なーんちゃってゲルソン食日誌:08年7月炎症性乳がんと告知され崖っぷち体験をしましたが転移もなく15年半生きています

告知の日からジュースをたくさん、肉抜き塩抜きあぶら乳製品抜き、玄米菜食の食事療法を続けています。がんの食事療法あり。

乳がん治療:全摘、同時再建手術

2014-10-30 23:53:33 | 健康・病気

乳がん治療:全摘・同時再建手術
今まで、乳がんの治療についてはあまり詳しく触れてないので、書いていきます。治療を開始したのが6年あまり前のことですが、今治療中の方にも何か参考になることがあるかもしれません。

1.乳がんがわかるまで
(1) 08年春先、右胸の、時計でいうと3時ぐらいのところにピンク色のあずき大のしこりを見つけましたが、皮膚のトラブルかと思いそのまま様子を見る。5月の中ごろ、そのしこりが7,8個に増えているのに気がつき、おかしいと思うが、忙しかったので、乳腺症の予約をしていた6月下旬に大船中央病院の乳腺外科を受診しました。
以前、健康診断の乳腺症で引っかかったとき、伯母が乳がんになっていることもあり、もし乳がんになったらここで治療を受けようと決めていたので、病院の選択には迷いませんでした。新聞の温存療法の特集記事で見つけた先生がいらしたので。もし全摘になってもこの先生の判断なら納得がいくと考えたのです。
(2) 検査は、血液、超音波、マンモグラフィ、MRI(造影剤なし)、細胞診を受けましたが、何も見つからず、皮膚生検を受け、ようやく硬がんとわかりました。炎症性乳がん、ステージはⅢBで、がんの顔つきが悪い。ただし、ホルモン剤の効くタイプのがんとの診断でした。それからCT、肝臓の超音波も受けるが遠隔転移は見つかりませんでした。やれやれです。ホルモン剤治療を受けられると聞いただけで、ちょっと光が射した感じでした。まさか1%とは知らずに…。このことは12年8月に書いています。

2.ホルモン剤治療
 すぐに、ホルモン剤治療が始まり、アリミデックス1mgを夜服用することになりました。
08年7月から12月末まで続きます。最初は胸がジリジリ焼けるような感じが続きましたが、ひと月ぐらいで治まりました。右乳房の12時から7時ぐらいがペタッとしてなくなりました。
12月の術前CTでも右乳房が小さくなっていました。
この後、手術と抗がん剤治療をはさみ、09年3月からホルモン剤治療を再開、アロマシン1錠を毎日服用。14年10月現在も続いています。

3.手術:右乳房全摘出、同時再建手術
(1) 08年12月12日に手術を受ける。内容は、乳房切除術、再建術、センチネル生検、腋窩リンパ節切除、病理組織検査、全身麻酔。
(2) 前日に入院し、薬剤師さんからは薬の説明、理学療法士さんは、手首や腕回りの計測、腕の上げ下ろし、関節の硬さなど調べる。麻酔の先生とも面談。看護師さんから、病院の約束事を聞き、ハルシオン、プロテカジン各1錠を服用してやすむ。入院も手術も初めてなので緊張するかと思ったが、いつのまにか眠ってしまいました。
翌朝6時前に起き、シャワー。イソジンを付けて上半身を洗い、毛穴の中を消毒する。
6:30 プロテカジン1錠服用。
8:00 先生の回診、その日手術するところに印をつける。間違えたら大変ですものね。
9:30 点滴開始、水分→抗生剤。緊張しているのかお腹がすかない。
11:20 手術着に着替え、筋肉注射。
11:25 ストレッチャーで手術室へ。麻酔の先生に、「○○先生、よろしくお願いします」  と声をかけたら先生がびっくりされて、「背中に麻酔しますよ」と声が聞こえた次の瞬間に記憶がなくなりました。硬膜外麻酔(0.2%アナペイン3ml/h)→全身麻酔という流れだったのでしょう。
次に目が覚めたのは、病院の渡り廊下をゴトゴト動く音がうるさいなと思ったそのときでした。
18:45 病室に戻る。7時間20分の手術でした。
(3) 手術の内容は、最初に乳腺外科の先生が右乳房を全部摘出し(約2時間)、その後、形成外科の先生にバトンタッチして再建手術(約5時間)。右乳房の表面までがんが出ているので皮膚ごと摘出したための皮膚移植を受けたのです。お腹の皮膚を、紡錘形に切り、右の腹直筋を付けたまま胸に移動し、胸の下のところで腹直筋をたたんでしまう。そして胸の形を作って出来上がり。お腹に横35cm、胸に大きなマル印の傷ができました。
単に皮膚だけを移植すると、冷たい皮膚になるが、腹直筋を一緒に移すことで血管が残りあたたかい皮膚になるのだそうです。右の腹筋を犠牲にするのでマラソンやテニスはできないそうです。
後日、手術室の担当だった看護師さんと話す機会があり、脂肪が少なくて胸の形を作るのに、形成の先生がご苦労されたと伺いました。がんとわかってからすぐに食事を変え、ウォーキングとで5キロ減量していたのです。閉経後の肥満は乳がんを作る方に働くと読んだので。
(4) この点、再建手術については、人工物での再建、自分の皮膚や血管を使う穿通枝皮弁法がありますが、私の場合、自前の乳房の皮膚が使えないことから人工物は問題外、穿通枝皮弁法は方法が良いとしても、乳腺外科の先生が優先されるので、腹直筋皮弁法になりました。形成の先生は、200例以上の再建をされているとのお話しでしたし、20年以上前からされている方法ということで安心して手術を受けることができました。
再建した胸は、まあるくて、萩の月かアンマンかはたまた鎌倉カスターかという状態で、乳輪乳頭は作っていません。人口の乳輪乳頭があるそうなので気になったらそれで良いと思っています。縫い目はとてもきれいです。このままの状態で、温泉デビューもしてしまいました。私はなんとも思わないけれど、周りの人の反応が面白かったです。みて見ぬ振りしたり、凍りついたり…総じて受け入れてくれている感じがしました。明日は我が身ですものね。
6年近く経ってみると、再建した胸は、自前のものと同じように経年劣化というか年相応にバランスよく垂れているので、自然で良いと思っています。

