ATSUー歴女(おばさん?)のひとりごとー

見たこと・聞いたこと・ちょっと調べたこと,気ままに「My 日記」として書いています。

宮島へ その1;江戸時代以降

2024-12-05 16:59:59 | 日記
12月4日,憧れの宮島へ 
宮島桟橋から表参道商店街を歩き,厳島神社へ向かったのですが,厳島神社についてはまた後日。
今日は,江戸時代以降の宮島について・・・
「世界遺産 日本三景 宮島」というパンフレットによると,
「昔から「神の島」と崇められてきた宮島は,美しい瀬戸内海に浮かぶ歴史と浪漫の島」とあります。
まさに,そうなのですが,宮島歴史民俗資料館の展示を見ると,
江戸時代,歌舞伎に富くじに遊郭!伊勢やこんぴらさんといっしょですね。


桟橋までの帰り道,今度は表参道商店街を通らずに,町家通りを通りました。
そこにあった看板「名所 金鳥居の辻」(写真左下)には,「往昔辻君の住み居たる處」と書いています。

今日,田中優子『遊郭と日本人』を借りてきました。

PS.本当は,いっぱい書いていたのですが,まちがえて消してしまいました。
というわけで,今回は短め。ショック (´;ω;`)ウゥゥ
PS.今日,図書館で小松茂美『図説 平家納経』を予約しました。
厳島神社宝物館で平家納経のことを質問していたら,この本を紹介してくれました。

(12月7日の追記)
「江戸時代以降」といいながら,「以降」がない・・・
ということで,追記
上に書いた宮島歴史民俗資料館の展示には,宮島のしゃもじについても書かれているものがありました。
宮島しゃもじのおこりは,他にもいろいろ書かれているので,パスします。
なぜ広まったのかというと,日清戦争の時,大本営が広島にうつされ,宇品(うじな)は,戦場に兵士や物資を送り出す拠点でした。
「全国から召集された兵士が広島の宇品港から出征する際、厳島神社に無事な帰還を祈願し、「敵をめしとる」という言葉に掛けて杓子を奉納し、故郷への土産物として持ち帰ったことから、全国的に知られるようになった」と,「広島文化大百科」にも書かれています。
・・・・しゃもじをお土産に買う気がうせました。

(12月7日 もう一つ追記)
田中優子『遊郭と日本人』今読んでいますが,16ページには,こんなことが書かれていました。
幕府公認遊郭(1678年)
江戸吉原のほかにも,大坂の新町,京都の島原,(中略)播磨の室津(室津の遊郭についてはだいたいの場所も知ってはいましたが, Σ( ̄□ ̄|||) ),備後の鞆,安芸の宮島,(後略)

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