<永田和宏選>
早朝の富士演習場の地響きに戦地の音が重なりてくる(横須賀市)鈴木信子
沖縄に基地七割もあるという若(も)しも信濃にあればかなしい(長野市)関龍夫
【評】 関さん、こう感じるところに沖縄の現状を考える原点がある。
人形のやうな少女が人形を抱きて歩く避難民のなか(宮崎市)高見琴
二〇二二年春ガラス越しに合わされる避難する子と残る父の手(東京都)天野寛子
「地獄から地獄へ移る」と泣く妻よ地下壕出でて捕虜となる夫(春日井市)伊東紀美子
投降のウクライナ兵の行き先が「カティンの森」ではないこと祈る(観音寺市)篠原俊則
「死者」となるそのときまでは生きてゐた兵士市民の今日は幾人(秋田市)佐々木義幸
大戦で最多の民を喪ひし国家はなのに「戦勝」と言ふ(羽曳野市)玉田一成
壕の中涙うかべて幼子に「死にたくない」と言わせる世界(長崎県)中山のりお
映るたびテレビのチャンネル替える妻 替えても替えてもプーチンがいる(千葉市)愛川弘文
【評】
佐々木さんは「そのときまでは生きてゐた」命を「死者」として奪ってしまう戦争を、
玉田さんは二千万人以上の死者を出しながら、それを「戦勝」と言わねばならない戦争を、それぞれ詠(うた)う。
<永田和宏選>
ウクライナ明日はわが身と台湾の元ゼミ生のメールにありし(静岡市)安藤勝志
【評】
安藤さん、もしロシアの暴挙が許されれば、それに倣(なら)って中国も、との恐怖を台湾の留学生は。
戦争は話題にならず静かなる事務所に響くコピー機の音(北名古屋市)月城龍二
戦勝にパレードする国と戦死者に花を手向ける国の戦い(柏市)菅谷修
<馬場あき子選>
その人は瓦礫(がれき)の中のピアノを撫でショパンを弾いて母国を去れり(東京都)八巻陽子
食料の配布に並ぶ長い列キーウではない池袋です(高松市)島田章平
いちどだに征くことのなき兵事係を羨(うらや)みて父はあの夜再征す(東根市)庄司天明
「人間は本質的には善である」アンネの言葉信じたき今(鎌倉市)石川洋一
【評】
第一首はニュースにもあったが、ウクライナの女性の姿。瓦礫となった自宅への別れの思いだ。
第二首の池袋は生活困窮者への物資配布である。これもまた今日的状況の中の身近な「戦争」である。
人びとが来世の結婚祈りつつ花入れる若き兵士の棺(観音寺市)篠原俊則
投降の無念と共にバスに乗る疲れ切ったるアゾフの戦士(光市)松本進
眼差しの何語るらん投降の女兵士は犬撫でており(岩国市)冨田裕明
若者の柩にすがる母親よ麦の畑に十字架並ぶ(佐伯市)川西敦子
ほどほどの期待に生くとふ十七の子がぢつと見る戦争を人を(横浜市)小林瑞枝
「地獄から地獄へ移る」と泣く妻よ地下壕出でて捕虜となる夫(春日井市)伊東紀美子
乾鮭(からざけ)のごと積まれし屍(かばね)日々映る七十八億の力及ばず(朝霞市)青垣進
【評】
戦争の果ては双方にとってつらいことばかりだ。
第一首、第二首ともに読むのも思うのも苦しい。投降兵の心中や戦死した若者の柩にすがる母の姿が浮かび上がる。
第五首はそうした報道映像を自分の人生を遠望しつつ見る十七歳。
ハルキウに花植え始める人らあり砲撃音のいまだやまぬに(茨城県)原里江
ムーミンの国にあまたのシェルターと兵役ありと知る聖五月(中津市)瀬口美子
住民と食事作りしロシア兵アンドリーウカ村に虐殺の無く(前橋市)荻原葉月
「一匹のハエも通すな」世界一醜いロシアの言葉を聞かされる(北見市)佐々木淳
製鉄所に籠もりて戦うアゾフ隊、硫黄島玉砕のたちきて辛し(東広島市)大成健次
【評】
爆撃で瓦礫(がれき)と化した街に花を植える人。その回復への意志を思わせる第一首。花であることが心を打つ。
第二首はムーミンの国フィンランド。すでにそうだったのかと深くうなずく。
<佐佐木幸綱選>
担架に臥すウクライナ兵カメラには顔(かんばせ)向けて生還伝ふ(東京都)中野順
投降の兵は護送のバスの中軍用犬の頭撫でおり(観音寺市)篠原俊則
若者の柩にすがる母親よ麦の畑に十字架並ぶ(佐伯市)川西敦子
