宇宙のはなしと、ときどきツーリング

モバライダー mobarider

r過程により生成された原子量260以上の原子核の痕跡を古い年代の恒星で発見

2024年01月25日 | 宇宙 space
鉄より重い元素が、宇宙でどのように生成されるのかはよく分かっていません。
ただ、生成過程を調べるヒントの1つに、古い年代の恒星に含まれている元素の比率があり、生成過程を考察する上で注目されています。

今回の研究では、天の川銀河にある42個の恒星の恒星元素存在量を詳しく調べ、元素の生成過程を推定しています。
その結果、“r過程”によって原子量260以上(※1)の原子核が大量に生成され、その後の自発核分裂で銀や重いランタノイド(※2)などの中程度の重さの元素が生成されたことが分かりました。

このことは重い元素の生成過程を調べる上で重要な発見になるようです。
※1.原子核に含まれる陽子と中性子の合計数を原子量と呼ぶ。
※2.ランタン(原子番号57)からルテチウム(原子番号71)までの元素の総称。液晶ディスプレイや永久磁石など、先端産業に欠かせない用途を持つ元素が多数含まれている。今回の研究ではユウロピウム(原子番号63)以降のランタノイドの生成過程に原子量260以上の原子核が関与していると推定される。

この研究は、ミシガン大学のIan U. Roedererさんたちの研究チームが進めています。
図1.中性子星同士の衝突は、r過程で重元素が生じる代表的な現場となる。(Credit: National Science Foundation, LIGO, Sonoma State University, A. Simonnet / Edited: MIT News)
図1.中性子星同士の衝突は、r過程で重元素が生じる代表的な現場となる。(Credit: National Science Foundation, LIGO, Sonoma State University, A. Simonnet / Edited: MIT News)


r過程も間接的ながら中程度の重さの元素の供給源になる

化学反応の基本となる“元素”は、これまでに118種類が発見されていて、宇宙に豊富に存在する元素に限っても90種類前後が存在しています。
これらのうち、誕生直後の宇宙で大量に生成されたのは水素とヘリウム(原子番号1と2)のみで、残りの大部分は恒星の活動によって直後、または間接的に生成されたと考えられています。

ただ、恒星のエネルギー源となる核融合反応では、鉄(原子番号26)までしか生成されないんですねー
なので、鉄より重い元素が生成されるには、異なるプロセスが必要になります。
その中でも特に注目されているのは、超新星爆発や中性子星同士の合体で発生するとされる“r過程”です。

r過程では数秒という短時間で原子核に大量の中性子が付着。
その後に起こる放射性改変(β崩壊)によって重い元素が生成されます。
その反応速度の速さから、ビスマス(原子番号83)より重い元素を作るプロセスは、実質的にr過程のみとなります。

一方で考えられているのは、r過程は重い元素だけでなく、中程度の重さを持つ元素の生成過程にも間接的に関わっていることです。
r過程で生成される原子核は不安定で、自然に核分裂をする“自発核分裂”を起こし、およそ半分くらいの重さを持つ2つの原子核に分裂することもあります。

分裂した破片が中程度の重さの元素に当たるので、r過程も間接的ながら中程度の重さの元素の供給源になると考えられています。
ただ、中程度の重さの元素を作るプロセスはr過程の他にもs過程(※3)などがあり、複数の生成プロセスが混在していると考えられます。
※3.漸近巨星分枝星と呼ばれる、恒星の寿命の後期に達した恒星内で起こる、原子核の中性子の吸収とそれに伴う崩壊で原子番号が上がっていくプロセス。s過程の名は、数秒未満という“速い(Rapid)”過程であるr過程とは異なり、数千年以上かかる“遅い(Slow)”過程であることに由来する。
それでは、r過程が中程度の重さの元素の生成にどの程度関わっているのでしょうか?
このこと知ることは、r過程によってどの程度重い元素が生成されたのかを知ることに繋がり、結果としてr過程で起こる基本的な核反応の理解にも繋がるので、これは重要なことになります。


原子量260以上の原子核もr過程により生成されている

今回の研究では、天の川銀河に存在する42個の古い年代の恒星について観測を実施。
これにより、セレンからトリウムまでの31種類の元素の存在量を詳細に調べています。

さらに、観測に選ばれた恒星には、年代が古いだけでなく、過去の観測データも充実しているという特徴がありました。

そして、この元素の存在量からr過程によって間接的に生成されたであろう元素を特定。
r過程が、どの程度重い原子核まで進行したのかを逆算することで推定しています。

核分裂する原子核は、ほぼ同じ重さの破片に2分割されることは稀であり、やや重い破片とやや軽い破片とに分裂することが大半です。
この場合、やや重い破片に由来する元素と、やや軽い破片に由来する元素の存在量が多くなるだけでなく、両者に相関関係が見られるはずです。

