手稲は最高!

手稲在住30年、手稲って本当にいいなって常々思っています。時に触れ、折に付け思いついた事を、取り留めなく書いてみます。

「うみ族」か「やま族」か・・・私は「やま族」でした

2015-07-13 19:17:16 | 無題
 こんな話を聞く。山を好む人はまじめだというのだ。

 私が真面目ということは言えないように思うけれど、私は海にはゆきたいと思わなかった。それかといって多くの山を登ったのかといえば、大雪山を数回登ったくらいなのだ。昭和19年に初めて登りそれから5年くらい毎年登った記憶が残っている。

 戦後のなにも無いころ、今のような山登りの装備もないまま、ほとんど普段着にちょっと重ね着を持つくらいで出かけたものだった。ルートは愛山渓から層雲峡に縦断する二泊三日の登山でした。縦断する間ですれ違う人は一組か二組で、この出会いがたまらなくうれしく、どちらからともなくご苦労さんと声をかけあう。それが何とも言えないくらい心地よく感じられたものでした。

 その登山の仲間だった友達はみんな私よりはるかにまじめな方たちでした。

 私はあまり社交性がないので、海などで仲間と群れになってはしゃぐことができず、黙々とひたすら歩く山の方が向いていたのかもしれません。真面目というより、群れることの好きでない、引っ込み思案な性格だっただけかもしれません。

 海に行く機会はいくらもありましたが、海でパーティなんていう考えは全く持ちませんでした。

 家族とも、現役時代、子供が高校生くらいまでは、毎年のようにキャンプに出かけましたが、海水浴には行きませんでした。当時の三角テントがまだ捨てないでありますが、もう時代遅れ、捨てなくちゃなりません。

 すべて今は思い出の彼方です。こんなことを書くことは、老化現象なのでしょう。
コメント
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