先に私の詩吟暦を書いておきます。44歳で詩吟を始めました。最初に所属した流派は象堂流といいいました。その途中、転勤で札幌に来て一時期日本詩吟学院に所属しました。その後、師範の資格を早く取りたい思いもあって象堂流に復帰して皆伝師範まで進みました。皆伝師範で教室を三つ会員数も40名を数えていましたが、ある事情で象堂流を退会し独立、北海道詩吟連盟に加盟して現在に到っています。今年、教室(道場)創立25周年記念大会を何とかやりました。
今私は80歳です。教室は相変わらず三つです。会員数は減少して27名になっています。でも他に手稲老人福祉センターの公開講座「詩吟」の講師を20年やっています。参加者も20数名います。また町内会老人クラブにボランティアの詩吟クラブを世話しています。
今一番気がかりなのは、私の後継者が出来ていないということです。師範がいないのです。北詩連の規約では、師範になるためには、お弟子さんを作って、独立し、その上で資格試験を受けなければならないのです。8段になったら副師範の資格試験を受けることは出来ますが、副師範をとったら後は、師範の道しかなく、競吟大会などにも出ることが出来ません。
私の教室の生徒さんちたちは、ほとんどが定年退職した後で余生の趣味で入った方です。今更お弟子さんを集めて師範の資格を取りたいという人はいません。少し若い人だと、先輩の姿を見ていると、師範の資格に挑戦する気持ちになれません。
以前の象堂流では、8段を取ったら自動的に副師範をいただけました。ただ師範になるためには、教本の奥伝まで終了し、その後の活躍を宗家が評価して師範の認定をしてくれるのでした。私は奥伝終了後2年で師範をいただました。
日本詩吟学院では、6段を取ったら副師範の受験資格が与えられます。試験はかなり厳しいものでしたが、副師範をとっても弟子を持つことはほとんど要求されませんし次の資格を受けることも認められていました。もしお弟子さんを作っても、ほとんどの場合先生は依然として自分の指導をしてくれた親先生の元で生徒として指導を受け、自分の作った弟子も親先生の孫弟子として資格試験の前には、親先生の指導も受けさせていました。師範の資格をとっても、独立するまでには会員数10名を持たなければならない決まりだったように思います。私の家内も日本詩吟学院に入り、師範まで取りました。結局お弟子さんを持つことが出来ず体調を悪くして退会してしまったのですが、日本詩吟学院のやり方はとても素晴らしいと思っています。
それでも、北詩連の指導者への規約が、詩吟学院並なら、資格として挑戦する人も出ると思うのですが、お弟子さんを見つけて独立となると、全く無理な話みたいです。昔と違うところ、詩吟を志す人口がものすごく減っているということです。ですからお弟子さんを三人集めることは、普通の方は不可能に近いと思います。それでも中にその壁を破っ行く人もいるのですから、北詩連もこの規約は変えないのでしょうが、私は反対です。今年は、あえて私の主張を言うことにします。古い先生方の批判を浴びるかもしれませんが、黙っていても仕方ない。堂々と論戦を張ってみたい。