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衛星エンケラドスから噴出している水は土星を取り囲むように分布している! ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で明らかになったこと

2023年06月19日 | 土星の探査
厚い氷の層に覆われた小さい衛星“エンケラドス”。

土星の衛星エンケラドスは、2005年の探査機“カッシーニ”による観測以来、注目され続けている天体です。

それは、エンケラドスの南極付近には間欠泉があり、水のプルーム(水柱)が時々宇宙空間へと放出されているからです。

観測で得られた数々の証拠は、エンケラドスの内部が潮汐力によって加熱されて融けていて、表面を覆う分厚い氷の下に液体の海が存在するという強力な証拠を示していました。

興味深いことに海水に含まれているのは、水、塩、シリカ(二酸化ケイ素)、炭素を含む単純な化合物。
そう、これらは生命の材料になり得る物質なんですねー
土星探査機“カッシーニ”の挟角カメラで2005年7月14日に撮影されたエンケラドス。紫外線・可視光線・赤外線のフィルターを使用して取得したデータを元に作成されている。(Credit: NASA/JPL/Space Science Institute)
土星探査機“カッシーニ”の挟角カメラで2005年7月14日に撮影されたエンケラドス。紫外線・可視光線・赤外線のフィルターを使用して取得したデータを元に作成されている。(Credit: NASA/JPL/Space Science Institute)

エンケラドスの20倍以上もの大きさがあるプルーム

今回の研究では、NASAのゴダード宇宙飛行センターのGeronimo Villanuevaさんたちの研究チームが、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いて土星の衛星エンケラドスを観測。
すると、思いがけないプルームの様子が明らかになったんですねー
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線分光器“NIRSpec”で観測した土星の衛星エンケラドスのプルーム(背景)と、土星探査機“カッシーニ”で撮影されたエンケラドスの姿(左上)。(Credit: Image: NASA, ESA, CSA, Geronimo Villanueva (NASA-GSFC); Image Processing; Alyssa Pagan (STScI))
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線分光器“NIRSpec”で観測した土星の衛星エンケラドスのプルーム(背景)と、土星探査機“カッシーニ”で撮影されたエンケラドスの姿(左上)。(Credit: Image: NASA, ESA, CSA, Geronimo Villanueva (NASA-GSFC); Image Processing; Alyssa Pagan (STScI))
この画像の左上に配置されているのは、土星探査機“カッシーニ”が撮影した土星の衛星エンケラドスの姿。
背景の青い画像は、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線分光器“NIRSpec”で、2022年11月9日に観測されたエンケラドス周辺の様子です。
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の画像におけるエンケラドスの位置は、赤色の四角で示されています。

このジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の画像には、噴出したプルームがエンケラドスを要として扇形に広がっていく様子がとらえられていました。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を運用するアメリカの宇宙望遠鏡科学研究所(STScI)によると、プルームはエンケラドス自身の直径の20倍を超える1万キロ以上にわたって噴出していることが、今回の観測で明らかになったそうです。

噴出する水の量は、オリンピックサイズのプールを2~3時間程度で満たせる毎秒300リットルと推定されています。
土星を取り囲む水のトーラスの位置とスペクトルのデータを示した図。(Credit: Science: Geronimo Villanueva (NASA-GSFC); Illustration: NASA, ESA, CSA, STScI, Leah Hustak (STScI))
土星を取り囲む水のトーラスの位置とスペクトルのデータを示した図。(Credit: Science: Geronimo Villanueva (NASA-GSFC); Illustration: NASA, ESA, CSA, STScI, Leah Hustak (STScI))

エンケラドスが土星を公転しながら噴霧した水

また、エンケラドスから噴出した水は、土星の環の一部であるE環と同じ位置でリング状のトーラス(ドーナツ形をした厚い構造)を形作るように分布していることも、今回の観測で判明したそうです。

E環を構成する物質はエンケラドスが供給源になっていることが知られていて、エンケラドスは幅が広く希薄なE環の中を公転しています。

このトーラスは、土星を約33時間周期で公転するエンケラドスから噴出した水が、エンケラドスの通過後も滞留し続けることで形成されているとみられています。

別の表現をすれば、トーラスはエンケラドスが土星を公転しながら噴霧した水でできているとも言えます。

宇宙望遠鏡科学研究所によると、トーラスとして残っているのはエンケラドスから噴出した水のうちの約30%。
残りの約70%は、トーラスを脱出して土星系の他の場所へ供給されていくとみられています。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡によるエンケラドスの観測は今後も継続される予定なので、外核の厚さや地下海の深さなどを調査する将来のミッションに貴重な情報をもたらしてくれるはずです。
土星の影に入った土星探査機“カッシーニ”が撮影した土星本体と環。一番外側で淡く青白い光を放っているのがE環で、エンケラドスも左側に小さく写っている。(Credit: NASA/JPL-Caltech/SSI)
土星の影に入った土星探査機“カッシーニ”が撮影した土星本体と環。一番外側で淡く青白い光を放っているのがE環で、エンケラドスも左側に小さく写っている。(Credit: NASA/JPL-Caltech/SSI)


