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流野精四郎&東澤昭が綴る読書と散歩、演劇、映画、アートに関する日々の雑記帳

ポニョとオフィーリア

2009-01-03 | アート
 海に棲む女性像をイメージするにあたって、宮崎駿はイギリスのテート・ギャラリーでジョン・エヴァレット・ミレイの描いた「オフィーリア」を観ている。
 その同じ絵をロンドン留学中の夏目漱石も観ているというのが、ポニョにかかわる話としてとても面白い。漱石は小説「草枕」のなかで、主人公の画家の言葉をかりてその印象を語っている。
 その「ジョン・エヴァレット・ミレイ展」が昨年Bnkamuraザ・ミュージアムで開催されていた。10月26日までの会期だったから、私が観たのはもう3ヵ月近くも前のことなのかと驚いてしまうけれど。

 この「オフィーリア」の背景を描くため、ミレイは1851年の7月から11月にかけてロンドン南西、サリー州ユーウェルに滞在し、ホッグズミル川沿いで写生に没頭したとある。
 写生期間が数ヶ月にわたったため、画面には異なる季節の花が混在しているらしいのだが、植物の名前にとんと疎い私には分からない。そうした話の一方で、それぞれの植物には意味が込められていて、オフィーリアの人格や運命を象徴しているという話もある。
 パンジーは「物思い、かなわぬ恋」を表し、ノバラは「苦悩」、スミレは「誠実、純潔、若い死」、柳は「見捨てられた愛、愛の悲しみ」というように・・・。興趣は尽きない。

 さて、ミレイは5ヶ月かけて風景を描きこんだ後、ロンドンに戻ってモデルをバスタブに入れてスケッチしたらしい。モデルになったのは、当時、ラファエル前派の画家たちのニューズ的存在だった女性で、のちにダンテ・ゲイブリエル・ロセッティの妻となったエリザベス・シダルである。
 ミレイはこの絵のためにロケ地を選び、衣装を購入し、キャストを考え、彼女の表情を演出したのだ。「現代に生きていたら非常にすぐれた映画監督になっていたでしょうね」という学芸員の話が紹介されていたが、これはアニメーションにも通じる手法ではないかと思うと興味深い。100年の時を隔てて日英のアニメ作家が出会ったのだ。

 この絵の制作にあたってはもう一つ面白い話がある。シダルは真冬にお湯がたっぷり入った浴槽のなかで長時間ポーズをとらされた。制作に夢中になっていたミレイはお湯をあたためるランプが途中で消えていたことに気がつかず、シダルはひどい風邪をひいてしまった。彼女の父が激怒してミレイに治療費を請求したという逸話が残っているそうだ。
 さて、この恍惚の表情を浮かべ水面を漂うオフィーリアは「草枕」の主人公をも魅了したが、そんな逸話を聞いた後でこの絵を見直すと、何だかバスタブに漬かりすぎて湯あたりしたシダルのことを思い浮かべて笑ってしまう。彼女には気の毒だけれど。

 展覧会場では、この「オフィーリア」のまわりに黒山の人だかりができてゆっくり鑑賞することもかなわない。
 私が魅かれたのは晩年の風景画「露にぬれたハリエニシダ」だった。タイトルはビクトリア朝を代表する詩人テニスンの詩「イン・メモリアム」の一節を引用したもの。テニスンはこの詩を書いたとき、無二の親友と死別し、失意の底にあったという。
 この絵に人の姿はなく、ただ、細密に描かれた森の木々の向こうから朝日が射し込んでいる。それは絶望のなかで誰にもさしのべられる大自然=神の光明のように思える。


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