この相関関係から、それぞれの破片の重さを推定することができれば、分裂する前の原子核は単純な足し算で算出することが可能になります。

研究の結果分かったのは、ルテチウムから銀(原子番号44~47、原子量99~100)までの元素と、ユウロピウムから白金(原子番号63~78、原子量150以上)までの元素との間に、存在量の相関関係があること、隣接する元素に相関関係は見られなかったこと(注4)
これらの元素は、それぞれ自発核分裂の破片に由来する可能性が高いことが分かりました。
※4.今回の研究の場合、セレンからモリブデンまで(原子番号34~42)、およびカドミウムからサマリウムまで(原子番号48~62)。
この結果から、これらを含む古い年代の恒星が生成される以前に発生したr過程では、原子量260以上の原子核が生じていたことが推定されました。
この数値は原子量なので、具体的な元素名を与えることはできていません(※5)
※5.r過程では、最初に大量の中性子が原子核に吸収されるが、この段階では元素名を定める原子番号は変化しない。その後のβ崩壊で陽子に変化すると初めて原子番号が上がり、元素名も変化する。自発核分裂は必ずしもβ崩壊が終了した後に起こるとは限らず、いつでも起こりうるので、原子量260以上の原子核がどの元素にあたるのかを特定することはできない。
でも、この重さの原子核は、r過程が起こる環境と類似している核兵器の爆発現場で生成されるものではなく(※6)、加速器でごく少量生成されるのみ。
r過程の研究でも、これほど重い原子核が生成されるという予測は少ないので、この結果はとても興味深いものでした。
※6.1952年に行われたアイビー・マイク実験(世界初の水爆実験)では、爆発雲や放射性降下物の分析により、当時未知の元素であったアインスタイニウム(原子番号99)とフェルミウム(原子番号100)が発見され、原子量255までの原子核が生成することが確認されている。
原子量260以上の原子核が生成されるという結果は、r過程の研究において興味深いものです。

また、核分裂のモデルを適切に考えるには、核分裂の条件面を絞り込むことが重要です。
でも、核実験の実測データを得ることなく条件を絞り込める機会は少ないので、今回の研究結果は特に極端な重い原子核の自発核分裂に関する重要なデータとなり得ます。


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宇宙最大の爆発現象“ガンマ線バースト”はジェット内部を逆方向に進む衝撃波が放射に寄与していた

2024年01月24日 | 宇宙 space
今回の研究では、NASAが運用中の高エネルギーガンマ線天文衛星“フェルミ”と、広島大学 宇宙科学センターが運用する東広島天文台の“かなた望遠鏡”を用いて、宇宙最大の爆発現象“ガンマ線バースト”を観測しています。

観測では、ガンマ線と可視光線の同時観測に成功。
さらに、ジェット内部を逆方向に進む衝撃波がガンマ線放射に寄与していることを確認しました。

この研究成果は、金沢大学 理工研究域 先端宇宙理工学研究センター/数物科学系の有本真淳教授、東京大学 宇宙線研究所 高エネルギー宇宙線研究部門の浅野勝晃教授、広島大学 宇宙科学センターの川端弘治教授、東北大学 学際科学フロンティア研究所の當真賢二教授たちの国際共同研究チームによるもの。
詳細は、英科学誌“Nature”系の天文学術誌“Nature Astronomy”に掲載されました。


宇宙で最も高エネルギーな天文現象

短時間に高エネルギーのガンマ線を放出する、宇宙で最も高エネルギーな天文現象の1つが“ガンマ線バースト”(※1)です。
※1.ガンマ線バーストは、0.01秒から数時間程度にわたってガンマ線が突発的に観測される現象。1960年代の冷戦下に宇宙空間での核実験を監視する衛星によって発見された天体現象。
ガンマ線バーストは、太陽よりもずっと質量の大きな恒星で発生する超新星爆発に伴って発生する現象だと考えられています。

でも、いつどこで起こるのかは不明なので、事前に予測しての観測は困難なんですねー
このため、発生メカニズムには、まだ多くの謎が残されています。

ただ、これまでの研究からは、詳細な仕組みが分かってきています。
大質量星が重力崩壊した後にブラックホールが誕生。
その瞬間、プラズマのジェットが光速に近い速度(亜光速)で噴き出し、そのジェット内で衝撃波が形成され、そこで高エネルギー粒子が加速されます。
加速された粒子は、磁場と相互作用することでガンマ線が放射され、それがガンマ線バーストとして観測されることになります。

