渋谷で打ち合わせ。一応前向きに考えることにする。外向きには今年最後の仕事、終了。
アポは不発、んあー。想定外で年越えてしまう。しかし28日の夕方にもなると、もうどう足掻こうが、どうにもこうにもヨノナカは動かないのが確定する。と、腹を括ると気分的にはすっきりする。そして、街は(今年の)終わりの準備を始める。
終わるってことは何て魅力的なんだろう。年末は足掻く人間を強制的にリセットさせる。子どもたちのリセット願望はネガティブな感情かもしれないけれども、人間はリセットなしには生きて行けない(もちろんオレにとって、これはキープオンすることの大事さの裏返しだけれども)。
だから年末というのは大好きだ。子どもの頃の台風の夜のように、もはや年末のために生きているという気さえしてくる。やっぱり人間てのは終わりに向かって生きているんだな。年末年始といっても、晦日、大晦日で心地よい焦燥感とリセット感を味わいつつ、毎年毎年、元旦の、天皇杯の決勝が終わった途端に現実に引き戻されている気がする。毎日が年末だったらいいのにと思う。
例年通り御徒町の吉池で今年の酒と肴を買ってから帰宅。明日こそ腹を括って年賀状書きと残りの大掃除をする。
アポは不発、んあー。想定外で年越えてしまう。しかし28日の夕方にもなると、もうどう足掻こうが、どうにもこうにもヨノナカは動かないのが確定する。と、腹を括ると気分的にはすっきりする。そして、街は(今年の)終わりの準備を始める。
終わるってことは何て魅力的なんだろう。年末は足掻く人間を強制的にリセットさせる。子どもたちのリセット願望はネガティブな感情かもしれないけれども、人間はリセットなしには生きて行けない(もちろんオレにとって、これはキープオンすることの大事さの裏返しだけれども)。
だから年末というのは大好きだ。子どもの頃の台風の夜のように、もはや年末のために生きているという気さえしてくる。やっぱり人間てのは終わりに向かって生きているんだな。年末年始といっても、晦日、大晦日で心地よい焦燥感とリセット感を味わいつつ、毎年毎年、元旦の、天皇杯の決勝が終わった途端に現実に引き戻されている気がする。毎日が年末だったらいいのにと思う。
例年通り御徒町の吉池で今年の酒と肴を買ってから帰宅。明日こそ腹を括って年賀状書きと残りの大掃除をする。