アンコールもできない時間設定だが仕方ない。

もうひとつ、大きな問題があった。このお天気で、昨日同じ時間帯で観たバンドのリーダーサックスのおじいさんはなぜか、ベーシストの横で(ピアノより後ろ)演奏を開始。なんでだろう?と不思議に思っていたが、なんと、ベーシストより前は陽の光が煌々とさしこみ、暑さも半端ではないのだ。だから、日陰を求めて、ベーシストの横で演奏を始めたのだった。もちろん、全員がサングラスをして・・・汗。


楽屋にて。

今日は昨日よりさらに暑いのだ。ひえ~~。どうしよう?ただでさえ、サックスのピッチがあがってしまいがちなのに、この炎天下だと・・・。もうどうにでもなれ~。


リハーサルの時はまだ日影があったのだが・・・。

3時半から1バンド目が始まった。ところが、予定よりも20分くらい押しているではないの。話が違うよ~~~。1バンドかと思いきや、3つもバンドが演奏していたのだった。よく解らない事だらけのアルゼンチン。客席を観ると・・・・あれ?お客様が殆どいないし・・・(汗)。大丈夫かな~。

20分ほどずれて、私たちの出番になった。セッティングの間にJAZZOLOGIAのカルロスが私たちの紹介をしてくれている。なんと、JAZZOLOGIA30周年の記念の贈り物まで・・・。ありがと~。客席もだいぶ埋まって来たぞ。



大きな拍手に包まれて、演奏が始まった。ピアソラのEscualoだ。ピアソラ好きの人達はこの曲が大好き。高野さんが「ぜひこの曲を演奏するように。」と教えてくれたのがきっかけ。思い出の曲でもある。緊張と暑さもあって、自分の中では改心の出来とはいえなかったけれど、お客様は大喜び。気がつけば、ほぼ満席状態になっているじゃん!







しかも、ソロのあとには毎回大きな拍手。嬉しいなあ。サングラスをしたおかげで客席もよく見えるw。みんなの笑顔で嬉しくなってアドレナリンも出まくる。嬉しい事に20分ずれてくれた御陰で太陽光が移動して、私のところが少し日陰になってきたぞ・・・!!これでソロの終る度に日陰に逃げなくてすむ。

Escualoが終わり、私が日本語で挨拶をして、RIOにバトンタッチ。スペイン語で自己紹介や高野さんやMasa、カルロスたちへの御礼の言葉をRIOが述べてくれた。会場にいたMasaも立ち上がって手を振った。RIOはこの日のために留学したのだ。スペイン語、役にたってよかったナ~~(涙)。



さらに私のオリジナルとトシキのオリジナル2曲を演奏。利樹のLucifer's Bebopではアレンジを変えて、Baritoneと私のDUOになり、2本吹きを披露すると待ってました、とばかりに鳴り止まぬ拍手・・・。実は前回Jazzologiaで演奏した時の映像をTVで放映しているらしく、出会う人に「お前は2本で吹くんだろ?」と言われていたのだ。だから、やらない訳にはいかないw。






「ありがとうございます。次で最後の曲です。」とRIOがスペイン語で挨拶をし、私がマイクをもらって「Gracias Piazzolla,Gracias Argentina!」と叫ぶと会場がわ~~~っとどよめき、其の中で「アルゼンチン国歌」のイントロを吹き始めた。終ったとたんまた大きな拍手。だよな~。みんなが愛している曲だもの。しかしそのまま、Libertangoへ突入。

アンコール!アンコール!と鳴り響く会場。なんと2階席まで満席状態だった。アンコールの予定をしていなかったけれど、まだ演奏していいよ、と舞台監督の合図があったので、喜んで「子供たちをよろしく」を演奏。めでたく終了~~~。


楽屋でRicardo LEW(g)とも再会!!

