高杉晋作と野村望東尼の合作といわれる。
それはそれとして、心の持ち方一つでこの世は面白くも、つまらなくもなるというのでしょうが、人生、面白くないものにしようなんて考えることがありましょうか。
そうはいうものの、面白くというのは難しい。ある目標、それがハードルの高いもので、それをやり遂げた達成感、喜びは、これは面白いという範疇になるのだろうか。
特別何もしないことを、こころにきめて、一日でも何日でもその心のままに過ごせたら、よかったということにはなる。これが面白いことになるだろうか。
理屈を書くつもりは無くて、今年の自分を振り返って、面白い年だったといえるか、と自問しているのです。
何か、心の満たされない思いが、空虚なひろがりがあるのです。
何が不足なのか、今一番大切にしている、詩吟では、特に心を痛めることも無い。むしろよくやっていると人にも評価されるだけのことをしている。
夏のパークゴルフもそこそこ楽しんだ。
ただ、ダンスは、もっと頑張りたくても、肺気腫が災いして、思い切り動けない。これは、その事情で納得しなければならない。
文化協会の活動、ここに何かあるかもしれない。例年、文化協会のことで追われている部分があった。今年は、文化祭が区民センターと共催に成り、初めてのことで、それまではいろいろあったけれど、無事に終わってみると何か達成感の無い終り方になっていた。
ひどく違ってきているのは、飲みに出歩くことが、少なくなっていることだ。
機会が無くても、機会を作り上げる、そんなことまでして飲んで歩いていたのに、そんな気力がなくなった。
ひょっとすると、ここに主因があるかもしれない。これはまさに歳のせいだ。
歳をとった証なのかもしれない。そんなことに付き合ってくれるいい仲間も今はいなくなっている。だから、機会を作ることもしないのだ。
若いときは、面白きことを作り上げていた。今は、作り上げようも無い。
心は、せかれることも無く、極めて安穏なのだが、ここに不安がある。これを
解決するのは、ひょっとすると宗教ということになるのかもしれない。これはまったく考えたことも無い思いだ・・・・。