今朝の朝日新聞で、秋元波留夫氏の逝去(享年101歳)を知って驚いた。
つい先日、氏の「99歳 精神科医の挑戦」(岩波書店)を読んだばかりだった。
秋元氏は、帝銀事件の再審請求やオウム裁判でも有名であるが、
精神障害者や家族の支援にも尽くされた方であり、謹んでご冥福をお祈りしたい。
また前掲書では、私は初めて知ったことだが、秋元氏は、
「日本の精神医学史から抹殺された男」こと、石田昇氏
の主治医を務めたことが記されてあった。
石田昇とは、呉秀三門下の俊英であり、
弱冠29歳で後世に残る優れた精神医学書を著し、
31歳で精神医学の教授職に就いた人物である。
42歳で文部省の留学生として渡米するが、翌年同僚の米人医師を射殺して、殺人罪で起訴される。後に病状が悪化したために日本に送還され、松沢病院に収容されて、生涯を閉じた人物(昭和15年没・享年65歳)である。
秋元氏は、
「石田昇を正しく評価することが、わたしたち精神医学を学ぶ者の義務だと考えた」(p65)と記されている。
様々な意味で、良心の態度を貫かれた秋元波留夫氏のあり方や意思を、是非とも後続の精神医学関係の方々には継いで頂きたい、と願うものであります。
メンタルヘルスブログ 精神科・心療内科
つい先日、氏の「99歳 精神科医の挑戦」(岩波書店)を読んだばかりだった。
秋元氏は、帝銀事件の再審請求やオウム裁判でも有名であるが、
精神障害者や家族の支援にも尽くされた方であり、謹んでご冥福をお祈りしたい。
また前掲書では、私は初めて知ったことだが、秋元氏は、
「日本の精神医学史から抹殺された男」こと、石田昇氏
の主治医を務めたことが記されてあった。
石田昇とは、呉秀三門下の俊英であり、
弱冠29歳で後世に残る優れた精神医学書を著し、
31歳で精神医学の教授職に就いた人物である。
42歳で文部省の留学生として渡米するが、翌年同僚の米人医師を射殺して、殺人罪で起訴される。後に病状が悪化したために日本に送還され、松沢病院に収容されて、生涯を閉じた人物(昭和15年没・享年65歳)である。
秋元氏は、
「石田昇を正しく評価することが、わたしたち精神医学を学ぶ者の義務だと考えた」(p65)と記されている。
様々な意味で、良心の態度を貫かれた秋元波留夫氏のあり方や意思を、是非とも後続の精神医学関係の方々には継いで頂きたい、と願うものであります。
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