楽屋から外に出ると沢山の人達に声をかけてもらい、みんなが熱いキスを。「国歌を演奏してくれてありがとう!」「最後の曲は何?」などといろいろと質問攻め・・・。撮影クルーのインタビューも。



去年さんざんお世話になったレゲエのプロデューサーMARTINが家族を連れて観に来てくれていた!かわいい娘2人もニッコニコ。私に抱きついてくれた。彼女たちの笑顔でああ、全てうまくいったんだな~。と一安心。




しかも、帰りは我が家まで送ってくれて一緒にレサマ公園でマテ茶を飲むことに。アルゼンチンの人達は休日は公園でマテを飲むというのが当たり前なのだ。私たちも其の仲間に加えてもらい、コンサートの余韻にひたりながら飲むマテの味は最高だった。

「ブエノスのやつらのジャズはアメリカのイミテーションが殆どなんだ。でも君たちの音楽は違う。オリジナリティがあるから素晴らしいんだ。」

一番嬉しい一言をマルティンから頂いた。













マイラとマグダ

日本で報告を心待ちにして、応援して下さった友人たちにも心から御礼申し上げます。そして、ヒロさん、マーサ、本当にお疲れさまでした。感謝~~~。

さあ、来週からもライブが目白押しだ。楽しい旅はまだまだ続くのであります。









Buenos Aires Jazz Festival International 開催!

2014年11月22日 | ライブとミュージシャンたち
19日から始まった[Buenos Aires jazz International Festival]、あいにくの雨が続き、おととい、昨日と観に行った「Usina del Arte 」という会場も人気はあまり多く無かった。ここはBoca地区という有名なカミニートやサッカーチームのある場所で、我が家から歩いて行けるくらいの距離だが、危険地区でもあって、昼間以外は近づくなとみんなに言われる場所(苦笑)。しかも、一昨日はボカのホーム試合があったので、Usinaの会場まで行く人々が少なかった。ボカのファンが勝っても負けても大騒ぎするから。私たちはそこを強行突破して行くのだから、緊張の連続だった。





Poca Gente.....せっかく海外から来てもお客様が少ないんじゃ可哀想だな~。しかも野外の会場(センテナリオ)は雨だったら誰も来ないよ・・・。なんて思いつつの帰り道。心配していたボカのファンは足取りが重くあまり騒いでいる人がいないぞ・・・あれ?負けたのかな、と思いきや0対0の引き分けだったそうな。御陰で助かった~。

しっかし、これが夏なのか?まさかと思いつつ持ってきたヒートテックやコートが役にたつとはびっくり。ブエノスアイレスの夏。






明日の会場の下見をするべく、今日は「パルケ・センテナリオ」に。昨日までの雨模様が嘘のような良いお天気。爽やかな湿度なので、日陰に入ればカーディガンをはおりたくなるが、晴れて良かった~~~。







パルケ・センテナリオはとっても広い美しい公園。池には鯉が沢山泳いでいる。ここを「日本庭園」と喚んでいるらしい。






会場に入ると、ちょうどジャゾロヒアのオーガナイザー、カルロスが司会をしているところだった。



結構満席状態だ。素晴らしい!しかも丁度、明日の宣伝もしていて「TReS」の紹介をしている!私たちは会場の上の方からカルロスに手を振ったら気がついて、そこで私たちを会場中に紹介してくれちゃった。全員が後ろを向いて、にこにこ、大きな拍手を送ってくれた。ひえ~、演奏前日からこんなに嬉しい事があっていいのかしらん。




テレビカメラも5台ある!

帰り際に出口でカルロスにばったり会ったので挨拶すると女性スタッフに紹介してくれた。

「このトレスはもの凄いグループなんだ。明日きっと(いろんな意味で)ぶちこわしてくれると思うよw。」

ご期待に添える様、全力で頑張る所存であります。しかし、演奏時間が45分しかないのは短すぎる~~~(涙)。今日のバンドも40分くらいだったのに、アンコールさせてもらえなかったので、無理矢理サックスのソロをちょろっとやっていた。こういうところだけ、とてもきっちりしているアルゼンチンなのでありました。はてさて、明日はどうなることやら・・・。ポルテーニョたち、待っててね。





