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米原駅前はどんな感じのなのか、見物しました。そこに、写真に撮った船の模型がありました。説明によると、「米原湊は、ここ米原駅付近にありました。慶長8年(1603)、北村源十郎が琵琶湖と入江内湖を結び、堀を開削して湊を開きました。美濃方面の物資や人を大津湊へ運ぶ中継、また京・大阪と北陸を結ぶ湖上交通の中継の湊で、宿場としても栄えました。
天保14年(1843)には丸木船30、押切早船7、艜船(ひらたふね)15と米原湊で開発された車早船(写真の模型)があり、明治始めには蒸気船も運航していましたが、鉄道の開通によりその役目を終えました。」となって いました。
ウィキペディアで調べたら、 艜船は、平田船、平駄船、比良太舟ともかかれ、主に河川で人や荷物を運ぶ船だそうです。また、車早船については、滋賀大学による「米原湊の車早船について」の論文がありました。船の外輪は人力で回す構造だそうです。面白い形の船だと思います。