砲弾が止めば瓦礫を片附けて花買い求める戦禍の人よ(東京都)細井恵子
戦争は話題にならず静かなる事務所に響くコピー機の音(北名古屋市)月城龍二
ウクライナ国旗の入ったベスト着て爆発物探知が公務の小犬(石川県)瀧上裕幸
【評】
ウクライナの爆発物探知犬は表彰されたらしい。
<高野公彦選>
もうひとつの他球(たきゅう)作ってプーチンを乗せてブラックホールへ蹴りたし(取手市)近藤美恵子
キエフ風鶏(とり)のカツレツ食したる鴨のほとりの店暖かき(草津市)今川貞夫
千二百余人の里で人並みにコロナにおびえウクライナ案ず(飯田市)草田礼子
ムーミンの国にあまたのシェルターと兵役ありと知る聖五月(中津市)瀬口美子
【評】
一首目、途方もない想像力でえがき出されたプーチン追放劇。思わず笑ってしまう。
第二首、ウクライナびいきの気持ちが静かに伝わってくる。「鴨(かも)」は鴨川のこと。
第三首、たとえ小規模な集落でも、やはり日本の縮図なのだ。
にくにくしきロシアの兵にもマーマ居て息子の無事を毎日祈る(甲府市)市之瀬進
国連の安保理国が戦争するなんて国連存在の否定だ(尼崎市)宮脇繁
日本史の絵本を眺め六歳問ふ「じょうもんじんもせんそうしたの」(水戸市)加藤慶子
トルストイ、ドストエフスキー、チャイコフスキー、マトリョーシカあり我が家のロシア(太宰府市)野上伊都子
【評】
わが家にはこんな魅力的なロシアがある。そのロシアを汚したのは誰?という気持ち。
砲撃を受くるその間に花を植ゆハルキウの人らの気高さよ(延岡市)片伯部りつ子
プーチンがやったのと問う孫の前に広がるビルの解体現場(大阪市)和田佳郎
爆音のとどろく街のアカペラの女性兵士の清き歌声(観音寺市)篠原俊則
朝日新聞朝刊、毎週日曜日掲載の『朝日歌壇』2022年6月掲載分より
【番外編】わんちゃんがいつもさがしてる山添親子の・・・・・
ポケモンとドッジボールが九割の子の話聞く一割のため(奈良市)山添聖子
たんぽぽの綿毛で練習しなくてもろうそくは消ゆ子は十二歳(奈良市)山添聖子
友だちがキックベースでけった時ボールよりくつが遠くにとんだ(奈良市)山添聡介
寝言でも何か反論してる子の足を避(よ)けつつ布団に入る(奈良市)山添聖子
「キーウから遠く離れて」
さだまさし 詞・曲
君は誰に向かって その銃を構えているの?
気づきなさい 君が撃つのは君の自由と未来
力で命を奪うことができたとしても
力で心を奪うことは決してできない
私は君を撃たないけれど 戦車の前に立ちふさがるでしょう
ポケットいっぱいに 花の種を詰めて 大きく両手を広げて
私が撃たれても そのあとに私が続くでしょう
そしてその場所には きっと花が咲くでしょう
色とりどりに キーウから遠く離れた平和な街では
人はささやかに自分の命を生きています
何もできず悔し涙に 暮れる命があり
何が起きているかも知らずに 生きる命がある
私は君を撃たないけれど 世界に命の重さを歌おう
ポケットいっぱいに 花の種を詰めて 大きく両手を広げて
私が撃たれても そのあとに私が続くでしょう
そしてその場所には きっと花が咲くでしょう
色とりどりに 色とりどりに 色とりどりに
👆さだまさし、新曲「キーウから遠く離れて」テレビ披露『6/14NHK歌コン』⇒こちら
早朝の富士演習場の地響きに戦地の音が重なりてくる(横須賀市)鈴木信子
沖縄に基地七割もあるという若(も)しも信濃にあればかなしい(長野市)関龍夫
【評】 関さん、こう感じるところに沖縄の現状を考える原点がある。
人形のやうな少女が人形を抱きて歩く避難民のなか(宮崎市)高見琴
二〇二二年春ガラス越しに合わされる避難する子と残る父の手(東京都)天野寛子
「地獄から地獄へ移る」と泣く妻よ地下壕出でて捕虜となる夫(春日井市)伊東紀美子
投降のウクライナ兵の行き先が「カティンの森」ではないこと祈る(観音寺市)篠原俊則
「死者」となるそのときまでは生きてゐた兵士市民の今日は幾人(秋田市)佐々木義幸