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中性子星の中心部は最も硬いはず! でも、重い中性子星の中心部では物質構成が変化して“柔らかい”核になっている?

2023年06月17日 | 宇宙 space
太陽の10~30倍程度重い恒星が一生の最期を迎えると超新星爆発を起こし、その爆発の中心部には極めて高密度な天体“中性子星”が形成されることがあります。

中性子星は、主に中性子からなる天体で、ブラックホールと異なり半径10キロ程度の表面が存在。
そこには、地球の約50万倍の質量が詰まっていて、一般に強い磁場を持つものが多い天体です。

多くが超高速で自転していて、地球から観測すると非常に短い周期で明滅する規則的な信号がとらえられるので、パルサーとも呼ばれています。

中性子星は、密度が地球の数100兆倍、磁場が地球の約1兆倍もあります。
内部は極めて高密度・高エネルギーな環境なので、正確な性質はほとんど分かっていませんでした。
中性子星のイメージ図。(Credit: ESO/L. Calçada)
中性子星のイメージ図。(Credit: ESO/L. Calçada)

中性子星の内部の様子

今回の研究では、いくつかの中性子星の観測データと理論計算を駆使し、中性子星の内部の様子を探ろうとしています。
この研究を進めているのは、中国科学院のMing-Zhe Hanさんたちの研究チームです。
研究に用いられたのは、中性子星同士の合体をとらえた重力波“GW170817”、正確な大きさが判明している中性子星“PSR J0030+0451”、最大級の重さを持つ中性子星“PSR J0740+6620”のデータでした。

これらの観測データと、原子核に関連する研究データや理論を組み合わせることで、研究チームは中性子星の内部状態のシミュレーションを実施。
すると、特に重い中性子星について、これまでの予測とは異なる結果が得られたんですねー

天体サイズの物体の場合、中心部に向かえば向かうほど物質は強く圧縮されるので、中心部が一番硬くなる傾向にあります。

中性子星の場合だと、構成する物質の大部分は中性子でできた原子核だと考えられています。
なので、中心部に至るまでそのような構成だとすれば、中性子星の中心部は最も硬くなるはずです。

でも、極端に重い中性子星のシミュレーションでは、最も硬くなる部分は中心部ではなく、その周辺部であるという結果に…
つまり、重い中性子星は奇妙なほどに“柔らかい”核(コア)を持つことになったわけです。

重い中性子星の中心部では物質構成が変化している

この結果は、重い中性子星の中心部では物質構成が変化していると仮定することで、説明できる可能性があります。

研究チームが考えているのは、重い中性子星の中心部は原子核でできておらず、原子核を構成する中性子や陽子が分解し、素粒子であるクォークがむき出しで存在する“クォーク物質”の状態にあるということ。
太陽の2.14倍以上の質量を持つ中性子星が、クォーク物質でできた核を持つ可能性が高いと推定しています。

物質構成が異なるという仮定は、中心部が固くないことを示したシミュレーション結果で説明することができます。

太陽の2.14倍という質量は、それ以上重ければ中性子星が潰れてブラックホールになってしまうとされる“トルマン・オッペンハイマー・ヴォルコフ限界”の98%に相当します。

また、低い確度で見積もっても、太陽の2.01倍以下の質量の中性子星にクォーク物質の核はありそうにないことも推定されています。

このシミュレーション結果によると、奇妙な核を持つのはほんの一握りの中性子星であることになります。

中性子星の中心部は、物質の極限状態が保たれている興味深い場所であり、誕生直後の宇宙に近い環境と言えます。

極限状態の研究は、私たちが身近に観察している物質の性質を決める様々な物理的パラメーターを知るために必要な研究でもあります。

意外かもしれませんが、中性子星に奇妙な核が存在するか否かという疑問を解き明かすための研究は、物質でできている私たち自身とも縁遠い話ではないのかもしれませんね。


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アンモニア分子の広域観測で発見! 生まれたての若い大質量星によって周囲の分子ガス雲が暖められている現場

