脳辺雑記帖 (Nohhen-zahts)

脳病と心筋梗塞を患っての独り暮し、RondoZ氏 の生活・世相雑記。気まぐれ更新ですが、気長にお付合い下さい。

外道礼讃

2008年04月05日 14時30分29秒 | 音楽
昨夜、後楽園のホールで、キャンディーズ解散30周年の記念フィルム
コンサートがあり、中年世代のファンが集い、紙テープが舞ったという。

あの頃、私は高校生だったが、周囲では、
「君は、キャンディーズ派か、ピンク・レディ派か」なんて言ってた。
長髪のロック少年だった私にとっては、よそ事のお祭り騒ぎだった。

70年代をキャンだのピンクだのって、アイドル路線で回顧し括られる
わけにはいかない。あの時代は、日本のロックが熱くなり始めていたのだ。
クリエイションや四人囃子当たりが筆頭株だろうが、今語りたいのは、
「外道」のことだ。外道はキャロルと並んで暴走族にウケていたが、
マスコミに露出することが少なかった。

ボーカル兼ギターの加納秀人は不世出のキャラであった。
長髪で美形、着物を羽織り、薄っすらと化粧をし、時に囁くように歌う。
妖しくも怪しい、そして煽情的なロッカーだった。

この人程、ギターを立てに持った姿が栄えるギタリストはいなかった。
加納のヒデさんに、男/女、右/左、暴力/平和なんて、関係ない。
そんな世間のヒトビトの騒ぐ対立軸を、軽々と超えたカリスマだった。

外道はギター、ベース、ドラムの三人編成だったが、演奏のまとまりも
レベルも高く、ごっついヘビーな音を出していた。
「ビュンビュン」や、「香り」という曲に独特の歌いっぷり、
ケェーオ、ケェーオ、ケェーオ、ケーオ、オッ、ケッケッケッ、ケェーオ、
という奇妙な節回しに、すぐに魂を揺す振られた。

外道は70年代に、海外のロック・フェスで、ジェフ・ベックと同じ
ステージを踏んでいるらしい。噂では、ベックのリハが長いので、
ヒデさんが切れて、ベックに後ろから蹴りを入れたとか‥。
また、町田警察署前での外道ライヴも、ロックファンには伝説である。

ロックとは、音のエネルギーであり、ロッカーの生き様なのだ。
外道のヒデさんの生き様は、そのまま音楽抜きでも、ロックなのだ。
こんなカッコイイ人(ベックを平気で足蹴に出来る人なんて)、
当時も今も、いないんじゃないの。え、マジかよ?って感じ。


今、外道を聴いてみると、あの頃の時代の血が騒ぐ。
アイドルの歌声や微笑なんて寄せ付けない、反抗の血潮だ。

世界にヒビを入れてやれ。
すべてをぶち壊してやれ。

「猿マネ乞食」な俗物ジジイに、
世間づらした陰口ババアに、
外道のワッペン、貼ってやれ!

サァー、サー、サー、
オッ、ササササァー、
さっぱり、したぜぇ!!
ゲェドォー!!!

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1 コメント

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補足 (ユメノ・ロンド)
2008-04-05 20:53:46
外道のヒデさんがベックを蹴ったという話について、
ちょっと気になったので、加納秀人の公式ホームページを覗いてみた。

1975年8月に、「ワールド・ロック・フェスティバルに出演。ジェフ・ベックと共演。」とあった。

このフェスは、東京・後楽園の野外コンサートのことではなかろうか。であれば、私は観客のひとりであった。このとき、外道も出演予定バンドだったのに、急に出演がキャンセルされた。客席からため息とブーイングがあった。何故だったのか‥。

私は、「ベック足蹴り事件」は海外での話だとばかり思っていたが、このフェスのリハーサル中の出来事のような気がしてきた。
ジェフ・ベックは気難しい人として知られている。彼だけが、球場中央のステージまで高級車で送り迎えされていたのである。当時、誰から聞いたか忘れたが、ベックは体調不良で高熱を発しているから、車が送迎に使用されたという説明を知らされた。

私も確信はないのだが、どうも「事件」は、海外でではなく、75年の後楽園でのことに思えたので、一応、補足を追伸しておきます。
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