ただ、どのような機構がジェットを亜光速まで加速しているのか、また衝撃波内にどのような磁場が形成されることでガンマ線が放射されているのかは、未解明のままになっていました。
図1.ガンマ線バーストのイメージ図。(Credit: 2023 金沢大学、イラスト制作:武重隆之介・髙橋壮一)
図1.ガンマ線バーストのイメージ図。(Credit: 2023 金沢大学、イラスト制作:武重隆之介・髙橋壮一)


ガンマ線と可視光による同時観測

そうした中、“フェルミ”やその他のガンマ線バースト観測衛星が、2018年7月20日にガンマ線を観測。
うお座に近い方向の61億光年彼方から到来した高エネルギーガンマ線が1000秒にわたって検出され、“GRB 180720B”と命名されました。

発見と同時に、地上の望遠鏡や研究者にすかさずアラートが送られます。
その中で、ガンマ線バースト発生から80秒後という、極めて早い時間帯から可視光での観測を開始したのが“かなた望遠鏡”でした。
ガンマ線バーストはすぐに暗くなってしまうので、早くから観測できたことで、極めて良質のデータを得ることができたそうです。

さらに、“かなた望遠鏡”には特徴がありました。
それは、他の地上望遠鏡では観測が困難な“偏光”情報を得られるというもの。
これにより、世界で初めて高エネルギーガンマ線と同時に、偏向検出が達成されています。

この可視光線放射は“シンクロトロン放射”(※2)によって起きると考えられていて、偏光観測で光の偏りを調べることで放射が起きている現場の磁場構造を知ることができます。
※2.シンクロトロン放射は、光速近い速度の荷電粒子(主に電子)が、磁力線の周りを円運動しながら進む時に放出される電磁波のこと。
得られたデータを詳細に解析してみると、亜光速ジェットの内部に、その進行方向とは逆向きに進む衝撃波が発生し、そこから可視光やガンマ線が強く出ていることが確認されました。
この放射の持続時間は数百秒しかなかったので、“フェルミ”と“かなた望遠鏡”の素早い連携観測が功を奏したと言えます。


ガンマ線バーストのジェット

さらに、偏光情報から判明したのは、衝撃波中の磁場構造がドーナツ型の“トロイダル磁場”で、磁場が非常に乱れた乱流構造であることでした。
そして、衝撃波の放射が終わった後、今度はジェットと同じ方向に進む衝撃波からもガンマ線が観測されたそうです。

今度の衝撃波の磁場構造は放射状で、2種類の衝撃波で全く異なる磁場構造になっていることが明らかになりました。
特に逆方向に進む衝撃波は、ガンマ線バーストのジェット内の情報を有していて、その起源に関するヒントを与えてくれるはずです。

なお、ジェットを亜光速まで加速するメカニズムの1つとして理論的に提案されているのが、ブラックホールを貫く磁場を介して、その回転エネルギーでジェットを加速する“磁場駆動モデル”です。
このモデルは、ブラックホールの回転で磁場がねじれ、ジェット内にドーナツ型の磁場が作られることを予言したものでした。

今回の研究により、逆方向への衝撃波中でドーナツ型の磁場が観測されたことは、このモデルを支持する結果でした。
ジェットの謎を解明する大きな一助と言えます。
図2.今回の研究概要。(Credit: 2023 金沢大学、イラスト制作:武重隆之介・髙橋壮一)
図2.今回の研究概要。(Credit: 2023 金沢大学、イラスト制作:武重隆之介・髙橋壮一)
また、磁場の乱流が観測されたことも非常に重要なことと言えます。

これまで、衝撃波内でガンマ線を生み出す粒子を、高エネルギーまで効率よく加速するには、磁場の乱流が必要と考えられてきました。
なので、今回の結果は、そのような理論モデルの妥当性を示す直接的な証拠と言えます。

近年、これまでの定説だったシンクロトロン放射では説明できないほどの超高エネルギーのガンマ線が見つかり、ガンマ線の生成機構の理解が徐々に進みつつありました。
今回の研究成果は、ジェットの謎の解明にもつながる可能性があると言えます。


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なぜ、土星の衛星タイタンの湖には一時的に魔法の島が現れるのか? 原因は多孔質構造の有機化合物にあるようです