2023年06月15日 | 宇宙 space
今回の研究では、野辺山45メートル電波望遠鏡を用いて、天の川の“わし座”と“たて座”の境界付近にある赤外線バブル“N49”に対して、アンモニア分子“NH3”の広域観測を実施しています。
この研究は、名古屋市科学館の河野樹人学芸員、鹿児島大学、ノースウェスト大学(南アフリカ)、国立天文台、名古屋大学などのメンバーからなる国際研究チームが進めています。
解析の結果、この領域で3つのアンモニアガスの塊“クランプ”を検出し、分子ガスの温度分布を得ることに成功。
その中でも、特に中央のクランプで温度上昇がみられることが明らかになりした。

この温度上昇は何を意味しているのでしょうか。
ひょっとすると、ガス塊に埋もれた生まれたての重たい星によって、周囲の分子ガスが暖められている現場を見ているのかもしれません。

赤外線バブルの中心には大質量星がある

夜空に輝く星には、太陽のような小質量星もあれば、ベテルギウスに代表されるような太陽の約10倍以上の質量を持つ巨大な星“大質量星”もあります。

いずれも、宇宙に漂うガスやチリの雲を材料にして生まれます。

特に太陽よりも10~20倍以上の重さを持つ星は大質量星と呼ばれ、膨大なエネルギーを放出し、周囲の星間ガスに大きな影響を与えるので、その形成過程や影響範囲を調べることはとても重要なことになります。

2006~2007年にかけて、NASAの赤外線天文衛星“スピッツァー”によって、赤外線でリング状の構造を持つ“赤外線バブル”(図1右)が天の川銀河におよそ600個見つかりました。
“スピッツァー”は、“ハッブル宇宙望遠鏡”や“X線天文衛星“チャンドラ”、“コンプトンガンマ線観測衛星”と共に、様々な波長の電磁波で宇宙を観測する衛星群“グレート・オブザーバトリーズ”の1機として、NASAが2003年8月に打ち上げた赤外線天文衛星。広い波長範囲や高い感度で赤外線を観測し、暗黒星雲に埋もれた多くの原始星を発見してきたが、2020年1月31日に機体はセーフモードに移行、すべての科学運用を終了している。“スピッツァー”が投入されたのは、地球から距離を置いて、追いかけるような位置関係で太陽を公転する軌道。これにより、地球から出る熱放射の影響を避けることができ、より口径の大きな地上望遠鏡を上回る感度を達成していた。
その多くは中心に大質量星があり、その強い紫外線放射によって周囲の星間ガスを電離して作られたと考えられています。

特に赤外線バブルの縁にはしばしば若い星が存在し、それらはバブルの膨張運動が引き金になって形成されたのではないかと、これまで言われてきました。
図1(左):FUGINプロジェクトによって得られた一酸化炭素分子“13CO”の強度分布。黄色の枠で示したのが、今回の研究で野辺山45メートル電波望遠鏡を使ってアンモニア分子の観測を行った範囲。中心の白い点線で囲った場所に赤外線バブル“N49”が位置している。黒く太い等高線でフィラメント状分子雲を示している。図1(右):赤外線天文衛星“スピッツァー”によって得られた赤外線バブル“N49”の3色合成画像。それぞれ青が3.6μm、赤が24μmの強度分布に対応している。(Credit: Nobeyama Radio Observatory)
図1(左):FUGINプロジェクトによって得られた一酸化炭素分子“13CO”の強度分布。黄色の枠で示したのが、今回の研究で野辺山45メートル電波望遠鏡を使ってアンモニア分子の観測を行った範囲。中心の白い点線で囲った場所に赤外線バブル“N49”が位置している。黒く太い等高線でフィラメント状分子雲を示している。
図1(右):赤外線天文衛星“スピッツァー”によって得られた赤外線バブル“N49”の3色合成画像。それぞれ青が3.6μm、赤が24μmの強度分布に対応している。(Credit: Nobeyama Radio Observatory)

若い大質量星の周辺で起こる分子ガス雲の温度上昇

今回の研究で対象となったのは、天の川の代表的な赤外線バブル“N49”(図1)。
野辺山45メートル電波望遠鏡を用いて、アンモニア分子“NH3”の反転遷移(図2左)によって放射される電波の広域観測を行っています。

その結果、一酸化炭素分子“CO”の観測でとらえた細長いフィラメント状の分子ガスに沿って、3つのアンモニアガスの塊“クランプ”があることを初めて突き止めました。(図2右)