大戦で最多の民を喪ひし国家はなのに「戦勝」と言ふ(羽曳野市)玉田一成
壕の中涙うかべて幼子に「死にたくない」と言わせる世界(長崎県)中山のりお
映るたびテレビのチャンネル替える妻 替えても替えてもプーチンがいる(千葉市)愛川弘文
【評】
佐々木さんは「そのときまでは生きてゐた」命を「死者」として奪ってしまう戦争を、
玉田さんは二千万人以上の死者を出しながら、それを「戦勝」と言わねばならない戦争を、それぞれ詠(うた)う。
<永田和宏選>
ウクライナ明日はわが身と台湾の元ゼミ生のメールにありし(静岡市)安藤勝志
【評】
安藤さん、もしロシアの暴挙が許されれば、それに倣(なら)って中国も、との恐怖を台湾の留学生は。
戦争は話題にならず静かなる事務所に響くコピー機の音(北名古屋市)月城龍二
戦勝にパレードする国と戦死者に花を手向ける国の戦い(柏市)菅谷修
<馬場あき子選>
その人は瓦礫(がれき)の中のピアノを撫でショパンを弾いて母国を去れり(東京都)八巻陽子
食料の配布に並ぶ長い列キーウではない池袋です(高松市)島田章平
いちどだに征くことのなき兵事係を羨(うらや)みて父はあの夜再征す(東根市)庄司天明
「人間は本質的には善である」アンネの言葉信じたき今(鎌倉市)石川洋一
【評】
第一首はニュースにもあったが、ウクライナの女性の姿。瓦礫となった自宅への別れの思いだ。
第二首の池袋は生活困窮者への物資配布である。これもまた今日的状況の中の身近な「戦争」である。
人びとが来世の結婚祈りつつ花入れる若き兵士の棺(観音寺市)篠原俊則
投降の無念と共にバスに乗る疲れ切ったるアゾフの戦士(光市)松本進
眼差しの何語るらん投降の女兵士は犬撫でており(岩国市)冨田裕明
若者の柩にすがる母親よ麦の畑に十字架並ぶ(佐伯市)川西敦子
ほどほどの期待に生くとふ十七の子がぢつと見る戦争を人を(横浜市)小林瑞枝
「地獄から地獄へ移る」と泣く妻よ地下壕出でて捕虜となる夫(春日井市)伊東紀美子
乾鮭(からざけ)のごと積まれし屍(かばね)日々映る七十八億の力及ばず(朝霞市)青垣進
【評】
戦争の果ては双方にとってつらいことばかりだ。
第一首、第二首ともに読むのも思うのも苦しい。投降兵の心中や戦死した若者の柩にすがる母の姿が浮かび上がる。
第五首はそうした報道映像を自分の人生を遠望しつつ見る十七歳。
ハルキウに花植え始める人らあり砲撃音のいまだやまぬに(茨城県)原里江
ムーミンの国にあまたのシェルターと兵役ありと知る聖五月(中津市)瀬口美子
住民と食事作りしロシア兵アンドリーウカ村に虐殺の無く(前橋市)荻原葉月
「一匹のハエも通すな」世界一醜いロシアの言葉を聞かされる(北見市)佐々木淳
製鉄所に籠もりて戦うアゾフ隊、硫黄島玉砕のたちきて辛し(東広島市)大成健次
【評】
爆撃で瓦礫(がれき)と化した街に花を植える人。その回復への意志を思わせる第一首。花であることが心を打つ。
第二首はムーミンの国フィンランド。すでにそうだったのかと深くうなずく。
<佐佐木幸綱選>
担架に臥すウクライナ兵カメラには顔(かんばせ)向けて生還伝ふ(東京都)中野順
投降の兵は護送のバスの中軍用犬の頭撫でおり(観音寺市)篠原俊則
若者の柩にすがる母親よ麦の畑に十字架並ぶ(佐伯市)川西敦子
砲弾が止めば瓦礫を片附けて花買い求める戦禍の人よ(東京都)細井恵子
戦争は話題にならず静かなる事務所に響くコピー機の音(北名古屋市)月城龍二
ウクライナ国旗の入ったベスト着て爆発物探知が公務の小犬(石川県)瀧上裕幸
【評】
ウクライナの爆発物探知犬は表彰されたらしい。
<高野公彦選>
もうひとつの他球(たきゅう)作ってプーチンを乗せてブラックホールへ蹴りたし(取手市)近藤美恵子
キエフ風鶏(とり)のカツレツ食したる鴨のほとりの店暖かき(草津市)今川貞夫
千二百余人の里で人並みにコロナにおびえウクライナ案ず(飯田市)草田礼子
ムーミンの国にあまたのシェルターと兵役ありと知る聖五月(中津市)瀬口美子
【評】