2024年01月23日 | 土星の探査
土星の衛星タンタンの表面には、広大な液体メタンの湖が存在しています。
この湖にはいくつかの島がありますが、中には一時的に観測された後に消えてしまう“魔法の島(Magic Islands)”も見つかっています。

魔法の島がどのように出現するのかは、これまでのところ不明でした。

今回の研究では、有機物の多孔質な塊がメタンの湖に浮かぶ条件を探索。
その結果、魔法の島として観測される条件を満たしていることを示しています。

この魔法の島は、地球の海で一時的に出現し、最終的に沈んで消えてしまう軽石でできた幻の島に似ているようです。
この研究は、テキサス大学サンアントニオ校のXinting Yuさんたちの研究チームが進めています。
図1.タイタンのリゲイア海で観測された“魔法の島”。右上にある恒久的な地形と違い、一時的に出現したように見えるが、その出現理由はこれまで不明だった。(Credit: NASA, JPL-Caltech, ASI & Cornell)
図1.タイタンのリゲイア海で観測された“魔法の島”。右上にある恒久的な地形と違い、一時的に出現したように見えるが、その出現理由はこれまで不明だった。(Credit: NASA, JPL-Caltech, ASI & Cornell)


一時的に現れる魔法の島の正体

天体の表面を液体が覆っていることが観測されている地球以外で唯一の天体、それが土星の衛星タイタンです。
タイタンには分厚い大気に加えて気象や季節の変化もあることから、ある意味で地球と似通っている天体と言えます。

ただ、タイタンの平均気温はマイナス180℃と低く、表面の液体は水ではなくメタンを主体とした有機化合物になります。
図2.レーダー観測に基づき作成されたタイタンの地図。大小さまざまなメタンの湖(青色)が存在する。(Credit: NASA, JPL-Caltech, ASI, USGS & T. Cornet (ESA))
図2.レーダー観測に基づき作成されたタイタンの地図。大小さまざまなメタンの湖(青色)が存在する。(Credit: NASA, JPL-Caltech, ASI, USGS & T. Cornet (ESA))
地図化されているタイタンの表面の一部には、日本列島の総面積より広いクラーケン海を始めとした大小様々な湖が存在し、いくつかの湖には島が見つかっていました。

これらの島は恒久的に存在する本物の島の場合もあれば、数時間から数週間だけ出現した後に消えてしまう島もあります。
一時的に存在する島のような構造は、地球においては“幻島”や“疑存島”と呼ばれますが、タイタンにおいては魔法の島(Magic Islands)と呼ばれています。

タイタンの地形はレーダーでのみ観測されているので、魔法の島の正体については、“電波を反射しやすいもの”という以上のことは分かっていませんでした。

これまでの予測には“湖の波による反射”や“湖に浮かんでいる有機化合物の塊”、“湖水の中の有機化合物による濁り”、“窒素ガスによる気泡”といったものがありました。


魔法の島は多孔質構造の有機化合物でできている

今回の研究では、タイタンの魔法の島がメタンの湖に浮かぶ固体の有機化合物ではないかと考え、タイタンの低温環境で生成される固体の有機化合物の種類や形状がメタンの湖に浮かぶものかどうかを調査しています。

最初に分かったのは、単純な計算では、どのような種類の有機化合物もメタンの湖に沈んでしまうこと。
これは、有機化合物の固体は、どれも液体のメタンよりも高密度で、その上メタンは表面張力が低いためでした。

一方で明らかになったのは、メタンにはすでに大量の有機化合物が溶け込んでいるので、メタンの湖に接触した有機化合物が溶けて消えることはないことでした。
図3.タイタンの環境で生成される有機化合物の種類と、それがどのような特性を持つのかをまとめた図。(Credit: Xinting Yu, et al.)
図3.タイタンの環境で生成される有機化合物の種類と、それがどのような特性を持つのかをまとめた図。(Credit: Xinting Yu, et al.)
そこで、研究チームが検討したのは、有機化合物の塊が密度の低いスポンジのような多孔質構造になっている可能性でした。
そのままでは沈んでしまう有機化合物の塊も、内部に隙間が多ければ密度が低下するので、メタンの湖に浮かぶ可能性があるからです。

多孔質な材料で発生する毛細管現象は表面張力を増大させるので、追加の浮遊力を与えます。
さらに、一度は湖に浮かんだ塊も時間が経てば隙間にメタンがしみこむことで密度が増加して沈んでしまうので、魔法の島が一時的な存在であることの説明になります。