再会のアサード

2014年11月18日 | ライブとミュージシャンたち
アルゼンチンに到着した翌日、ウーゴの彼女ネリーダから「ようこそ、アルゼンチンへ。さっそくだけど、今日の夜、ウーゴがテアトロ・アストラルでショーをやっているので観に来ない?」

Hugo Varelaはコメディアン、ミュージシャン、アーティスト。なんと称していいのかわからないくらいマルチタレントの南米のスーパースター。



前回初めてSashimiyaというレストランでIVAN(tp)と演奏したときに知り合って、仲良くさせていただいたウーゴたち。そのあともずっとface Bookで繋がっていたので、今回もブエノスアイレスに到着したとたん、お誘いが来た。



ウーゴのShowは漫談のような形で、2人のサポート俳優が途中に出て来てコントのようなものをやる。漫談は私にはさっぱりわからなかったけれど、いきなり客席と交流し、私たちの事まで「japonから来たミュージシャンだ!」と紹介したり、いじってくれて、ドカンドカンと笑いをとっていたのは流石。これだけなら日本にもキミマロとかがいるけれど、ウーゴの凄さはちゃんとした音楽家でもあり、創作楽器を奏でるところ。こんなミュージシャンというか、アーティストは世界にもあまり類がないのではないかしらん。もちろん、彼の人気は南米中に轟いている。オーストラリアまで公演に行っていたこともある。

ショーを堪能し、みんなと再会を喜んでいたら、ネリーダが「明日はShowがお休みだから、我が家でパーティしましょうよ。」

さっそく、翌日は夜8時くらいまでアパートでリハーサルをした後、仲良しのイヴァン(tp)が我が家に車で迎えに来てくれた。前回、毎週土曜にプエルトマデラのバーで演奏したときに知り合ってとっても仲良くなった好青年だ。彼のおかげで、Sashimiyaという日本食レストランで演奏し、そこでHugoやMiguel(イヴァンの師匠トランぺッター)とも知り合った。

「また会えて嬉しいよ。この前、別れた日は大雨。サチがわんわん泣いていたのが、つい昨日のようだね。」

イヴァンのスペイン語はほとんど理解不能だったのに、音楽で繋がると心も通じ合うところが素晴らしい(RIOにもちろん通訳もしてもらうけど)。ブエノスアイレスで一番会いたかった人の一人だった。


イヴァンと。

我が家から車で40分ほどかかってHugoの家に到着。すでに高野ご夫妻も来ていて、中庭でアサードが始まっていた。










美味しいご馳走、アサードの御礼に私たちはピアソラ「Escualo」を演奏。みんなは大喜び。Hugoからも「前回よりもさらにパワフルでダイナミクスにとんだ素晴らしいグループになったね!」と嬉しいお言葉を。

其の後、部屋の中に移ってショーが始まったw。彼の家の中には小さな舞台がある。本当に夢のような家!!







話術で笑わせ、その上ギターも上手いし歌も素晴らしい。いや~、こんなアーティスト、世界でも彼だけでしょう。日本に連れて行きたいなあ。芸術は言葉の壁を一瞬で越えられるのです。












ブエノスアイレスの街は大騒ぎ

2014年11月16日 | ライブとミュージシャンたち
ブラジルからブエノスまでは約5時間。機内食を食べたらあっという間に到着した感じだw。1時間の時差があるので、ブエノスは夜8時半ごろ。大きな荷物を抱え、空港をでたとたん、高野さんご夫妻がお出迎え。懐かしい!ああああ、またアルゼンチンに来れた~~~(涙)!!!

気温はやはり30度を越えていたが、夜になると風もあって少しひんやり。前回同様、ミニバスくらいのタクシーをチャーターしていてくれ、そのまま懐かしの我が家へ。2年前に来たときは1ペソが15円くらいだったが、今は1ペソ10円弱。そのかわりに物価が2,3倍にはねあがっている。スリや強盗事件が以前よりもずっと増えているので気をつけるように。とバスの中で高野さんたちに教えていただく。むむむ、気をつけねば。

タクシーの中から通りを見るといつになく、にぎやか。いろんな場所で若者たちがたむろしている。行列も。なんなの???

