雲南省を旅して回っていた頃、辺鄙な田舎町の市場へよく出かけた。
毎週何曜日開催と決めて、週一回開く少数民族マーケットだ。近隣の農村から大勢の人が市場へ集まる。雲南省には二十六の民族が住んでいるので、マーケットへ行けばいろんな民族衣装を見ることができた。
服や日用雑貨や漢方薬の露店が多いのだけど、そのなかには必ずといっていいほど、入れ歯専門の屋台があった。
板のうえに、大小の入れ歯が並べてある。奥歯もあれば前歯もある。一本だけのもあれば、二三本繋がっているものある。総入れ歯もたまに見かけた。
入れ歯を露店で売るだなんて考えたこともなかったので、はじめて見た時はびっくりしてしまった。
こんなところで誰が買うのだろうと思ったのだけど、露店があるからには、買う人がいるのだろう。
ある時、皺だらけのおじいさんがその出店の前に立っているのを見かけたので、好奇心に駆られた僕は彼の様子をじっと見守った。
老人は、あれこれと入れ歯を物色する。素手で手にとって眺め、手頃な入れ歯を探す。
やおら、老人は自分の口へぱくりとはめた。
口をくちゃくちゃさせ、入れ歯の具合を確かめる。
屋台のおばちゃんは方言で老人へ話しかけ、接着剤のようなものを勧めた。これをつけるとしっかり固定できるよとでも言っているようだ。
耳が遠いのか、老人は「だめだなあ」というふうに首を振って口から入れ歯を出し、板の上に置く。女主人がほかの入れ歯を勧めたけど、老人はそのまま立ち去ってしまった。
なんだか不思議な露店だった。
この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第33話として投稿しました。『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
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