一首目、途方もない想像力でえがき出されたプーチン追放劇。思わず笑ってしまう。
第二首、ウクライナびいきの気持ちが静かに伝わってくる。「鴨(かも)」は鴨川のこと。
第三首、たとえ小規模な集落でも、やはり日本の縮図なのだ。
にくにくしきロシアの兵にもマーマ居て息子の無事を毎日祈る(甲府市)市之瀬進
国連の安保理国が戦争するなんて国連存在の否定だ(尼崎市)宮脇繁
日本史の絵本を眺め六歳問ふ「じょうもんじんもせんそうしたの」(水戸市)加藤慶子
トルストイ、ドストエフスキー、チャイコフスキー、マトリョーシカあり我が家のロシア(太宰府市)野上伊都子
【評】
わが家にはこんな魅力的なロシアがある。そのロシアを汚したのは誰?という気持ち。
砲撃を受くるその間に花を植ゆハルキウの人らの気高さよ(延岡市)片伯部りつ子
プーチンがやったのと問う孫の前に広がるビルの解体現場(大阪市)和田佳郎
爆音のとどろく街のアカペラの女性兵士の清き歌声(観音寺市)篠原俊則
朝日新聞朝刊、毎週日曜日掲載の『朝日歌壇』2022年6月掲載分より
【番外編】わんちゃんがいつもさがしてる山添親子の・・・・・
ポケモンとドッジボールが九割の子の話聞く一割のため(奈良市)山添聖子
たんぽぽの綿毛で練習しなくてもろうそくは消ゆ子は十二歳(奈良市)山添聖子
友だちがキックベースでけった時ボールよりくつが遠くにとんだ(奈良市)山添聡介
寝言でも何か反論してる子の足を避(よ)けつつ布団に入る(奈良市)山添聖子
「キーウから遠く離れて」
さだまさし 詞・曲
君は誰に向かって その銃を構えているの?
気づきなさい 君が撃つのは君の自由と未来
力で命を奪うことができたとしても
力で心を奪うことは決してできない
私は君を撃たないけれど 戦車の前に立ちふさがるでしょう
ポケットいっぱいに 花の種を詰めて 大きく両手を広げて
私が撃たれても そのあとに私が続くでしょう
そしてその場所には きっと花が咲くでしょう
色とりどりに キーウから遠く離れた平和な街では
人はささやかに自分の命を生きています
何もできず悔し涙に 暮れる命があり
何が起きているかも知らずに 生きる命がある
私は君を撃たないけれど 世界に命の重さを歌おう
ポケットいっぱいに 花の種を詰めて 大きく両手を広げて
私が撃たれても そのあとに私が続くでしょう
そしてその場所には きっと花が咲くでしょう
色とりどりに 色とりどりに 色とりどりに
👆さだまさし、新曲「キーウから遠く離れて」テレビ披露『6/14NHK歌コン』⇒こちら
さだまさし(佐田雅志)の新曲「キーウから遠く離れて」はニュース映像をみていて、侵攻するロシア兵に向かって、老婦人が「早くロシアに帰れ!!ポケットに花を詰めなさい、そうすればあなたのお墓にお花が咲き、それを眺めてあげるから」とのニュース映像からヒントを得て歌を作ったと本人が語っています。カチンの森事件のような大虐殺が繰り返されないとも限られない怖い戦況です。
世界を刻んだ、すごい反戦歌はなんだと思いますか???
それは「花はどこへ行った」(Where have all the flowers gone?)で当初は反戦歌ではなかったのですが、多くの有名人やベトナムで戦っているアメリカ兵からも歌われだし、ベトナム反戦歌として、その後も長く世界を刻んだ反戦歌となった。その歌はアメリカ人のシングソングライターのピート・シーガ(Pete Seeger)がロシアのノーベル受賞作家のミハイル・ショーロホフの「静かなドン」の中で、コザックの子守歌「コローダ・ドユーダ」の一節からヒントを得て、モスクワからアメリカに帰る飛行機のなかで作詞・作曲されたという1955年のむかし(その後、別人が4~5節を加えて完成した)子守歌では、「アシの葉」を摘んだとなっているが、花を摘んだに変更したようだ。
偶然にもウクライナのコザックの子守歌が反戦歌に変身したのも皮肉である。
そしてLPレコードを集めて退屈せずに聴き倒してました。懐かしいです。
反戦歌がおおいでした。