4.入院生活
(1) 手術後1週間ぐらいは、大量の痰がでて、麻酔薬を身体から出そうとしているのがわかります。麻酔から覚めたとき、気持ちが悪くて吐き気が続きました。吐き気止めの注射を受けてからは治まり、徐々に食事もとれるようになってきました。友人のはるみさんが、全身麻酔から覚めたときとても気持ち良かったと話していたのですが、私はそれどころではありませんでした。
手術翌日の午後、「さあ起きてください」と声をかけられ、看護師さんと一緒にナースステイションの周りを一周。尿のカテーテルも入れたままで。
その次の日には尿のカテーテルもとれ、自由にトイレに行けるのが快適で、1日中起きていました。
(2) 術後お腹の両脇2か所と右胸の脇2か所にドレーンの管がつながり、それを首から下げたポシェットに2つに分けてしまう。さらに術前に背中に入れた麻酔のパックもポシェットに入れ、全部で3つのポシェットを下げていました。これらのポシェットは看護学校の学生や洋裁好きの看護師さんが作ってくれたそうです。普通はパジャマの下に隠すらしいのですが、私はロングシャツのアクセントにして表に出して使いました。学生たちの思いがこもっているかわいいポシェットでした。
入院中のパジャマは、持ち込み自由だったので、入院が決まってから作りました。ネルの襟付きロングシャツを、グレー、ベージュのチェックや星の模様のプリント、青と黒の縞などで作りました。キルティングのガウンも3枚縫いました。よく考えるとそんなに必要はなかったのですが、病気のことを考えないでいられるので楽しかったのかもしれません。
入院前に、手術着からの着換え用に浴衣を用意するようにいわれていました。でも、薄い浴衣は寒いし、寝返りを打つとグダグダになるし、自宅を離れ、知り合いもいないところで平日ひとりきりで過ごすのにわびしいなあと思い、自分を元気にする服を作ろうと思い立ったのです。
このロングシャツは、脇にドレーンの管やパックを通せるように10cmぐらい開け、マジックテープを付けました。ボタンを付けるのが面倒なので前はオープンファスナーを付けました。洋裁好きの看護師さんや入院患者さんに好評でした。病室の外に胸部外科とあり、またポシェットを外に出していたこともあり、乳がん患者さんからも声をかけられ、がん友ができました。何十年ぶりに家事から解放され、痛いけれど楽しい入院生活でした。

5.リハビリ
手術の翌日からリハビリが始まりました。リハビリ室まで行き、
・手を90度までゆっくりあげ、下ろす。
・ゆっくりグー、パー、手、肘,肩の順に高くしながら行う。
・脇の皮膚を服の上から優しくなでる。こんなことからスタートしました。掌で握るバネみたいなもの(名前がわからない)、滑車を引っ張るなどしてからマッサージを受けるのが、毎日でした。
それから、お腹と胸と両方に生傷があり(人工的な大けが?)起きあがるときとんでもなく痛いので、理学療法士さんにベッドからの起き上がり方を考えていただき、とてもありがたかったです。横向きに寝て、足を先にベッドから下ろし、腕を使って身体を起こすというやりかたです。
術後10日過ぎたころから、ベッドの上で、真向法やヨガの簡易体操を様子を見ながらやってみました。正座して後ろに倒れるなどは痛くて無理ですが、それ以外の動きは大丈夫。
こんな風にできる範囲で動かしていたら、術後90度ぐらいしか上がらなかった腕が、退院するころには80%元に戻っていました。そして1月にはほぼ元通りになりました。再建の人は時間がかかると聞いていたので自分でもびっくりでした。20年以上続けていたゆるい体操がこんなところで役に立つとは思いませんでした。

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gooブログのみなさん、はじめまして

2014-10-24 20:45:26 | 健康・病気

gooブログのみなさん、初めまして、なかはらです。ブログ人からブログのお引越しをしました。どうぞよろしくお願いします。

まず、「なーんちゃってゲルソン食日誌」の紹介をしましょう。2012年7月に、糖尿病や高血圧と同じように、がんにも食事療法があることを知らせたいと思いブログを始めました。がんになり、人生の終わりだ、もう死ぬのだと思って悩んでも、がん細胞はなくなりません。食事を変えがん細胞の嫌いな身体に改造することで、がん細胞に出て行ってもらうのです。
具体的には、食前にしぼりたてジュースをたくさん飲み、肉抜き、塩抜き、あぶら抜き、玄米菜食を基本とする食事を摂ります。普通の食事とは違います。おいしいだけのグルメの世界とは180度の転換です。覚悟もいります。でも、続けていくうちに、食べ物の素材の味がわかってくるようになります。献立にも悩みます。そこで、私の普段食べているものを書いていこうと思い立ったのです。

参考にした本: 済陽高穂      「今あるガンが消えていく食事」マキノ出版
                  「私の晩期がんを治した毎日の献立」講談社
                  「済陽式食事」ノート」長岡書店
        星野仁彦      「ガンと闘う医師のゲルソン療法」マキノ出版
        マックス・ゲルソン 「ガン食事療法全書」徳間書店
        ジェイン・プラント  「乳がんと牛乳」径(こみち)書房
        境野米子      「病と闘う食事」創森社
 

          
           

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