今回も、音楽記事です。
前回の記事では、日本のフォーク黎明期を支えたURCレコードというものに触れ、そこでURCが発売したいくつかのレコードの名を挙げました。
そのなかには、高田渡「自衛隊に入ろう」もありました。
せっかく名前が出てきたことなので、この高田渡という人についても書いておきたい思います。
紹介するのは、URCレコードからリリースしたシングル「自衛隊に入ろう」。
A面が「自衛隊に入ろう」で、B面には「東京フォークゲリラの諸君達を語る」が収録されています。この二曲をセットで紹介しましょう。
まずはA面「自衛隊に入ろう」
前回の記事でも書いたとおり、この歌もマルビナ・レイノルズが関係しています。
もとは、マルビナ・レイノルズ書いた詞にピート・シーガーが曲をつけた「アンドーラ」という歌。レイノルズ自身は歌っていないそうで、ピート・シーガーの歌をカバーしたということです。
タイトルの「アンドーラ」とは、スペインとフランスの間にある小国。一般的には「アンドラ」と表記されています。
この国のある年の軍事予算が、式典用空砲のみでおよそ5ドルだった……というニュースを新聞で読んだマルビナ・レイノルズが、そこから着想を得て詞を書いたといいます。
5ドルの軍事予算で平和に暮らしているアンドラと、膨大な軍事費を費やしてベトナム戦争をやっているアメリカとの対比――ということです。
「自衛隊に入ろう」という歌は、「アンドーラ」のそういう背景も踏まえたものだと思われます。
歌詞は、次のようなものです。
日本の平和を守るためにゃ
鉄砲やロケットがいりますよ
アメリカさんにも手伝ってもらい
悪いソ連や中国をやっつけましょう
つまりは、自衛隊を皮肉る歌で、コンセプトとしては、反原発ソングで東芝ともめた忌野清志郎が「原発賛成、原発賛成」と歌った反語表現に通ずるものがあります。
ただそれを真に受けてしまう人もいて、防衛庁がこの歌を勧誘に使いたいとオファーしてきたという有名な逸話も。
その前身組織を含めても、自衛隊というものができてからまだ十数年だった時代……こういう捉え方もあったということでしょう。
さて……ここでB面「東京フォークゲリラの諸君達を語る」のほうに話を移します。
まず、タイトルに出てくる「フォークゲリラ」とは何なのかということをちょっと書いておきましょう。
フォークゲリラは、日本のフォークを語る上では避けて通れない存在です。
要は、街頭で若者たちがフォークソングを歌いながら、ベトナム戦争などの社会問題について訴えかけるというものです。
60年代末に日本各地で行われていたようで、東京では、「反戦フォーク集会」として行われていた新宿西口地下広場でのそれが有名でした。
「東京フォークゲリラの諸君達を語る」は、そのタイトル通り、このフォークゲリラについて歌う歌です。
あんたがたは知ってるだろ
新宿の西口のフォークゲリラという連中をさ
あのカッコいいエリートさんらをよ
あのカッコいいヒーローたちをよ
そんなかの一人がこのあいだこんなことを漏らしてた
自慢するわけじゃないが僕は逮捕状が出ているんだとさ
いまはやりの関西フォークはもうそろそろ限界にきたんだとさ
高石や岡林の歌はもう前世紀の遺物だとさ
そんなことを言った後にやつらは歌ってた
関西フォークの大昔のレパートリー
そんなところをテレビは撮っている
いまじゃネタ不足でなんでもニュースになる
ゲリラの連中はこういったのさ マスコミは帰れって
カメラにポーズをとりながら
一応注釈をつけておくと、「高石や岡林」というのは、高石友也、岡林信康のこと。
いずれも、いわゆる「関西フォーク」を代表するシンガーです。
フォークゲリラの「エリートさん」が彼らをディスりながら関西フォークの歌やその替え歌を歌っていることを、ちくりと批判しているわけです。自分の仲間を「前世紀の遺物」と決めつけられたことに対する意趣返しのような意味合いもあるでしょう。
この歌には、フォークゲリラという現象や、それと連動していた60年代当時の日本の社会運動が抱えていた問題点が垣間見えているようにも感じられます。
それは、具体的にいえば、一部の先鋭化とその結果による分裂、内ゲバという左派の悪癖です。