「今日は一日中、ブエノスアイレスの美術館、博物館などが解放されている日なんだよ。」なんと、朝の5時くらいまで解放しているので、夜行性のブエノスアイレス市民たちはお祭り騒ぎなのだそう。凄い日に到着しちゃったw。

荷物を部屋に置いて、ひとまず、いつものカフェバーへ入ろうとしたら満席だったので、向かいのひなびたバーへ。実はこのバー、経営者が変わったばかり。とてもいい感じなので、空いていてよかった~~。再会を祝してSalud!!





「実は今日このあと、12時(深夜)から郊外で『ピアソラとジェリー・マリガンbsのレコード制作40周年記念ライブ』をやるんだけれど、行かない?」

めちゃくちゃ疲れていて眠気もあったけれど、そのアルバムは私たちもお世話になっているし、ぜひとも聴きたい・・・ということで、慌てて店を出る事に。

タクシーで40分ほど行った郊外(SAAVEDRA)の歴史博物館の前にセッティングされた素敵な野外ステージですでにバンドが演奏していた。あれ?これはサンポーニャとかを使った違うバンドだ。ブラジルの凄い演奏を毎日堪能していた私たちにはちと、力が抜けた演奏だった(苦笑)。お目当てのバンドは12時スタートだったのに40分も遅れてしまって、聴けなかったらどうしよ~、と思っていた私たちがバカだった。ここはアルゼンチン!

高野さんたちの友人でもあるバンドネオン奏者が私たちより少し遅れて到着したばかり。ということで、一番前に席を確保した私たちはゆったりとセッティングから見学。



バリトン奏者 Jorge Retamoza がリーダーのSextetoだった。私たちもよく演奏している「Close your eyes and listen」も聴けた。










PAのバランスがあまり良く無くて、肝心のバリトンとバンドネオンの音がギターにかき消されていたのがとても残念だが、ブエノスアイレス初日にこんな演奏が聴けてラッキーだった!!さすが、ここも音楽の国だな。タクシーやバスでかかる音楽はブラジルではジャバン、マリ-ザ、エリスだったけれど、ここではサルサ、ロック。音楽の種類は違えど、音楽好きの南米、ばんざ~~~い。ブエノスアイレスの初日は朝の4時戻りというハードな一日となったが、これからが本番だ!!





Carlosのパーティ& Obrigada Brasil

2014年11月16日 | ライブとミュージシャンたち
カルロス・マルタの家に入ると、大きな音で壮大な音楽がかかっていた。

「ようこそ、フェアウエルパーティへ。」いつもの優しく人懐っこい笑顔で出迎えてくれたカルロス。「今、ちょうど完成したオーケストラの曲を聴いていたんだよ。」



来年、リオ・デ・ジャネイロ450周年という年にあたるので、リオのオーケストラの為に作曲を頼まれていて、3年ほどかけてオーケストラ曲を書き上げたそうだ。まだ、PCで作ったばかりの音源だ。これから来年4月に向けて譜面を作成し、リハーサルを重ねて行く・・・。カルロス自身もソプラノで参加するそうだ。

「この曲はまだ彼女にしか聴かせていないんだよ。」そう言いながら、全曲を身振り手振りで、このテーマは山、ここはインディアンたちが出てくるところ、などと説明しながら聴かせてくれた。

壮大で美しく楽しい曲だった。オーケストラで演奏されたところを想像しながら・・・楽しいブラジルの思い出も重ねつつ有り難く聴かせていただいた。

「お腹減ったかい?」
私たちを台所に案内してくれ、彼のお手製のフェジョアーダ、ポテトチップ、サラダetc....ご馳走が並んでいてオーブンで温め直す。「ええええ?これ、カルロスが作ったの?」と驚き、さらに味にびっくり。いままで食べたどのフェジョアーダよりも美味しかったのだ!!天才はなんでもできる。さすが、マルチプレイヤー。





