「建築家 安藤忠雄」は勇気づけられる本だ。
私はこの本を2冊買った。1冊は自分のため、もう1冊は私が心の底から応援しているある人へのプレゼントとして。
タイトルどおり建築家の安藤忠雄による自伝であるが、凡百のビジネス本や自己啓発本より何倍も心に沁みる。
人を育て、組織を動かすとはどういうことか
独りで学ぶとはどういうことか
建築とは何か、アートとは何か
ものを創るとは、挑戦するとはどういうことか
これらについて、この本は読む者を挑発し、鼓舞し、力を与えてくれる。
「彫刻家や画家といったアーティストと、建築家との違いは何か。
その一つは、建築家は活動のための組織を持たなければならないという点だ。
仕事の規模が大きくなり、手がける数も増えてくると、能力的にも社会的にも、ある程度の組織力がないと立ちゆかなくなってしまう。
しかし、組織は肥大化する。建築家個人が組織に飲み込まれるようになっては、その建築家は終わりだ。」
アーティストの中には、劇団や映画のように組織も資金もなければ成り立たない分野で活動する人もある。そうした人にとっては、その表現にとって必要なあるべき組織の規模やマネジメントは重要な要素である。
その組織を力として駆使するか、呑み込まれてしまうのか、最後に残るのは表現者として独り立つという覚悟なのかも知れない。
恐怖感で教育するとも言われる安藤忠雄だが、人を育てることについては独特の優しい視点を持っているようにも思える。
「われわれは、一人の指揮官と、その命に従う兵隊からなる「軍隊」ではない。共通の理想をかかげ、信念と責務を持った個人が、我が身を賭して生きる「ゲリラ」の集まりである。
自分で状況を判断し、道筋を定め、試行錯誤しながら前に進んでいく、一人ひとりが責任を果たす覚悟をもてる、そんな力強い個の集まりでありたい。」
「人の真似をするな! 新しいことをやれ! すべてのものから自由であれ!」
この本の表参道ヒルズのプロジェクトや直島の地中美術館建設の項を読みながら、その仕事に関わった人々が、安藤忠雄を中心として、妥協によって調和するのではなく、挑戦しながら共生する道を模索し続け、さらなる高みへと向かおうとする姿勢に深く感動させられる。
建築は竣工までに何年もの月日を要し、出来上がってからも、そこに住まい、生活し、行き来する人々の記憶や時間を塗りこめながら、ゆっくりと完成に向かう「作品」なのだということを改めて考えさせられる。
かたや「演劇」は「保存」できないと言われ、私もそう言ってきたが、そうではないのだ。
それを観た人や作品づくりに関わった人々の記憶に刻まれることでその作品は生き続け、それぞれの人生に深く根付きながらゆっくりとエンディングに向かう。
一人ひとりの想像力によって、作品は世界中に満ち溢れ、増幅されていくのだ。
そんな作品に出会うことができたら、どんなに幸せだろう。
私はこの本を2冊買った。1冊は自分のため、もう1冊は私が心の底から応援しているある人へのプレゼントとして。
タイトルどおり建築家の安藤忠雄による自伝であるが、凡百のビジネス本や自己啓発本より何倍も心に沁みる。
人を育て、組織を動かすとはどういうことか
独りで学ぶとはどういうことか
建築とは何か、アートとは何か
ものを創るとは、挑戦するとはどういうことか
これらについて、この本は読む者を挑発し、鼓舞し、力を与えてくれる。
「彫刻家や画家といったアーティストと、建築家との違いは何か。
その一つは、建築家は活動のための組織を持たなければならないという点だ。
仕事の規模が大きくなり、手がける数も増えてくると、能力的にも社会的にも、ある程度の組織力がないと立ちゆかなくなってしまう。
しかし、組織は肥大化する。建築家個人が組織に飲み込まれるようになっては、その建築家は終わりだ。」
アーティストの中には、劇団や映画のように組織も資金もなければ成り立たない分野で活動する人もある。そうした人にとっては、その表現にとって必要なあるべき組織の規模やマネジメントは重要な要素である。
その組織を力として駆使するか、呑み込まれてしまうのか、最後に残るのは表現者として独り立つという覚悟なのかも知れない。
恐怖感で教育するとも言われる安藤忠雄だが、人を育てることについては独特の優しい視点を持っているようにも思える。
「われわれは、一人の指揮官と、その命に従う兵隊からなる「軍隊」ではない。共通の理想をかかげ、信念と責務を持った個人が、我が身を賭して生きる「ゲリラ」の集まりである。
自分で状況を判断し、道筋を定め、試行錯誤しながら前に進んでいく、一人ひとりが責任を果たす覚悟をもてる、そんな力強い個の集まりでありたい。」
「人の真似をするな! 新しいことをやれ! すべてのものから自由であれ!」
この本の表参道ヒルズのプロジェクトや直島の地中美術館建設の項を読みながら、その仕事に関わった人々が、安藤忠雄を中心として、妥協によって調和するのではなく、挑戦しながら共生する道を模索し続け、さらなる高みへと向かおうとする姿勢に深く感動させられる。
建築は竣工までに何年もの月日を要し、出来上がってからも、そこに住まい、生活し、行き来する人々の記憶や時間を塗りこめながら、ゆっくりと完成に向かう「作品」なのだということを改めて考えさせられる。
かたや「演劇」は「保存」できないと言われ、私もそう言ってきたが、そうではないのだ。
それを観た人や作品づくりに関わった人々の記憶に刻まれることでその作品は生き続け、それぞれの人生に深く根付きながらゆっくりとエンディングに向かう。
一人ひとりの想像力によって、作品は世界中に満ち溢れ、増幅されていくのだ。
そんな作品に出会うことができたら、どんなに幸せだろう。