左派が旧体制への批判を基本原理としている以上、左派の内部で新旧対立が出てくるのはある種宿命ともいえるわけですが……しかし、一部の過激派が民間人を巻き込む破壊活動にまで突き進んだことは、非常に問題があったといわざるをえません。
過激派がみずからの過激さを競うようにしてエスカレートしていくという構図は、その後のよど号ハイジャック事件やあさま山荘事件につながっていくものと思われます。
このことが、日本の社会運動が後味の悪いかたちで終焉し、その後のいわゆる‟シラケ”の空気を醸成した大きな要因であることは疑いようがないでしょう。
「東京フォークゲリラの諸君達を語る」に話を戻すと、そういう危うさのようなものを、高田渡はフォークゲリラに嗅ぎ取っていたのではないでしょうか。
ただ、フォークゲリラ全体をそんなふうに扱ってしまうのは、それはそれで問題です。
歌で社会問題を訴えるという活動自体は、有意義なものだったと私は思っています。
先述した新宿西口のフォークゲリラに関していうと、これは、警視庁によって禁止され、実力行使によって排除という目に遭いました。
「ここは広場ではなく通路だ」と警視庁が宣言し、1969年6月28日には機動隊と集会参加者の間で大規模な衝突が発生。この衝突では催涙弾も使用され、64人が逮捕されたといいます。
さらにその後、警察は「広場」を「通路」と書き換え、道路交通法を適用。大量の警官を動員して逆に西口「通路」を占拠し、ここでのフォーク集会は消滅していきました。この事件があったため、現在でも「新宿西口広場」と通称されているあの場所の正式名称は「新宿西口通路」なのです。
先に紹介したシングルA面の「自衛隊に入ろう」には、この経緯を踏まえたジョークと思われる音声が背後に入っています。
この歌では、高田さんのバックでコーラスというか合いの手を入れる人が何人かいるんですが、そのうちの一人が警察の呼びかけを真似た声色で次のように語ります。
えー こちらは四条河原町警察署でございます
ただいま学生のデモ隊が非常にご迷惑をおかけしております
学生、歌はやめろ ここは広場ではない 通路だ
これは私が聴きとって文字おこししたものですが、歌とかぶっているため若干聴きとりづらく、最初のほう「四条」としたのはあるいは間違っているかもしれません。ただ、京都の四条あたりに河原町という地名があり、それで「四条河原町警察署」といっているのだと思われます。
実際には河原町警察署というものは存在しないのですが……では、なぜそういう地名が出てくるかというと、そこに円山公園があるからです。この歌は、その円山公園の野外音楽堂で行われた「第四回フォークキャンプコンサート」における演奏を録音したものなのです。
その日付は、1969年8月17日。
新宿西口での機動隊投入から2か月も経っていない頃のことでした。
そこで、フォークコンサートに集まった聴衆たちにむかって、東京での弾圧を想起させるようなアナウンスを聞かせる……というブラックジョーク。これが、60年代フォークの、URCレコードの、リアルです。
その意図は、警察による弾圧を批判するということでしょう。
この語りは警察官の真似をしてやってるわけですが、それを一通り終えたあと、スッと素に戻って「…シラケた」というセリフがはいっています。
この演出が高田渡の発案によるものなのかはわかりませんが……
ここには、高田さんやその周囲の人たちがフォークゲリラに対して抱えていた複雑な心境が表れているようにも感じられます。一部先鋭化した「エリートさん」を批判しつつも、やはりフォークゲリラそのものに対する共感や、それを抑圧しようとする体制側の姿勢に対する反感を、彼らも持っていたのではないかと想像されるのです。
それにしても、このブラックジョークは秀逸です。
「警官」の語り口や、語られる言葉の一つ一つが、当時のフォークや学生運動が置かれていた状況、ひいては日本の社会状況を鋭く切り取っています。
……ということで、このフォークゲリラ、とりわけ、新宿西口での実力行使事件について、いずれまた稿をあらためて書こうと思います。