食事を楽しんでいると、Augostというベーシストが雨の中、ミニベースを担いでやってきた。カルロスやクリフの古い仲間。来週のカパネマ無料コンサート(金曜)にクリフ・コーマントリオで出演するのだそう。



友人が特別に作ってくれた可愛いベースをトシキに見せながら、ベーシストトークが止まらない。私たちのセッション用にこのベースを持って来てくれたのだ。とりあえず、ベースをお借りして、私たちが御礼の1曲を演奏を始めたところに、ベロ・オリゾンチから戻ったばかりのクリフも登場。

カルロスもバリトンを取り出し、セッション大会が・・・。





クリフは大学の生徒たちにフリー音楽を教えていきたいそうだ。私たちと25年前にNYで知り合ったときは、フリージャズはほとんどやったことがなく、私のグループでオーネット・コールマンの曲などを演奏するときにとても戸惑ったらしい。其の時に「みんながどこにでも自由に遊びにいって、最終的にもどってくればいい」というようなアドバイスを受けて「演奏するのが自由になった」そうだ。私、そんな事言ったんだ~~w。

もうひとつびっくりした事が!カルロスは私と同じ1960年生まれ。そして、誕生日が2月25日だった!!!もしかすると、時差もあるから、ほぼ同じ頃に生まれたのかも・・・??運命的な出会いだね!とハグしあった私たちw。226ライブにいつか喚ばねば・・・。

カルロス、アゴスト、クリフ、本当にいきなりブラジルのトップミュージシャンたちと知り合えたのがまるで夢のよう。真夜中まで楽しい楽しいセッションは続いた・・・。本当にカルロスとクリフの御陰で充実した音楽旅行になった。「君たちはもう一度ここに来なくちゃだめだよ。」みんなが嬉しい言葉をかけてくれた。



翌朝はクリフの愛息子エリアスのサッカーの試合の観戦。3チームトーナメント方式だったが、みごとに優勝。メンバーが沢山いる中で、エリアスはスタメン。小さいながらもみごとな足さばきを披露してくれ、みんなでヤンヤの喝采。









昼食は近所で最初の晩に食べたステーキのお店へ。なんと、ここは「Quilo」もあったのだった!!もっと早く知ってたら・・・。お寿司まであって、とても美味しいQuiloで大満足でした。雨がざあざあ降って来て大きなバンに荷物を詰め込む作業も一苦労だったが、無事にブラジル旅は終了。Obrigada e Adeus Brasil!!!! さあ、ブエノスアイレスへ!!




















I Love Brasil (ブラジル観光編)!!!

2014年11月14日 | 
残す所あと1日・・・。ブラジル10日間の旅はあっという間に終ってしまいました。素敵な人々&素晴らしい音楽に溢れていて・・・。この国が本当に大好きになりました。

ライブもない私たちは、今週無料で毎日行われるカパネマという場所でのコンサートに行き、特に昨日のライブは秀逸。


Kiko Continentino

Kikoはずっとミルトン・ナシメントのアレンジャーをやっていたピアニスト。このコンサートではほとんどナシメントの曲を演奏していたが、自分のオリジナルも披露し、素晴らしいテクニックと音楽性で観客はかなり興奮状態にw。


Kikoの弟がベーシストだったが、可愛い息子が横で踊っていて微笑ましかったw。

素晴らしい演奏を毎日無料で聴けるこの街に乾杯!!

