銀ステ根なし草

銀のステッキ旅行・スタッフの雑記帳

さようなら、山の上ホテル

2024年02月12日 | 見かけだおしNのつぶやき

昨年、秋が少しずつ深まる頃でした。

厚紙が入った白封筒が届いたのは。

えーーっ。

『山の上ホテル』休業のお知らせでした。

休業だったか、閉館だったか、記憶は定かではないのですが、

ともかく、先のことは不明というお知らせだったはず。

慌てて電話するも、全く繋がらず、、、不通続き。

全国のファンが殺到したことが容易に想像できました。

後日談、ひと月は電話が鳴りっぱなしだったようです。

私がこのホテルを好きな理由。

添乗員としては、室内のシンプルな動線が、銀ステ世代向きで、

押しボタンひとつで全て解決する稀有な存在が嬉しい。

今時ホテルは、高齢者には動線が複雑すぎます!

完全に昭和レトロ擁護です。

と、これはあくまでも添乗員目線。

個人的には、、、

もちろんモダン建築が好き、ということに尽きるのですが、

モダン建築の誕生秘話に必ずつきものの時代の寵児の気概に

ずしんと惹かれます。

「人富みて死す、その死や恥辱」

この言葉を信条にしていた

“石炭の神さま”こと実業家・佐藤慶太郎氏が私財を投じて建てた、

生活向上を目的とした実験的施設が前身と聞きます。

ちなみに東京都美術館も彼の寄付にて。

お金持って死んだってアカンよ(多分)、なのですが、

なかなかできることではありません。

それがずいぶんたった事後にわかることであっても、

“世のため人のため”は、結局人がすること。

きっかけがなんだっていい。

ええ格好でも、格好いい。

昭和12年、世のため人のために建てられた山の上ホテル。

長い歴史を纏い、明日終焉の時を迎えます。

それぞれの人々が記憶に残す、さまざまな場面の脇役であったホテル。

宿泊客の数だけ、その記憶の場面があります。

私にとっては、あの日。

令和6年元旦、ホテルの小さなBARで能登地震の一報を知った場所として

ずっと記憶に残って行くことになります。

終わりは始まり。

きっと、繋がっていくはず。

分相応のええカッコは続けていきたいなぁ。

 

ありがとうございました。

山の上ホテル、再会のその日までしばしのお別れです。

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