夏樹静子さんの『第三の女』という小説を読みました。
もちろん、ミステリー古典キャンペーンの一環です。
“古典”といえるかどうかはわかりませんが、「フランス犯罪小説大賞」なるフランスの賞を受賞したということもあって、名作といえるでしょう。
(※以下、『第三の女』の内容に触れています。極力ネタバレは避けるように書いていますが、勘のいい人には重大なヒントになる可能性もあります。未読の方はご注意ください。)
扱われるのは、いささか変則的な交換殺人。
作品の導入部分で、フランスで出会った二人の日本人が、交換殺人の契約を交わします。
二人とも、殺したい相手がいる。
お互いがその相手を交換して殺せば、人間関係から捜査線上に浮かび上がることはない……そういう殺人です。
それだけならば、以前このブログでも紹介したハイスミス『見知らぬ乗客』の二番煎じということになります。
である以上、それだけであるはずはない。まあそこに何か一ひねりぐらいくわえてくるんだろう。こちらとしてはそういう感覚で読んでいくんですが……
しかし、そういう展開にはならないのです。
最後に、予想外の真相が明かされます。
話が先に進むにつれて、『第三の女』というタイトルの意味が読者の頭のなかにちらつきはじめますが、それもまた、ある種のミスリーディング。ネタバレになるので詳細は控えますが、よほどのミステリー上級者でも、この真相には驚かされるでしょう。
しかも、単にミステリーとしての意外性があるというだけでなく、その悲劇性が深い余韻を残します。ミステリーの一つの理想形ともいえる作品ではないでしょうか。
ここで、夏樹静子という作家について書いておきましょう。
この人は、一時福岡に住んでいたこともあって、福岡ゆかりの作家として、福岡市文化賞や福岡県文化賞をもらっていたりもするようです。そういう意味では、私にとってご当地作家ということにもなります。
その作風は、ミステリーにおける王道系といえるでしょう。
『Wの悲劇』や、『そして誰かいなくなった』など、ミステリーの古典に着想を得つつ、独自性を出していくというところがポイントです。
若いころには江戸川乱歩や横溝正史をよく読んでいたということで、そこからも王道をいっていることはわかるでしょう。
そんなわけで、乱歩賞に応募し、二度最終候補に残っています。受賞はしていませんが、二度目のときに受賞したのがかの森村誠一さんで、もうそういうレジェンドの時代なわけです。
そして、夏樹静子という作家を語る上でもう一つ触れておくべきなのは、その兄の存在でしょう。
兄は五十嵐均という人なんですが、この方は松本清張とともに霧プロダクションを設立するなど、日本のミステリーを裏方で支えてきた人です。
ご自身も『ヴィオロンのため息の―高原のDデイ』という作品で横溝賞を受賞し、作家としてデビューしています。そのときの選考委員に森村誠一さんがいたというのも、因縁めいたものを感じさせます。
また、この兄妹はエラリー・クイーンとの親交でも知られます。『Wの悲劇』で用いられたトリックは、フレデリック・ダネイも、前例のないものだろうと賞賛したといいます。
その『Wの悲劇』は、いうまでもなくクイーンのドルリィ・レーン・シリーズにならったものなわけですが……X、Y、ZときてWにしたのは、数学で文字をおく場合にはその順番になるからということにくわえて、Woman
の頭文字ということもあるのだそうです。そう考えると、『第三の男』をもじって『第三の女』というタイトルも、同様の趣向かと思われます。女性の社会進出みたいな点でも時代に先駆けていた人といえるかもしれません。もっとも、現実の日本ではジェンダー格差が過去最低の121位という状況があるわけですが……