お昼にここでライブを見てから、観光へ。コパカバーナの下のほうに行くとあの、有名な「イパネマビーチ」だ。







どこに行っても至る所にゴミ箱が設置してある。だから、ゴミがほとんど落ちていないし、犬のフンも飼い主がみんな片付けているところがとても素晴らしい。

こちらの気候は31度でも爽やか。カラッとしていて比較的過ごし易いのだが、毎日グアナバラビーチ(クリフの家から散歩がてら行く)朝から泳いでいるトシキはすでに真っ黒状態。私は日焼けしたくないので、なるべく日陰を歩いていたが、さすがにこの時は泳ぎました。



帰り道に、「ヴィニシウス・ヂ・モラエス通り」にある有名なBarを見学。ジョビンが「イパネマの娘」を作曲したところ。壁に譜面が・・・w。




翌日はコパカバーナより上に海岸線に沿ったところにある「ポン・ヂ・アスーカル/シュガーローフマウンテン」のビーチ。

可愛い子供たちが集団で橋の上から飛び降りていたのが可愛くて・・・。カメラを向けても少しも嫌がらず、喜んで手を振ってくれる。




砂糖パンに形が似ているところからこの名前がついた。ロープウェイに乗るには75レアル(約4000円)も払わなくてはいけないのでコルコバード同様、眺めるだけに。

食事も特にリオ・デ・ジャネイロは高く、ここの住民はほとんどマーケットで食料を買い込み自宅で食べるのが普通。

私たちもほとんどクリフの家で家庭料理をご馳走になった。


お昼は「Quilo/キロ」と書かれたセルフサービスのレストランが最高だというのもあとになって解った事。ステーキ、魚、野菜、くだもの、デザートまで揃っていて、好きな物を1プレートに自分で好きなだけよそって、グラム(2~3レアル)でお金を支払うシステム。これなら、大量に来てしまって持ち帰らなくてはならない、という心配もない。さらに、出口には無料でカプチーノや紅茶のサービスまで!!
もっと早く知っていたら、毎日ここに来ていたのにw。セントロにはこういう「キロ」のお店が沢山並んでいる。



バス、メトロ、タクシーもようやく使い分けられるようになった頃、帰らなくてはいけないのは本当に淋しい。今日の夜はカルロスの家でさよならパーティセッションが開かれる。どんなセッションになるのかな。ああ~~もうここに住みたいくらい。本当に魅力的な国、ブラジル。















Carlos Maltaとの素敵な一日

2014年11月12日 | ライブとミュージシャンたち
カルロスの家と私たちがお世話になっているクリフの家は歩いて3分ほどの距離。朝10時半にカルロスのアパートに彼と落ち合うことになった。

美しいアパートのエントランスから大量の荷物を持ったカルロスが出て来た。彼はなんと、私と同じ歳なのだ。半袖の開襟シャツに半ズボンという出立ちなのに、上品な紳士に見える。スーパースターの風格かw。

プロデューサーの女性がタクシーに乗って迎えに来ていた。どうやら、このタクシーに私とリオも同乗させてくれるらしい。トシキは他のベーシストが観たいので違うコンサートへ行く為に今回はパス。ここから1時間くらいのタクシー旅行。行き先は何度聞いてもよくわからない・・・汗。みんなが「ああ、あそこは山の上。遠いのよね。でも綺麗な眺めよ。」とだけ。

道中、カルロスは終始ご機嫌でいろいろな話をしてくれた。パスコアールのグループに20歳で入った時の話。音楽大学時代はパウロ・モーラの生徒だったが、本来はフルート奏者だった。ウエイン・ショーターの「ネイティブ・ダンサー」を聴いて、ソプラノサックスを吹き始め、初めてパスコアールのセッションにソプラノを持って行ったときにあっという間に5時間ほど経ってしまい「このフルートはふけるのか?」とどんどん面白い楽器を出して来たのでそれを演奏するとパスコアールが「天才だ!」と大喜び。師匠のパウロ・モーラもパスコアールと仲良しだったために、彼はすぐにメンバーになった。それから12年間彼のグループで活躍したが、その間、休みというものは一日もなかったそうだ。毎日、朝から晩まで演奏したり、ツアーに出たり・・・「月給?そんなものはないけれど、彼から与えてもらった様々な音楽の財産はお金に替えられないものだったよ。」