こうした特徴とそっくりなのが地球の軽石です。
軽石は組成だけで単純計算すれば海水よりも高密度なので、海水に浮かぶことは考えられません。
でも、実際には隙間によって密度が低下しているので、海水に浮くことができます。

2021年に発生した福徳岡ノ場の噴火のように、大規模に放出された軽石が形成した軽石いかだはまるで島のように見えました。
そして、軽石は時間が経つにつれて徐々に海水を吸って沈んでしまいます。
図4.2021年の福徳岡ノ場の噴火で発生した軽石が海面を埋め尽くしている様子。このような軽石いかだは、まるで島のようにも見える。今回の研究では、タイタンの魔法の島は有機化合物の“軽石”でできていると予測されている。(Credit: 海上保安庁)
図4.2021年の福徳岡ノ場の噴火で発生した軽石が海面を埋め尽くしている様子。このような軽石いかだは、まるで島のようにも見える。今回の研究では、タイタンの魔法の島は有機化合物の“軽石”でできていると予測されている。(Credit: 海上保安庁)
計算の結果、隙間率が25~60%で直径が数ミリメートル以上の場合、有機化合物の“軽石”がメタンの湖に十分な時間だけ浮くことが可能だと示されました。

また、この軽石は地表で形成された可能性もありました。
最初は雪のように小さく複雑な形状の塊として地表に降り積もった有機化合物は、多孔質な塊を形成します。
やがて、自重によって氷河のように流れ出すと、湖畔の塊が湖面に張り出し、波や潮汐活動によって割れて浮遊する氷山のようになるはずです。

これらのことは、魔法の島の寿命が数時間から数週間であることと一致しています。

タイタンの環境は短時間での変化に富むユニークな性質を持つと同時に、地球から遠く離れているので観測が困難で、未だに多くの謎があります。
メタンの湖に出現する魔法の島は、その一例にすぎません。

タイタンにまつわる他の謎として、湖面が非常に滑らかという謎があります。
地球と比べるとずっと小さいものの、タイタンの湖にはわずかながら波や潮汐活動があると予測されています。
でも、レーダー観測では予想よりも小さな変化しか計測できていませんでした。

研究チームでは、メタンの湖に有機化合物の薄い“氷”が張っていることがその理由だと指摘。
魔法の島の形成プロセスと似ていることから、関連している現象ではないかと考えているようです。


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なぜ、恒星が存在しない孤立した褐色矮星でオーロラが発生するのか?

2024年01月22日 | 宇宙 space
美しい天文現象“オーロラ”は地球以外の天体でも観測されています。

オーロラは恒星から放出される電気を帯びた粒子“荷電粒子”と大気との衝突で発生する現象。
なので、近くに恒星が無い天体でのオーロラの発生は、予測されていませんでした。

今回の研究では、恒星の周辺を公転していない孤立した褐色矮星“W1935”に、オーロラと思われる赤外線の発光を観測しています。

孤立した褐色矮星でオーロラが観測されたのは、今回が初めてのこと。
この発見は予想外なことであり、その発生理由が注目されています。
この研究は、アメリカ自然史博物館のJackie Fahertyさんたちの研究チームが進めています。
図1.赤外線で輝くオーロラを持つ“W1935”のイメージ図。(Credit: NASA, ESA, CSA & Leah Hustak (STScI))
図1.赤外線で輝くオーロラを持つ“W1935”のイメージ図。(Credit: NASA, ESA, CSA & Leah Hustak (STScI))


恒星が存在しない天体ではオーロラは発生しない

視覚的に美しく、知名度の高い天文現象オーロラ。
オーロラは大気を構成する分子に、宇宙から降り注ぐ高速の荷電粒子が衝突することで発生します。

この理由から、オーロラは地球以外でも大気が存在する天体で発生しています。
例えば、太陽系の惑星では、濃い大気が存在しない水星を除いたすべての惑星で、オーロラの発生が確認されています。

オーロラの発生には大気と共に、高速かつ大量の荷電粒子が必要になります。

太陽系では、大量の荷電粒子の源は太陽になります。
これは他の恒星でも同じことが言えるので、太陽系以外の惑星系でもオーロラの発生が観測されています。
裏を返せば、近くに恒星が存在しない天体の場合には、オーロラも観測されないことになります。


孤立した褐色矮星で発生する気温の上昇

今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いて、12個の褐色矮星の観測を行っています。

褐色矮星は、木星のような巨大ガス惑星と太陽のような恒星との中間的な性質を持つ天体で、その性質が注目されてきました。

観測した12個の褐色矮星には、お互いの性質が似ている“W1935”と“W2220”が含まれていて、どちらも近くに恒星が無い孤立した褐色矮星で、非常に低温でした。

このような、低温の褐色矮星の大気中にはメタンが多く含まれていることが知られていて、これはジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が観測できる赤外線の波長で見つけることができます。

