昨日は久々にホイアン泊まりでした。
Agodaで調べた「プール付きの一番安いホテル」これが大失敗。
古くてプールは水が汚くて唯一喫煙可というところだけが助かりました。
もうひとつの候補のホテルの方が良かった。。。
次回は、ホイアンのホテルは自分の目で探すことにします。
さて、べトナムに住んで15年、ホイアンに通って15年。
実は、一度も入った事の無い廟があったんです。
#もしかしたら忘れているだけかもしれないのですが。。。
それがこちら
ホイアンの孔子廟です。
昔の中華街は、孔子廟から関帝廟までと言ってここから
ホイアン市場前の関帝廟までが初期開発エリアだったそうです。
関帝廟は何度も行っていますが、孔子廟はなぜか素通りしていました。
なかに入ると立派な建物が
もちろん修復だと思うのですが詳細が分かりません。
ホイアンが本格的に開発されたのが15世紀と言いますからオリジナルはその頃のはず。
ところが中へ入ると本殿は集会場になっていました。
本殿の裏に回ってみると大成宮と言う建物が。。。。
おっと!中に居ました孔子様です
明らかに最近の物でしたが結構立派なものでした。
本殿に書かれている文章が「勉強しないと生きていけないよ」とか
「お母さんを大切に」とか「先人の教えを知る」とか正に孔子!的だったのが印象的でした。
孔子廟の辺りは、昔、日本人街があったと言われる地区と重なってますよね。
中華街はやはり、日本人街が滅んだ後に出来たのでしょうか?
が、一説には「全体が日本人街で、その一部を他国に使わせていた」なんて説もあります。
また、孔子廟から関帝廟まで通常は川沿いの1本道に作るようなので、そもそも当時は地形が違っていたのでしょうね。
日本の鎖国が1633年、谷弥次郎兵衛さんが亡くなったのが1647年。
関帝廟が1653年建設となっているので日本人が居なくなってからかもしれませんね。
孔子廟も同じ頃につくられたのでしょう。
慧眼ですね!