アンモニア分子の特徴として、回転の速さが異なる2つのエネルギー準位からの電波を同時観測可能なことがあります。

回転の速さは分子ガスの温度に依存するので、異なるエネルギー準位間での電波強度の比を計算することで、分子ガスの温度を精度よく推定することができるんですねー

この分子ガスの温度分布を見て分かったのは、特に中央のクランプ内部にある年齢10万年以下の若い大質量星の周辺、およそ10光年以内の限られた範囲で、高密度分子ガス雲の温度が上昇していることでした。(図3左)

この結果は、生まれたての若い大質量星によって、周囲の高密度分子ガス雲が暖められた現場を見ていると考えられます。

大質量原始星はフィラメント同士の衝突によって誕生する

今回の観測はKAGONMAと名付けられたプロジェクトの一環。
これまで調べられていなかった赤外線バブルの縁にある大質量原始星周辺の温度分布を得ることに初めて成功しています。
KAGONMAプロジェクトは、2013~2019年にかけて、野辺山45メートル電波望遠鏡を用いて、天の川銀河内の様々な大質量星形成領域を、アンモニア分子で広域観測を行ったプロジェクト。主に鹿児島大学の研究者や卒業生、大学院生を中心としたメンバーで構成されている。
そして、その結果が示していたのは、赤外線バブルの縁であろうとも、天の川銀河の他の大質量星形成領域の観測から得られた結果と変わらないということ。

つまり、大質量原始星は周囲の星間ガス雲を加熱しますが、その影響範囲はどこでも変わらず、わずか10光年程度と限定的であることが分かってきたんですねー
図2(左):本研究で観測したアンモニア分子の反転遷移の様式図。窒素原子“N”が3つの水素原子“H”で作られる平面をすり抜ける際に生じるエネルギー差によって、波長1.3cm(周波数23GHz)の電波が放射される。図2(右):野辺山45メートル電波望遠鏡によって観測されたアンモニア分子の空間分布。カラーと等高線で電波強度の違いを示している。(Credit: Nobeyama Radio Observatory)
図2(左):本研究で観測したアンモニア分子の反転遷移の様式図。窒素原子“N”が3つの水素原子“H”で作られる平面をすり抜ける際に生じるエネルギー差によって、波長1.3cm(周波数23GHz)の電波が放射される。
図2(右):野辺山45メートル電波望遠鏡によって観測されたアンモニア分子の空間分布。カラーと等高線で電波強度の違いを示している。(Credit: Nobeyama Radio Observatory)
さらに、今回のアンモニアの観測結果と、FUGINプロジェクトによって得られた一酸化炭素分子の空間分布とを比較してみると、視線速度の異なるフィラメント状分子雲の重なった場所で、まさに高密度分子ガスが存在することが分かりました。(図3右)
FUGINは、2014~2017年にかけて野辺山45メートル電波望遠鏡を用いて、天の川銀河の分子ガス雲の広域観測を行ったプロジェクト。2018年にデータが公開され、世界中の研究者によって研究が進められている。
このことは、この領域の先行研究で提案されている2つの分子雲の衝突によって高密度分子ガスが作られ、そこでバブルの縁にある若い大質量星が形成されるというシナリオを支持する観測結果でした。

このことから予想できるのは、フィラメント同士の衝突によって大質量原始星が誕生し、周囲の10光年程度の狭い範囲の星間ガスを加熱するというシナリオ。

研究チームでは、バブルの縁にある若い星の形成には、バブル自身の膨張運動による影響は効きにくいと考えているようです。
図3(左):アンモニア分子の観測データを解析することで得られた赤外線バブル“N49”周辺の分子ガスの温度分布。十字が若い大質量星の位置を示している。図3(右):FUGINによって得られた13COの2つの視線速度成分(88km/s, 95km/s)の強度分布に、赤い等高線でアンモニア分子の分布を重ねている。(Credit: Nobeyama Radio Observatory)
図3(左):アンモニア分子の観測データを解析することで得られた赤外線バブル“N49”周辺の分子ガスの温度分布。十字が若い大質量星の位置を示している。
図3(右):FUGINによって得られた13COの2つの視線速度成分(88km/s, 95km/s)の強度分布に、赤い等高線でアンモニア分子の分布を重ねている。(Credit: Nobeyama Radio Observatory)
今回の研究では、天の川の赤外線バブル“N49”に対して、野辺山45メートル電波望遠鏡を用いたアンモニア分子の広域観測を行い、その温度分布を明らかにしました。

今後、期待されるのは、SKAやngVLAといった次世代の低周波をカバーする電波望遠鏡による高分解能観測が行われること。
これにより、星間ガスからの大質量星の誕生と、その後周囲の星間ガス雲に与える影響範囲を、さらに詳しく調べることができるはずです。


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気になる大気の存在は? ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡がスーパーアースの観測で水蒸気を検出!