実際に、“W2220”の観測ではメタン分子によって特定の波長が吸収され、その分だけ暗くなった赤外線が予測通り観測されていました。
図2.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による“W1935”と“W2220”のそれぞれの観測結果。メタンに関連する赤外線の波長について、“W2220”(白色)では弱い、一方“W1935”(青色)は赤外線が強いことが分かる。(Credit: NASA, ESA, CSA & Leah Hustak (STScI))
図2.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による“W1935”と“W2220”のそれぞれの観測結果。メタンに関連する赤外線の波長について、“W2220”(白色)では弱い、一方“W1935”(青色)は赤外線が強いことが分かる。(Credit: NASA, ESA, CSA & Leah Hustak (STScI))
でも、クローンとも例えられるほど似ているはずの“W1935”で得られたのは、メタン分子による赤外線の吸収ではなく、メタン分子から赤外線が放出されるという予想外な観測結果でした。
大気を構成する分子からの発光であることから、これはオーロラを観測していることになります。

そこで研究チームでは、それぞれの大気の温度をシミュレーション。
すると、“W2220”は予想通り高度が上がるほど気温が低下するのに対して、“W1935”では高度が上がるほど気温が上昇するという逆転現象が見られました。

このような気温の逆転現象は地球の成層圏でも観察されていて、近くに恒星のような熱源がある場合には不思議な現象ではありません。
でも、孤立した褐色矮星であるはずの“W1935”で発生するのは不可解なことと言えます。


オーロラが発生する理由の解明

研究チームでは、“W1935”でオーロラが発生している理由は今のところ不明としつつ、いくつかの推測を提示しています。

1つ目は、“W1935”に活発な活動をしている衛星が存在する可能性です。
木星のイオや土星のエンケラドスのような衛星は、物質を宇宙空間へと噴出する活発な活動が確認されていて、噴出した物質が衝突することでオーロラが発生します。
木星や土星の場合、太陽からの荷電粒子もオーロラ発生の理由となっていますが、近くに恒星が無い“W1935”では、これがオーロラ発生の唯一の理由になっているのかもしれません。

2つ目は、“W1935”の内部の熱源が大気を加熱し、その熱エネルギーがオーロラを発生させているというものです。
顕著な大気の温度逆転現象は木星や土星でも観察されていて、太陽からの熱だけでは説明できないことがすでに分かっています。
惑星内部の熱(※1)が、大気循環で外側へと輸送されているとすれば、この逆転現象を説明できます。
ただ、木星や土星に関しては、大気上層部の過熱はオーロラによるものという説の方が支持されています。
そのため、“W1935”における熱とオーロラの関係は逆である可能性があります。
内部の熱源についての詳細は不明だが、惑星が重力によってわずかに潰れることや、惑星内部の対流による重力エネルギーが熱エネルギーに変換されることなどが想定されている。

3つ目は、星間プラズマとの衝突です。
これについては詳細はほとんど分かっていませんが、近くに恒星が無い場合の荷電粒子の発生源としては最も有力な候補になります。

どの説が正しいのか、あるいは他の理由で“W1935”のオーロラが発生しているのかは現時点では不明です。
でも、いずれにしても新たな謎がもたらされたことは、ジェームズウェブ宇宙望遠鏡がとても高性能であることを示しています。

“W1935”のオーロラは温度に換算すると約200℃あり、これは観測された中で最も温度の低いオーロラになります。
このようなオーロラの観測は難しいので、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の活躍を示す1つの成果になるはずです。


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史上初めて撮影に成功したブラックホールの1年後を観測 明るく見える場所の変化は乱流状に振る舞う周辺の物質の影響

2024年01月20日 | ブラックホール
国際研究チーム“イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)・コラボレーション”は、史上初の撮影に成功した楕円銀河M87の巨大ブラックホールについて、新たな観測画像を公開しました。

今回公開された画像は、初撮影が行われた2017年4月の観測から約1年後の2018年4月に観測されたもの(※1)
この2018年の観測では、新たにグリーンランド望遠鏡がネットワークに参加し、またデータ記録速度が向上したことでM87ブラックホールの新たな姿が明らかになっています。
※1.M87中心核の観測は、2018年4月21日、22日、25日、28日(日本時間)の合計4回行われた。新規参入のグリーンランド望遠鏡を含めて、地球上に点在する6か所8台の電波望遠鏡でM87中心核を観測している。
1年後の画像では、2017年に観測されたものと同じ大きさのリング構造が確認。(図1)
この明るいリングに囲まれた中央の暗い部分が、まさに一般相対性理論から予言されている“ブラックホールシャドウ”の存在を裏付けています。

