爽やかな秋日和である。
今日は祖父母の法要で、
近所のお寺に親族が集った。
古希を迎える住職は、
体調が甚だ悪いそうであるが、
微塵もそれを感じさせぬ程、
肚の底から湧き上がる声を、
太く大きく、力強く、
朗々として堂内に響かせていた。
私は、何か音楽にも似た、
揺れるような心地に浸り、
読経を有難く感じるよりも、
楽しい音響に酔っていた。
母などは、亡くなった祖父母が、
ものすごく喜んでいる気持ちが、
体中に伝わってきたと、嬉しそうだった。
(私は、故人のことは何も感じなかったが。)
寺での法要など、
坊主の金儲けの一つくらいにも、
思っていた私ではあるが、
私の気持ちの中にも満足感があった。
やはり、住職が読経を捧げ、
故人の供養をすることは、
まんざら、無意味ではない気がしてきて、
これが、人心の真実というものか、
単に私が、年を取ったということなのか、
いずれにしても、
故人を偲んで好日を実感した一日であった。
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近所のお寺に親族が集った。
古希を迎える住職は、
体調が甚だ悪いそうであるが、
微塵もそれを感じさせぬ程、
肚の底から湧き上がる声を、
太く大きく、力強く、
朗々として堂内に響かせていた。
私は、何か音楽にも似た、
揺れるような心地に浸り、
読経を有難く感じるよりも、
楽しい音響に酔っていた。
母などは、亡くなった祖父母が、
ものすごく喜んでいる気持ちが、
体中に伝わってきたと、嬉しそうだった。
(私は、故人のことは何も感じなかったが。)
寺での法要など、
坊主の金儲けの一つくらいにも、
思っていた私ではあるが、
私の気持ちの中にも満足感があった。
やはり、住職が読経を捧げ、
故人の供養をすることは、
まんざら、無意味ではない気がしてきて、
これが、人心の真実というものか、
単に私が、年を取ったということなのか、
いずれにしても、
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