2023年06月13日 | 宇宙 space
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測で、太陽系外惑星“グリーゼ486 b”に水蒸気が検出されたとする研究成果が発表されました。

水蒸気の検出が示しているのは、岩石惑星である“グリーゼ486 b”に大気が存在する可能性です。
ただ、別の可能性もあるので結論は出ておらず、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡によるさらなる観測が必要なようですよ。
今回の研究を進めているのは、アリゾナ大学のSarah Moranさんたちの研究チームです。
太陽系外惑星“グリーゼ486 b”(手前)と赤色矮星“グリーゼ486”(奥)のイメージ図。(Credit: NASA, ESA, CSA, Joseph Olmsted (STScI), Leah Hustak (STScI))
太陽系外惑星“グリーゼ486 b”(手前)と赤色矮星“グリーゼ486”(奥)のイメージ図。(Credit: NASA, ESA, CSA, Joseph Olmsted (STScI), Leah Hustak (STScI))

赤色矮星の近くを公転するスーパーアース

“グリーゼ486 b”は、おとめ座の方向約26光年彼方に位置する赤色矮星“グリーゼ486”を公転している系外惑星です。

地球と比較すると、直径は約1.3倍、質量は約2.8倍。
地球よりも大きな岩石惑星“スーパーアース”に分類されます。
半径が地球の1~1.5倍程度の、地球よりやや大きな惑星のことを“スーパーアース(巨大地球型惑星)”と呼ぶ。理論上、この半径の惑星は水素大気を維持できないので、水素大気を持つ小さなガス惑星“サブネプチューン”である可能性が極めて低い。このため岩石を主体とした惑星と考えられる。
“グリーゼ486 b”の公転軌道の半径(軌道長半径)は約0.017天文単位と短く、公転周期(“グリーゼ486 b”における1年)は約1.47日しかありません。
1天文単位(au)は太陽~地球間の平均距離、約1億5000万キロに相当。
主星の“グリーゼ486”は直径と質量がどちらも太陽の3割程度と小さく、表面温度は約3060℃と比較的低い恒星です。
表面温度がおよそ摂氏3500度以下の恒星を赤色矮星と呼ぶ。実は宇宙に存在する恒星の8割近くは赤色矮星で、太陽系の近傍にある恒星の多くも赤色矮星になる。太陽よりも小さく、表面温度も低いことから、太陽系の場合よりも恒星に近い位置にハビタブルゾーンがある。
その近くを公転している“グリーゼ486 b”は潮汐力によって自転と公転の周期が一致した状態“潮汐ロック”になっているとみられていて、常に主星に面している昼側の表面温度は約430℃に達すると推定されています。
潮汐ロックとは、主星からの潮汐力の影響で自転周期と公転周期が一致し、常に主星に対して同じ面を向け続けている状態。主星の近くを公転している場合など、受ける潮汐力が大きい場合に比較的よくみられる現象。月が地球に同じ面を向けているのも同じ現象。
サイズが地球に似ているので生命の居住可能性も気になるところですが、“グリーゼ486 b”の表面はおそらく地球よりも金星に似ていると予想されています。
系外惑星“グリーゼ486 b”の地表を描いたイメージ図。(Credit: RenderArea)
系外惑星“グリーゼ486 b”の地表を描いたイメージ図。(Credit: RenderArea)

系外惑星の存在を検出する方法

恒星の周囲を公転する系外惑星を直接観測するのは極めて難しく、これまでに発見された系外惑星の多くは、“ドップラーシフト法”や“トランジット法”といった手法を用いて間接的に検出されてきました。

ドップラーシフト法は、恒星(主星)の周りを公転している惑星の重力で、主星が引っ張られることによる“ゆらぎ”を光の波長の変化から読み取ることで惑星の存在を検出する手法。
もう一方のトランジット法では、地球から見て惑星が主星の手前を通過(トランジット)するときに見られる、わずかな減光から惑星の存在を探ります。

“グリーゼ486 b”は、トランジット法を利用するNASAのトランジット惑星探査衛星“TESS(Transiting Exoplanet Survey Satellite)”が、2020年3月から4月にかけて行った観測によって、主星である“グリーゼ486”の周期的な減光として最初に検出されています。