一方で、リングの最も明るい場所は角度にして約30度異なっていて、ブラックホール周辺の物質が乱流状に振る舞っていることを示唆しています。

この成果は、ヨーロッパの天文学専門誌“アストロノミー・アンド・アストロフィジクス”に掲載されました。
図1.イベント・ホライズン・テレスコープが公開したはM87巨大ブラックホールの新たな観測画像。2017年の初撮影(左)から約1年後に撮影された2018年の画像(右)でも、同じ大きさのシャドウが再現されていることが分かる。2018年の観測には、新たにグリーンランド望遠鏡が参加している。明るいリングに囲まれた中央の暗闇がブラックホールのシャドウ(影)に相当し、リングの最も明るい場所は2017年の画像では6時の方向、2018年の画像では約30度異なる5時の方向にある。(Credit: EHT Collaboration)
図1.イベント・ホライズン・テレスコープが公開したはM87巨大ブラックホールの新たな観測画像。2017年の初撮影(左)から約1年後に撮影された2018年の画像(右)でも、同じ大きさのシャドウが再現されていることが分かる。2018年の観測には、新たにグリーンランド望遠鏡が参加している。明るいリングに囲まれた中央の暗闇がブラックホールのシャドウ(影)に相当し、リングの最も明るい場所は2017年の画像では6時の方向、2018年の画像では約30度異なる5時の方向にある。(Credit: EHT Collaboration)


史上初めて撮影に成功したブラックホール

イベント・ホライズン・テレスコープは2017年にブラックホールの初撮影を行い、2019年4月にその画像を公開しています。

この巨大ブラックホールが位置しているのは、地球からおよそ5500万光年彼方のおとめ座銀河団の楕円銀河M87の中心。
初撮影されたブラックホールの画像では、時計の6時の方向が最も明るいリング構造がとらえられていました。

この観測によりブラックホールを視覚的にとらえる新時代が幕を開け、M87ブラックホールの周りにリングが見えることや、その形から一般相対性理論の検証が可能になりました。

一方で、リングの細かい明るさの分布には、ブラックホールの周りを取り巻く物質の乱流構造が反映され、1年後には大きく変わりうると理論的に予想されていました。
年を経てM87を再度観測することで、一般相対論的効果で安定して現れるリングと、周辺で変動する複雑なガスの構造を区別した調査が可能になります。


拡張を続けるイベント・ホライズン・テレスコープ

初撮影に次ぐ新たな科学目標を達成するために、イベント・ホライズン・テレスコープは拡張を続けています。

今回の観測では、2017年末に北極圏内に新たに建設されたグリーンランド望遠鏡が初めて加わっています。(図2)
イベント・ホライズン・テレスコープの観測ネットワークの最北端に位置するグリーンランド望遠鏡が参加することで画像の質が大幅に向上。
電波望遠鏡の空白地帯だった北緯76度という北極圏に電波望遠鏡の建設を進めることで、アルマ望遠鏡と約9000キロの距離を結ぶことができ、南北方向の最も詳細なデータを得ることが可能になりました。
図2.2018年4月にイベント・ホライズン・テレスコープに新規参入したグリーンランド望遠鏡。台湾中央研究院天文及び天文物理研究所とスミソニアン天文台によってグリーンランドに建設・運用されている口径12メートルのミリ波サブミリ波の電波望遠鏡。(Credit: Nimesh A Patel)
図2.2018年4月にイベント・ホライズン・テレスコープに新規参入したグリーンランド望遠鏡。台湾中央研究院天文及び天文物理研究所とスミソニアン天文台によってグリーンランドに建設・運用されている口径12メートルのミリ波サブミリ波の電波望遠鏡。(Credit: Nimesh A Patel)
さらに、メキシコにある口径50メートルのLMT望遠鏡も、その巨大な鏡面全体で観測が可能になったことで感度が高くなっていました。

