写真は霞城公園内にある山形市郷土館(入場無料)の中庭からの撮ったものです。解説によると『1878年、県立病院として山形の宮大工たちがたった7ヶ月で完成させ、広い中庭と回廊をもつ、三層四階の塔をもつ高さ24mの建物です。当時の太政大臣三条実美が、この病院を「済生館」と命名しました。
オーストラリア人のアルブレヒト・フォン・ローレンツを医学寮の教頭として招き、この病院と医学校は、東北地方におけるドイツ医学のメッカとなりました。1966年に国指定の重要文化財となり、1969年に現在地に解体復元されました』となっています。
中国の客家の集合住宅の大きな円型の建物を連想させますが、これはその一角に塔を繋いだ王冠のような建物です。客家のものと比べるとかなり小さな建物ですが、日当たり、家具の設置、使い勝手など、円形であることによるメリット、デメリットはどんなものなのだろうか。方形のほうが簡単なのに、どうして円形の建物をつくったのか。宮大工の遊び心でこんな形になったのでしょうかね。中庭で患者たちが待っていたのでしょうかね。昔の人々すがたが偲ばれます。