系外惑星の大気を通過してきた光を観測する

“グリーゼ486 b”は、過去の研究で大気が存在する可能性を指摘されていました。
このため、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測が期待されていたんですねー

そこで、研究チームは“グリーゼ486 b”の透過スペクトルを取得するため、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の“近赤外線分光器(NIRSpec)”を使用して分光観測を実施。
地球から見て系外惑星が主星の手前を通過(トランジット)している時に、系外惑星の大気を通過してきた主星のスペクトル(透過スペクトル)を得る分光観測を行っています。
スペクトルは光の波長ごとの強度分布
個々の元素は決まった波長の光を吸収する性質があるります。

なので、透過スペクトルには、大気に含まれる元素に対応した波長で光の強度が弱まる箇所が現れることになります。

この光の強度の弱まり(吸収線)は、透過スペクトルと主星から直接届いた光のスペクトルを比較することで調べることができ、その波長から元素の種類を直接特定することができます。

そう、系外惑星の大気中にどのような物質が存在するのかを知ることができるわけです。
恒星(左)の光を利用して系外惑星(中央下)の大気組成を調べる手法(イメージ図)。系外惑星の大気を通過して地球(右)に届いた主星の光のスペクトル(透過スペクトル)を分析することで、系外惑星の大気組成を調べることができる。(Credit: ESO/M. Kornmesser)
恒星(左)の光を利用して系外惑星(中央下)の大気組成を調べる手法(イメージ図)。系外惑星の大気を通過して地球(右)に届いた主星の光のスペクトル(透過スペクトル)を分析することで、系外惑星の大気組成を調べることができる。(Credit: ESO/M. Kornmesser)

検出された水蒸気が存在する場所

研究チームでは、“近赤外線分光器(NIRSpec)”を使用して、約1時間続く“グリーゼ486 b”のトランジットを2022年12月に2回観測。
得られたデータを分析してみると、スペクトルに吸収線を残した可能性が最も高いのは水蒸気だと結論付けられることになります。

問題は、検出された水蒸気が存在する場所でした。

“近赤外線分光器(NIRSpec)”は“グリーゼ486 b”の大気中に存在する水蒸気をとらえた可能性がありました。

でも、研究チームでは断定することができず…

その理由は、恒星である“グリーゼ486”にも水蒸気が存在する可能性があったからです。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を運用する宇宙望遠鏡科学研究所(STScI)によると、周囲よりも温度が低いので暗く見える太陽の黒点では、水分子の存在がスペクトルから判明しているそうです。

赤色矮星“グリーゼ486”の表面温度は太陽よりも低いので、その黒点(恒星黒点)には、より多くの水蒸気が存在することも考えらるわけです。
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の“近赤外線分光器(NIRSpec)”で取得された“グリーゼ486 b”の透過スペクトル。白の点は観測データを示し、青の線は「“グリーゼ486 b”が持つ水蒸気の豊富な大気」を想定したモデル、オレンジの線は「“グリーゼ486”の黒点に存在する水蒸気」を想定したモデルを示す。(Credit: NASA, ESA, CSA, Joseph Olmsted (STScI), Sarah E. Moran (University of Arizona), Kevin B. Stevenson (APL), Ryan MacDonald (University of Michigan), Jacob A. Lustig-Yaeger (APL))
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の“近赤外線分光器(NIRSpec)”で取得された“グリーゼ486 b”の透過スペクトル。白の点は観測データを示し、青の線は「“グリーゼ486 b”が持つ水蒸気の豊富な大気」を想定したモデル、オレンジの線は「“グリーゼ486”の黒点に存在する水蒸気」を想定したモデルを示す。(Credit: NASA, ESA, CSA, Joseph Olmsted (STScI), Sarah E. Moran (University of Arizona), Kevin B. Stevenson (APL), Ryan MacDonald (University of Michigan), Jacob A. Lustig-Yaeger (APL))

今後のジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による追観測に期待

また、赤色矮星は活動が活発で、表面で強力な爆発現象“フレア”が発生しやすいことが知られています。

惑星大気は、恒星から放射されるX線と極端紫外線で構成される短波長(
大気散逸とは、XUVの吸収によって高温化された高層大気が惑星重力による束縛から抜け出し、惑星外に散逸してしまうこと。現在の地球においては、軽いH(水素)原子やHe(ヘリウム)原子のみが大気散逸を引き起こしているが、強いXUV環境であれば地球類似惑星の大気主成分であるN(窒素)原子、O(酸素)原子の大気散逸が引き起こされ、大気の消失をもたらす。
なので、仮に検出された水蒸気が“グリーゼ486 b”の大気に由来するのであれば、大気を構成する物質や水蒸気は火山活動を通して絶えず供給されていることになります。

“グリーゼ486 b”に大気は存在しているのでしょうか?

