2024/03/27 Wed.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この子を初めて見たのは会社の近く、運送会社の植え込みの中だった。兄弟(姉妹)が3匹、全員白黒の模様で一番やんちゃなのがハチワレで鼻が黒いこの子。
母親が虐待されて殺されてしまい、餌をあげていたお姉さんが「子猫を保護してくれる病院に連れて行く」というので、一匹だけならわしが飼います、とそのまま連れて帰ってしまった。名前は「アトム」とつけた。
それから色々大変だった。家には先住猫が4匹いたんだけど、拒絶反応をしめした2匹が隣の家に移住してしまって(飼ってもらえることになった💧)、妹や父親との家庭内の雰囲気も微妙に険悪となってしまったし…。
里親探しも大変だけど、里子を引き取るのも難儀なことだなぁと思い知った次第です。
それでも最初の頃は楽しかったな。わしはアトムに夢中だった。このブログ「アトム」のカテゴリがあるけど、2006年の9月頃の記事を見るとホントに一緒にいるのが幸せでたまらなかった。そして「アトムがいなくなったらどうしよう」という言いようのない不安を感じるようなった。
その頃からか、アトムの態度がよそよそしく?なった。まるで「あんまりベタベタするな。そんなんじゃ俺がいなくなったら困るだろ」とでも言いたげに。
まあもとノラだからというのもあるけれど、どこか冷めている子だったんですよ。まるで9歳で死ぬのがわかっているようで…。
2015年4月18日土曜日、だるそうにしていて元気がないので、いつも行きつけの病院(家から徒歩1分)に連れて行った。
そうして病院へ行って24時間たたないうちに逝ってしまった。「いい子にしてるんだよ」があの子に言った最後の言葉。まさかあれが今生の別れになるとはー。
死因は「脳炎」。先生も初めて見る症状で、手のほどこしようがなかったそうです。坂上忍のテレビ番組で子猫が同じような病気で亡くなったと思うけど、普段はなんでもないウィルスが体の臓器を攻撃して使えなくしてしまうという恐ろしい病気だった。その猫は消化器だったけど、アトムは脳炎・・・あっという間だったんだろう。
先生は病院の営業時間以外でもアトムを看てくれてて、19日に電話をくれた時も朝一番だったから、ホントに出来る限りのことをしてくれたと思う。引き取りに行った時、まだ体が温かかった。
病院に連れて行かずに抱っこしたまま見送った方が良かったのか、いやでもそうなったらそうなったで、あの時病院に連れて行けば!となるだろうし。
アトムはどっちが良かったんだろう。
わしが死んだら棺に入れてもらうわ。
今も遺骨を側において、毎日話しかけています。