俗物哲学者の独白

学校に一生引きこもることを避けるためにサラリーマンになった自称俗物哲学者の随筆。

定跡

2015-01-29 10:21:20 | Weblog
 将棋には定跡がある。序盤戦では最善手がありそれ以外の手を刺せば不利になるとされている。しかしこれはあくまで序盤戦での話であり変幻自在のゲームである将棋の中盤以降での定跡はあり得ない。だから五目並べとは違って将棋には必勝法が無い。
 マニュアルも初心者のためのものだ。最低限守るべきことが定められているだけであり、熟練すればマニュアル以上のことをせねばならない。
 教育も当り障りの無いことだけを教える。間違ってはいないが必ずしも正確ではない。ニュートン力学やユークリッド幾何学でさえ通常の条件では正しいが特殊な条件下では成立しない。
 戦闘にも定跡がある。しかし定跡は序盤戦でしか通用せず、地の利や天の時を利用した作戦が必要だ。但しその作戦が成功してもそれが新しい定跡になる訳ではない。前例主義はたまたま成功した事例を新しい定跡と勘違いしていることが多い。
 第二次世界大戦の陸戦で一部の日本軍は馬鹿の1つ覚えと思えるようなワンパターン攻撃を繰り返したそうだ。彼らは必ず別動隊を使って背後から攻めた。初戦では敵を混乱させて勝ってもそれを繰り返せば誰でも背後を警戒するから奇襲が通用しなくなる。奇襲が有効なのは奇手だからであってそれは定跡にはなり得ない。その点、西洋人は論理的であり「戦争において予測できることはただ1つしか無い。それは、予想しなかったことが起こる、ということだ」とクラウゼヴィッツは語る。
 相手がある戦闘でお互いが最善手を使えば膠着状態に陥る。打開するためには相手の意表を突く1手が必要だ。それは地形や天候などに対応した臨機応変の戦法であり、これが定跡に組み込まれることはあり得ない。前例主義は特殊な条件での成功を定跡と思いこんでいる。実戦において最も有効な当意即妙の策は特殊な条件を最大限に活用するのだから定跡にはなり得ない。

仁術

2015-01-29 09:44:43 | Weblog
 Lサイズ婦人服の専門店は固定客を対象にしてそれなりに収益を上げられる事業だ。この店が売上を飛躍的に拡大しようとすれば店舗を拡張して普通サイズも扱うことを選ぶだろう。しかしもっと良い手がある。太った女性が増えれば対象顧客が増えるから現状の店のままでも売上が増える。店舗ではなく市場が拡大するからだ。
 医療の対象は病人だ。病人だけが相手では市場は限られる。市場を拡大するためには対象者を増やす必要がある。それに利用されたのが「未病」という概念だ。病識が無い人でも近い将来重い病気になると脅されれば「健康な病人」が続々通院することになる。血圧や血糖値の基準値は見直す度に引き下げられ、今では中年以上の日本人の殆んどが生活習慣病患者に仕立て上げられた。
 風邪の患者もドル箱だ。現代の医療では風邪を治療することはできない。だから解熱剤や鎮痛剤などの対症療法薬が処方される。これらの薬は不快な症状を緩和するだけであり風邪を却って長引かせるだけではなく危険な副作用まである。私は風邪をひいても放っておく。薬によって自然治癒力が妨害されなければ2・3日で自然に全快する。風邪について様々な民間療法があるのは、どんな民間療法を使っても薬よりも有効だからだろう。ゼロはマイナスよりもマシだということだ。
 精神科の市場も限られていた。従来のビジネスモデルは重症患者を一生隔離すること、つまり少数の重症患者に頼り切っていた。これでは市場が小さい。まず狙われたのが鬱病だ。欝は心の風邪と訴えて気軽に立ち寄れるようにした。この戦略によって鬱病患者が激増した。しかしこれも頭打ちになった。次に狙われたのは認知症だ。認知症には早期発見・早期治療が有効と訴えて大勢の認知症候補者を集客した。しかし本当に薬で認知症を治せるのだろうか?認知症は薬の投与ではなくむしろ断薬こそ有効だろう。例えば降圧剤によって無理やり血圧を下げれば充分な血液が脳に届かなくなって知的障害が起こり得る。これは断薬によって簡単に治療できる。しかしこれは元々認知症ではなかったから治るに過ぎない。医原病(薬原病)なのだから原因を断ち切れば治る。本当の認知症であれば現時点では治療不可能だろう。
 これではまるでマッチポンプだ。本当の認知症は治せずに医原病の認知症紛いを治しているだけだ。火付けの犯人が火事の恐怖を騒いでいるようなものだ。認知症の啓発活動よりも医原病の除去こそ優先課題だろう。
 成人から老人までの市場を拡大した医療は更に子供に狙いを定めつつあるようだ。注意欠陥・多動性障害(ADHD)治療薬などの子供に対する投与が激増しているそうだ。子供の主観的時間は早く進むからじっとしていられないのは当然のことだろう。こんなことまで精神病扱いをして投薬するとは、最早医療は仁術ではなく魔術的な話術と詐術を駆使した錬金術へと変質したと言わざるを得ない。