この疑問は、今後のジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による追観測が明らかにしてくれるのかもしれません。

大気が存在しないか、あったとしても非常に薄い場合、自転と公転の周期が一致しているとみられる“グリーゼ486 b”の表面で最も高温の場所は、昼側の中心にあると予想できます。

でも、その場所が予想される位置からズレているとしたら…
考えられる可能性は、熱を循環させる大気の存在です。

それでは、最も高温の場所はどこに位置するのでしょうか?
それは、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の“中間赤外線観測装置(MIRI)”による観測で明らかになることが期待されています。

一方、“近赤外線分光器(NIRSpec)”で検出された水蒸気が“グリーゼ486 b”の大気と“グリーゼ486”の黒点のどちらに由来するのかは、最終的には“近赤外線カメラ(NIRCam)”や“近赤外線撮像・スリットレス分光器(NIRISS)”といった、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の別の観測機器で得たデータも用いて判断する必要があるそうです。

宇宙望遠鏡科学研究所によると、これまでにも系外惑星で水蒸気が検出されたことはあるものの、太陽系以外の岩石惑星の大気が明確に検出されたことはまだないそうです。

“グリーゼ486 b”に大気が存在するかどうかは、複数の観測機器を組み合わせた追観測に期待しましょう。


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宇宙が年老いるにしたがって生命が誕生する確率は低下していく? 生命の出現に好条件な金属量が少ない恒星を公転する惑星の存在

2023年06月11日 | 地球外生命っているの? 第2の地球は?
夏が近づいてくると、紫外線による日焼けを気にする人が多くなりますよね。

それは、紫外線が生命にとって有害であり、日焼けは紫外線が皮膚の細胞にダメージを与えたことの現れと言えるからです。

さらに、紫外線は細胞の奥深くへと達してDNAを損傷する可能性もあります。

太陽からの紫外線の多くは大気中のオゾン層に遮られているので、地球上の生命はオゾン層に守られていると言われています。

このため、地球のような岩石惑星を対象とした系外惑星探査では、大気中に存在するオゾンの含有量が、複雑な生命の居住可能性を判断するうえで重要な条件になっているんですねー

紫外線は地球大気中のオゾンの「生成と破壊」の両方に関わっている

惑星がオゾン層を形成するために、主星である恒星はどのような性質(化学組成)を持つ必要があるのでしょうか?

この疑問を解くため、今回の研究では系外惑星大気中のオゾン含有量に焦点を当てた数値シミュレーションを実施、その成果を発表しています。
研究を進めたのは、マックス・プランク太陽系研究所の科学者Anna Shapiro(アンナ・シャピロ)さんの率いる研究チームです。
太陽などの恒星は様々な電磁波を放射しています。

その電磁波の一部である紫外線は、可視光線の中でも波長が短い“紫”よりも外側の波長域(波長の短い領域)に位置していることから、そう呼ばれています。

紫外線は可視光線よりも波長が短いので、人間の目では感知することはできません。
モンシロチョウなど一部の生物は、紫外線を感知できると考えられている。
さらに、紫外線はその波長によりUV-A(315~400nm)、UV-B(280~315nm)、UV-C(100~280nm)の3種類に分類されています。

UV-Cは、上空のオゾンと酸素分子によってすべて吸収されるので、地表には到達しません。
地表に到達するUV-AとUV-Bのうち、特にUV-Bが生物に大きな影響を与えることになります。

オゾンは酸素原子3個からなる分子で、太陽から放射された紫外線は地球大気中のオゾンの生成と破壊の両方に関わっているんですねー

紫外線のうちUV-Cは、中層大気中でオゾンを生成する役割を担っています。
でも、UV-Bは個々の酸素原子や酸素分子との反応プロセスを通してオゾンを破壊していきます。