ソプラノたこが一緒だね!と親指を見せあうw。

パスコアールの曲作りのエピソードも興味深かった。「Viajando Pelo Brasil」という曲もほとんど、スタジオに入って即興のように作ってしまったそうな。本当はソプラノでソロを演奏してくれ、って言われたけれど「俺はフルートがいい!」と言いはって、最後にどうしてもソプラノを!と言われて録音したときは「じゃあ、あなたのイミテーションを演奏するよ」と言って、パスコアールのソロをまねた録音をしたのだとか。



盛りだくさんのエピソードを聞いているうちに、あっという間に山の上の教会に到着。リオのはずれの山の上にある「Sá Rua Barão」という街の赤い可愛らしい教会だった。さっそく、ステージで大荷物を開くと出てくる出てくる、いろんな楽器・・・。
















インディアンフルートはとても簡単に音が出た!



フルートの数だけでも10本以上。サックスはソプラノだけだったが、口元にマイクを装着し、ギターリストのようなエフェクターを駆使し、サンプリングをその場でやってのける。リハーサルで私たちが興味を示した楽器を全て演奏してくれた。インディアンフルートを渡され、吹いてごらん。って・・・簡単に音が出るのでびっくり。ソプラノも吹いていいよ、と言われたけれど本番前だし、丁重にお断りした。

2時からスタートのはずが、2時10分前になってもほとんど人がいない。平日の2時だし、お客さんは来るのかな?と人ごとながら心配していたら、2時になったとたん、あれよあれよと人が集まり出した。学校の行事の一貫なのか、中学生くらいの子供達が先生に引率されて来たり、障害を持つ学校からも沢山来始め、あっという間に満席になったところで、どこからか音が・・・。



2本のインディアンフルートを吹きながら横手の入り口から登場したカルロスは真っ白な衣装にいつのまにか着替えて、地下足袋のようなクツを履いていた。1曲目から、演奏しながら会場を練り歩き、子供達の心も鷲掴み。一曲終るごとに違う楽器を取り出して、即興で演奏していくカルロス。時には観客に声を出させたり、リズムをとらせて、それにあわせてまた即興・・・・。わ~、これ、どこかで観た事ある風景。そう、パスコアールだ!!まさしく、パスコアールの自由な演奏スタイルだ。


子供たちも大喜び

車椅子で最初とても不機嫌そうだった女の子が、途中から笑顔になり、音楽が盛り上がって行く中で「ア~、ウー」と一緒に声をあげている姿を目の当たりにしたら「音楽ってなんて素敵なんだろう。」って感動で涙がでてきてしまった・・・。音楽ってやはり人を楽しくさせるもの。エネルギー一杯で、幸せな気持ちにしてくれるもの・・・カルロスの演奏を聴いているとそれを確信させてくれる。世界中みんな一緒だ。

「素晴らしいサックス奏者が日本から来ているので紹介するよ。」と途中で紹介してくれちゃったので、慌てて立ち上がり、みんなに会釈。カルロスが「アリガト~!」とみんなに教える。いつのまにか「アリガト~!」の大合唱に・・・。

あと数日のこっているが、毎日お昼に無料コンサートが開かれていて、そこにも素晴らしいミュージシャンが出演しているそうなので、明日は私たちも行ってみることにする。いやはや、10日間では物足りない。ピシンギーニャ、パウロ・モーラ、パスコアール、カルロス・マルタ、etc....素敵な音楽で溢れているこの国が大好きになってしまった・・・。




プロデューサーのアンドレアと教会の庭で。

帰りのタクシーの中で「金曜に僕のアパートで君たちとのお別れパーティ&セッションをやろう!」とカルロスが提案。なんて嬉しい事だろう!!!さらに、彼のアパートでセルマーの3600番代のバリトンサックスを吹かせてもらったり、私はブッシャーというアルトサックスを吹かせてもらった。彼の部屋はまるで楽器博物館のようだった。ああ、音楽家でよかった・・・本当にカルロスとの出会いは私にとってとても貴重なものになった。ありがとう、カルロス。ありがとう、ブラジル。


とても古いセルマーのバリトンサックス




カルロスの自宅にて。