また、データ記録速度が2倍向上したことで、観測される周波数帯が2つから4つに増加(※2)
1日の観測でも独立した4つのデータで結果を検証できるようになりました。
※2.データの記録速度は、2017年の観測では32Gbps、2018年の観測ではグリーンランド望遠鏡は32Gbps、その他の局は64Gbpsに増加している。32Gbpsでは2つの周波数帯、64Gbpsでは4つの周波数帯で観測することができる。
巨大ブラックホールの存在をより確かなものとして、初撮影の結果を裏付ける上でも、繰り返し観測を行うことは不可欠でした。
イベント・ホライズン・テレスコープは、その科学的重要性だけでなく、技術的難易度の高いミリ波・サブミリ波電波干渉計のために開発された最先端技術の実証を行う場としての役割も果たしています。
図3.2018年以降のイベント・ホライズン・テレスコープ望遠鏡配置図。2018年4月に行われたM87観測に参加した望遠鏡を赤色、2017年4月の観測に参加した望遠鏡を青色で示している。(Credit: NRAO/AUI/NSF; composition by M. Nakamura)
図3.2018年以降のイベント・ホライズン・テレスコープ望遠鏡配置図。2018年4月に行われたM87観測に参加した望遠鏡を赤色、2017年4月の観測に参加した望遠鏡を青色で示している。(Credit: NRAO/AUI/NSF; composition by M. Nakamura)


新しいデータ解析の手法

今回の新しいデータ解析には、M87ブラックホールの初撮影に使用された手法に加えて、天の川銀河中心ブラックホールの解析を元に、新たに開発された手法を含む、合計8つの独立した手法が用いられています。(※3)
その結果、確認されたのは、初撮影時と同じ大きさの明るいリング状の構造。
中心部は暗く、リングの片側が明るいという特徴も共通していました。
※3.2018年に観測したデータの画像化に用いられた手法は合計5つ。M87ブラックホールの初撮影には、日本が開発したソフトウェア・SMILIを含む3つの手法が用いられたが、今回は2つの新しい画像化ソフトウェアが加わっている。冒頭で示されている最終画像(右側)は、この5つの手法で得られた画像を平均化したもの。リングを仮定した3つのモデル化手法によるデータ解析と合わせて合計8つの独立した手法で解析が行われた。
M87ブラックホールの質量と距離は数年の間ではほとんど変化しないので、リングの直径も変化しないことが一般相対性理論から予測されています。
2017年と2018年で同じ大きさのリング状構造が見られたことは、M87ブラックホール周辺の時空構造が一般相対性理論によって記述されていることを強く支持するものでした。

一方、興味深い変化も確認されています。
それは、2017年の画像で6時の方向にあったリングの最も明るい場所が、2018年の画像では約30度異なる5時の方向にあることでした。

この変化は、ブラックホール周辺の物質による乱流状の振る舞いが影響していると考えられます。
2017年と2018年でリングの細かい明るさの分布は、大きく変化しうることが理論的にも予想されていたことでした。

変化したとはいえ、両者の画像の明るい場所が似ていることも重要です。
明るい場所が南側であることは、理論的にブラックホールの自転軸がほぼ東西方向であることを示唆しています。
そして、それはブラックホールから離れたところで、主にセンチ波帯で観測されているジェット(※4)の方向と近いことが分かりました。
※4.ジェットは巨大ブラックホールの近傍から噴出する、高速のプラズマ流。光速の90%以上もの速度を持ち、細く絞られた形状を保ったまま、銀河の外まで伸びていることが特徴。どのように巨大ブラックホールの重力を振り切って、ジェットが形成されるのか、その解明が天文学の大きな課題になっている。
この成果は、ブラックホールの自転によりジェットが駆動されている可能性に、また一歩近づいたと言えます。

これまで発表されたイベント・ホライズン・テレスコープの論文は、全て2017年の観測に基づくものでした。
でも、今回は2018年以降に取得したデータに関する初の成果になります。

2017年と2018年に加えて、2021年や2022年にも観測が行われ、さらに2024年前半にも観測を予定しています。

イベント・ホライズン・テレスコープは観測の度に新しい望遠鏡を加え、観測周波数を増やすことで、性能を向上させています。
現在も国際共同研究の下で新しい観測やデータ解析、結果の考察が進められていて、今後も多くの研究成果が見込まれています。

今回の研究で明らかになったのは、2017年のイベント・ホライズン・テレスコープの結果を確認したことに加え、時間変動の研究の重要性でした。
ブラックホール周辺で起きる時間変動現象の理解には、イベント・ホライズン・テレスコープの観測継続に加えて、その視力を向上させる衛星計画“Event Horizon Explore; 通称EHE”へと展開することがカギとなります。

また、東アジアVLBIネットワークなどによるブラックホールジェットの観測との連携も、さらに重要になっていくことになるはずです。


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