手稲は最高!

手稲在住30年、手稲って本当にいいなって常々思っています。時に触れ、折に付け思いついた事を、取り留めなく書いてみます。

「黄河遠く上る白雲の間/一片の孤城万仭の山」 涼州詞 王之渙 

2016-02-04 19:40:05 | 詩吟関係
 昨日はブログを書かなかった。午前中、健幸くらぶの詩吟をやり、午後は家内の買い物のお供、そして整骨院への送り迎えで終わった。夕食は世間並みに恵方巻を、ワインを楽しみながら食べた。夕食後、二階に上がるのが面倒になってブログも書かずに終わったのです。

 昨日の健幸くらぶで、王之渙作涼州詞をやりました。その折、表題の部分どんな情景を思い浮かべるのだろうと思って、質問してみました。「一片の孤城万仭の山」を「山が連なっていて、その山にポツンと城が見ている」という回答となった。

 大体「城」となると日本の「城」を連想する人が多い。結句に「春光渡らず玉門関」とありますから、孤城が玉門関なのです。すると万仭の山は天山山脈となるのです。右側遥かに天山山脈が万年雪をいただいてつながり、見渡す限り果てしない砂漠(タクラマカン砂漠)の中にポツンと玉門関の砦が見えるといった情景なのです。西域といわれる辺塞の姿です。

 黄河は此処に至るまでの行程で黄河沿いに進んできたことを言っていて、黄河は見ることができないのです。

 こんな詩を扱うときはも写真などを用意して見せてあげることができれば実感が出るのだと思います。

 この詩の転句「羌笛何ぞ須いん楊柳を怨むを」は、しっかり理解させたい部分です。また、この詩を扱うときは、続けて王翰作の涼州詞をやった方がいいと思います。

 詩吟の面白さは、単に吟じるとだけではなくて、漢詩の勉強、詩文の背景というか中身というか、それを学ばせ、更に日本語に改められている、その日本語の響き、格調を楽しませたいものです。</font>
コメント
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