このことから、系外惑星の大気でも地球と同じように紫外線が複雑な反応を起こし、影響を与えていると考えることができます。

表面温度が約5000℃から6000℃の範囲にある恒星

惑星が確認されている恒星のうち約半数の表面温度は約5000℃から6000℃の範囲にあり、太陽もその一つに数えられています。

このグループに注目して研究は進められることになります。

研究チームでは、最初に恒星が放射する紫外線の波長を正確に計算。
この計算では、恒星の金属量に左右される影響も初めて考慮されていました。

この特性は、恒星に含まれる水素と重元素の比率を表していて、研究では鉄の含有量が多い星と少ない星についても検討されています。
例えば、太陽の場合だと鉄原子1個に対して水素原子は3万1000個存在しています。
天文学では、水素とヘリウムよりも重い元素のことを“重元素”と呼び、水素に対する重元素の割合は重元素量と呼ぶ。重元素は恒星内部の核融合反応により合成され、恒星の死に伴い星間空間へと放出される。なので、星の生と死のサイクルが十分に繰り返されていない初期の宇宙では、現在の宇宙に比べて重元素量が低かったと考えられている。
次に研究チームが考えたのは、恒星から放射される紫外線がハビタブルゾーン内に位置する惑星の大気にどのような影響を与え、どのように変化させていくのかということ。
これには、オゾンや酸素などの気体と紫外線の相互作用をシミュレーションする化学気候モデルを用いて分析しています。
“ハビタブルゾーン”とは、主星(恒星)からの距離が程良く、惑星の表面に液体の水が安定的に存在できる領域。この領域にある惑星では生命が居住可能だと考えられている。太陽系の場合は地球から火星軌道が“ハビタブルゾーン”にあたる。
このモデルを用いることで、研究チームは系外惑星の様々な状況と地球大気の過去5億年にわたる歴史を比較。
地球大気の歴史には、系外惑星の生命進化に関する手掛かりが隠されているかもしれないからです。

金属に乏しい星は紫外線を多く放射する

シミュレーションの結果示されたのは、全体として金属に乏しい星は金属に富む星よりも紫外線を多く放射すること。
さらに、オゾンを生成するUV-Cとオゾンを破壊するUV-Bの比率は、星の金属量に大きく依存することも示されることになります。

UV-BとUV-Cの比率は非常に大きな意味を持ちます。

金属に乏しい星ではUV-Cの比率が大きいので、惑星の大気では厚いオゾン層が形成されます。
一方、金属に富む星ではUV-Bの比率が大きいので、惑星の大気で形成されるオゾン層ははるかに希薄になってしまいます。

結果的に、金属に富む星は金属に乏しい星よりも紫外線放射が大幅に少ないにもかかわらず、その周りを公転する惑星ではオゾン層が希薄になるので、惑星表面はより強い紫外線にさらされることになります。

研究チームの予測に反して、「金属に乏しい星は生命の誕生にとってより有利な条件を提供する」という研究成果が示されたわけです。
金属に富む恒星(上段)と金属に乏しい恒星(下段)が、オゾン層形成に与える影響を比較した図。金属に富む恒星は金属に乏しい恒星よりも紫外線放射は少ないが、オゾン層の形成を助けるUV-C(ピンク色)の比率がオゾン層を破壊するUV-B(紫色)よりも小さいので、形成されるオゾン層は希薄になり、惑星表面に生命の出現は望めない。一方、金属に乏しい恒星は逆の状況を作り出し、生命の出現にとって好条件になる。(Credit: MPS/hormesdesign.de)
金属に富む恒星(上段)と金属に乏しい恒星(下段)が、オゾン層形成に与える影響を比較した図。金属に富む恒星は金属に乏しい恒星よりも紫外線放射は少ないが、オゾン層の形成を助けるUV-C(ピンク色)の比率がオゾン層を破壊するUV-B(紫色)よりも小さいので、形成されるオゾン層は希薄になり、惑星表面に生命の出現は望めない。一方、金属に乏しい恒星は逆の状況を作り出し、生命の出現にとって好条件になる。(Credit: MPS/hormesdesign.de)

宇宙が年老いるにしたがって生命が誕生する確率は低下していく?

金属(重元素)は、恒星内部の核融合反応によって数十億年かけて合成された後、恒星から流れ出る恒星風や超新星爆発を通して宇宙空間に放出されていき、次の世代の恒星や惑星の材料になります。

そのため、新しい世代の星は、その前の世代の星が作り出した金属を含む材料から形成されることに…
つまり、星に含まれる金属の量は、星が世代を重ねるごとに増えていくことになります。

そう、宇宙全体で見れば金属に富む星ばかりが増えていき、恒星系で生命が誕生する確率は宇宙が年老いるにしたがって低下していく可能性を、今回の研究は示しているんですねー

とはいえ、今回の成果は必ずしも地球外生命探査にとって絶望的な報せというわけでもないようです。

系外惑星が公転する主星の多くは太陽と同じような年齢の恒星であり、そのような恒星を公転する惑星のうち少なくとも1つは複雑で興味深い生命体を宿しています。
そう、私たちも良く知っている地球の存在があるからです。


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