手稲は最高!

手稲在住30年、手稲って本当にいいなって常々思っています。時に触れ、折に付け思いついた事を、取り留めなく書いてみます。

遠花火  遠太鼓

2014-08-01 19:13:27 | 随想
 これからの時期、夜二階の部屋で窓を開けて仕事をしていると、花火の音がよく聞こえてくる。近くの家の子供たちの遊ぶ花火の音もあるけれど、打ち上げ花火の音がかなり聞こえてくることもある。つい近くのように思えて音の方向を探ってみてもまず見つかることはない。この時期、連町単位での夏祭りが催され、どこも花火を打ち上げる。また、大学も一つあってその大学祭でも花火を打ち上げる。

 もう少しすると盆踊りの太鼓の音が聞こえるようになる。花火の音はそんなに惹かれるものを感じないのだけれど、盆太鼓の音は郷愁を感じる。

 私の育った田舎では小学校の校庭が盆踊りの会場で、子供から老人までみんな一緒に夜の更けるまで踊ったものでした。エンヤコラヤ ドッコイサノドッコイショといったような掛け声をかけながら浴衣姿で踊ったものでした。私にはたまらなく楽しいものに思えました。

 大学を出て奉職してからも町を挙げての盆踊りの時は、見学に行き時には輪の中に入って踊ったりしたものでした。

 札幌に現在の家を建て、丁度良く札幌に転勤で来て現在に至っているのですが、来た当時は各町内の盆踊りもにぎやかでした。手稲本町では目貫通りを歩行者天国にして、華々しい盆踊りが繰り広げられました。廃止されたのが何時だったか記憶にないのですが、廃止されるまでは毎年見物に出かけていました。たまたま飲み友達でカラオケ友達だった女性の方が、民謡もやってい、この盆踊りでは北海盆歌を櫓の上で歌うのです。それを見るのも楽しみでした。

 本州では「郡上踊り」「風の盆」とか夜明かしで踊る盆踊りが今も続いているようですが、北海道の北海盆踊りは名前だけのものとなり、生活に結びつくものでなくなってしまった。

 子供の情操教育を阻害するといって、子供盆踊りなどを作り、外出時間も8時までとかと制限するようになってから盆踊りが衰退したと思う。

 確かに盆踊り歌などにはとても卑猥なものもあり情操教育という観点からは排斥されるようなものもある。しかし、そんな盆踊りを多感な時代に経験したけれど、それで自分の素行が乱れたとは全く思っていない。

 遠花火はそれほど気持ちが惹かれないけれど、今も盆太鼓が風に乗り闇をついて流れてくると郷愁の念が呼び起こされる。

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コメント
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