御岳山の茅葺きの家
滝本の大スギのつづき。御岳山山頂付近は、宿や民家などがたくさん集まっており、土産物屋などもあります。そんな中で、美しいたたずまいの茅葺きの家がありました。屋根には目に鮮やかな緑の草がはびこっているところも面白く、写真を撮りました。入口近くに、この家を解説した掲示板がありました。それには
馬場家御師住宅
馬場家は甲斐武田氏の重臣馬場美濃守の流を汲む家柄と伝えられ、万治2年(1659)1月に死去した左衛門を初代とし、代々武蔵御嶽神社の御師(おし 神職)を世襲してきている。
現存する家屋は、馬場家十代目当主駿河が、幕末の慶応2年(1866)に、その「寵愛」する妻 茂よのため妻の実家である須崎家を模倣して建てたと伝えられている。
建物は桁行7間(約12.7m)・梁間5間(約9m)・入母屋造り、茅葺き、平屋建て(一部2階)、5間取り、千鳥破風玄関付で、工匠は多摩郡沢井村の滝島河内。
建物の内部は御嶽神社に参詣する信者のための宿坊や祭式の設備が整えられ、客室には書院造り風の座敷飾りなどが施され、御師住宅の完備した姿を表している。
建築年代も明らかであり、幕末期の御師住宅を知る上で建築史上貴重な建物である。
と説明されている。
建物の形の美しさ、重量感、いい感じである。現代の四角い味気のない住宅と比較すると、昔の方が美的感覚、建造物に対する意識は優れていたように思える。
滝本の大スギのつづき。御岳山山頂付近は、宿や民家などがたくさん集まっており、土産物屋などもあります。そんな中で、美しいたたずまいの茅葺きの家がありました。屋根には目に鮮やかな緑の草がはびこっているところも面白く、写真を撮りました。入口近くに、この家を解説した掲示板がありました。それには
馬場家御師住宅
馬場家は甲斐武田氏の重臣馬場美濃守の流を汲む家柄と伝えられ、万治2年(1659)1月に死去した左衛門を初代とし、代々武蔵御嶽神社の御師(おし 神職)を世襲してきている。
現存する家屋は、馬場家十代目当主駿河が、幕末の慶応2年(1866)に、その「寵愛」する妻 茂よのため妻の実家である須崎家を模倣して建てたと伝えられている。
建物は桁行7間(約12.7m)・梁間5間(約9m)・入母屋造り、茅葺き、平屋建て(一部2階)、5間取り、千鳥破風玄関付で、工匠は多摩郡沢井村の滝島河内。
建物の内部は御嶽神社に参詣する信者のための宿坊や祭式の設備が整えられ、客室には書院造り風の座敷飾りなどが施され、御師住宅の完備した姿を表している。
建築年代も明らかであり、幕末期の御師住宅を知る上で建築史上貴重な建物である。
と説明されている。
建物の形の美しさ、重量感、いい感じである。現代の四角い味気のない住宅と比較すると、昔の方が美的感覚、建造物に対する意識は優れていたように思える。
昔の家にあって今の家にないものは
多々あろうかと思います。
その中でも、その土地の身近な素材
で作られ、ほぼ再生可能な健在で作
られているてんに感心させられます。
また、日本の伝統の美しさも兼ね備
え、きちんと手入れされている様に
は感心させられます。
記事文末の言葉に共感いたします。