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なぜ、初期宇宙に超大質量ブラックホールが既に存在しているのか? ダークマターの崩壊による水素分子の分解が原因かも

2024年09月05日 | ブラックホール
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の登場により、宇宙の歴史の初期段階において超大質量ブラックホールが存在することが明らかになりました。

通常、ブラックホールの形成には、巨大な恒星が燃え尽き、その核が崩壊するまでに数十億年かかります。
そのブラックホールも、物質の降着やブラックホール同士の合体、銀河同士の合体によって時間をかけて超大質量ブラックホールに成長していきます。

それでは、なぜ初期の宇宙に超大質量ブラックホールが存在しているのでしょうか?
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による発見は、従来の形成理論では説明がつかないことだったんですねー

そこで今回の研究で調べたのは、ダークマターがこの謎を解くカギを握っている可能性でした。
ダークマターが水素の冷却を遅らせることで、巨大なガス雲の形成を促進したと考えた訳です。

通常、水素は急速に冷却して小さなハローを形成します。
でも、ダークマターが崩壊し放出される放射線が水素分子を分解することで、ガス雲が急速に冷却して小さなハローに分裂するのを防いだとすれば、ガス雲は十分な大きさの雲を形成できるようになるはずです。

これにより、巨大なガス雲からは恒星ではなく、超大質量ブラックホールを直接形成することが可能になった可能性があります。

このプロセスは、巨大なガス雲が崩壊して超大質量ブラックホールを直接形成するもの。
この発見は、初期宇宙における超大質量ブラックホールの形成を説明するだけでなく、ダークマターの性質と初期宇宙における構造形成を理解する上で重要な手掛かりとなる可能性があります。
この研究は、カリフォルニア大学ロサンゼルス校博士課程の学生Yifan Luさんを中心とする研究チームが進めています。
本研究の成果は、アメリカ物理学会の発行するアメリカ物理学専門誌“Physical Review Letters”に、“Direct collapse supermassive black holes from relic particle decay”として掲載されました。DOI:10.1103 / PhysRevLett.133.091001
図1.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡がとらえたクエーサー“J0148”。2つの挿入図は、上が銀河中心ブラックホール、下がホスト銀河からの恒星の放射を示している。(Credit: MIT/NASA)
図1.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡がとらえたクエーサー“J0148”。2つの挿入図は、上が銀河中心ブラックホール、下がホスト銀河からの恒星の放射を示している。(Credit: MIT/NASA)


これまで考えられていた超大質量ブラックホールの形成シナリオ

天体物理学の分野では、私たちの天の川銀河の中心に位置する“いて座A*”のような超大質量ブラックホールの形成には、膨大な時間がかかると広く認識されています。

太陽の8倍以上の質量を持った恒星が進化の最終段階で鉄の中心核を作ると、鉄は宇宙で最も安定した元素なので、それ以上は核融合を行えなくなってエネルギーを作り出せなくなります。

恒星は、中心核で起こる核融合反応により自らエネルギー(外向きの圧力)を生成することで、重力(内向きの圧力)によって潰れるのを回避しています。
なので、核融合ができなくなると重力によって潰れる“重力崩壊”を起こすことになります。

この重力崩壊によって中心核の密度が十分高くなると、外側から落ちてくる物質を中心核で跳ね返して“II型超新星爆発”を起こすと考えられています。
この爆発の後に残されるのがブラックホールです。

これが広く受け入れられているブラックホールの形成シナリオです。
でも、このプロセスで生じるブラックホールは約10太陽質量ほど…
観測されている数十億太陽質量の超大質量ブラックホールと比較すると、取るに足らないものと言えます。

それでは、これらの超大質量ブラックホールは、どのようにして形成されたのでしょうか?

有力な仮説の一つに、小さなブラックホールがガスや星を降着させることで徐々に成長し、これらのブラックホールが互いに合体して質量がさらに増加するというものです。

でも、このプロセスにかかる時間は数十億年という膨大なものと考えられています。
宇宙の歴史の比較的早い段階でジェームズウェッブ宇宙望遠鏡によって観測された超大質量ブラックホールの存在と矛盾することになるんですねー


巨大なガス雲が重力によって収縮する直接崩壊

初期宇宙における超大質量ブラックホールの急速な形成に対処するために提案されたのが、“直接崩壊”というモデルです。
このモデルは、巨大なガス雲が重力によって収縮し、星形成という中間的な段階を経ずに直接ブラックホールを形成するというものです。

でも、このシナリオにも乗り越えなければならない課題がありました。

直接崩壊モデルを難しくしているのは、ガスが断片化して分離した小さなハローを形成するのではなく、巨大なガス雲となったところで崩壊して一つの中心ブラックホールを形成すること。
この断片化は水素分子(H2)の急速な冷却の結果として起こるので、H2形成の抑制が直接崩壊に不可欠と考えられています。

ただ、断片化なしに崩壊を成功させるには、直接解離または過剰加熱のいずれかが必要となります。
この問題の本質は、過剰な加熱または解離に必要な放射を、比較的軽い粒子の崩壊によって供給できるかどうかというものです。


ダークマターの崩壊が水素分子の形成を抑制している

今回の研究では、この難問に対する興味深い解決策を提案しています。
それは、ダークマターの崩壊が水素分子の形成を抑制し、直接崩壊を促進する上で極めて重要な役割を果たしているというものです。

宇宙の質量の大部分を占めているダークマターですが、その構成や性質は大きな謎となっています。
ダークマターは光などの電磁波では観測することができず、重力を介してのみ間接的に存在を知ることができる物質です。
ダークマターの候補となる粒子はいくつか提案されていて、その中には不安定で崩壊して光子を放出するものもあります。

本研究では、ダークマターの崩壊によって放出される光子が、初期宇宙の水素ガス雲の冷却効果を抑制する可能性があると考えています。

水素分子が特定のエネルギー範囲の光子を吸収すると、結合が破壊され冷却効果が低下します。
このプロセスにより、ガス雲は断片化することなく重力によって収縮することができ、最終的に超大質量ブラックホールを形成することができます。


超大質量ブラックホールの形成におけるダークマター崩壊の重要性

これらの仮説を検証するため、本研究では初期宇宙におけるガス雲の進化をシミュレーション。
これには、ダークマターハローの断熱収縮と雲内での光子の生成が考慮されています。

その結果、特定のエネルギー範囲の放射線は水素分子の冷却を効果的に抑制し、ガス雲が大きな塊として崩壊することを可能にしていました。
この発見は、初期宇宙の条件下でのダークマターの崩壊と一致しています。

興味深いことに、シミュレーションではダークマターの崩壊が比較的小さくても、初期宇宙で観測された超大質量ブラクックホールの形成を促進するのに十分な放射線が生成されることが示されました。

これは、初期宇宙における超大質量ブラックホールの形成でダークマター崩壊の潜在的な重要性を強調していて、ダークマターの性質と宇宙構造の進化との間の興味深い関連性を示唆しています。

初期宇宙における超大質量ブラックホールの急速な形成は、現代の天体物理学における大きな課題となっています。
ダークマターの崩壊が、このプロセスで重要な役割を果たした可能性があるという本研究の説は、興味深い解決策となっています。

この説は、ダークマターの性質と宇宙の進化におけるその役割についての理解を深めるための新しい道を切り開き、今後の観測と理論的研究によってさらに検証されるべき重要な研究球対象と言えます。


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