このところ量子コンピュータのニュースがないので、どうなったか調べた。着実に進化しているようだ! 先陣を切ったIBMの状況を見ても現実につかづきつつある。
米IBMが2016年に公開した「量子ゲート方式」の試作機。特定の問題に限らず、計算能力を飛躍的に高められる
「これから先は人間の想像を超えた世界だ。ITの常識が一変する」。量子コンピューターに詳しい東北大学の大関真之准教授は、興奮を隠さない。米IBMが11月、世界で初めて「50量子ビット」を搭載した量子コンピューターの試作機を発表したからだ。
IBMが開発したのは、1983年から提唱されていた「量子ゲート方式」の量子コンピューターだ。大規模計算が可能になるため“本命”視されていたが、装置開発が難しく、2010年ごろまでは机上の空論と考える専門家がほとんどだった。ところがIBMの発表により、空論が現実に変わったのだ。
カギは「50」という数字にある。
1125兆通りを“一瞬”で計算
量子コンピューターとは、ミクロの世界の物理法則である「量子力学」を使って計算する機械のこと。「0」と「1」の両方が同時に存在する「量子ビット」を活用し、50量子ビットなら約1125兆(2の50乗)通りの計算が一瞬で完了する。量子ビットを増やすことで、計算能力は指数関数的に増強できる。
量子の超越性が社会を一変させる
●量子コンピューターで実現の可能性があること
従来のコンピューターはデータを「0」と「1」に置き換えて、1通りずつ処理する。そのため速度を高めるには限界がある。専門家の間では諸説あるが、従来方式のスーパーコンピューターがどれだけ進化しても、約50量子ビットに相当する速度が限界だとされてきた。IBMの試作機は、スパコンの理論上の限界を上回った可能性がある。
量子コンピューターがスパコンでは実現できない計算性能を持つことを「量子の超越性」と呼び、当初は50年代まで実現しないとみられていた。そのスケジュールが、一気に30年以上も前倒しされた格好だ。
カナダのDウエーブ・システムズが開発した、量子アニーリング方式のコンピューター
量子コンピューターに注目が集まったきっかけは11年、カナダのベンチャー企業Dウエーブ・システムズが商用化したことだ。東京工業大学の西森秀稔教授らが提唱した「量子アニーリング方式」を用い、1台10億円程度で装置を販売。米航空宇宙局(NASA)やデンソーなどが相次いで導入した。
独フォルクスワーゲンは北京のタクシーの巡回ルートを最適化し、交通渋滞を緩和する取り組みにDウエーブの量子コンピューターを活用している。巡回先が1カ所増えるごとにルートの組み合わせは指数関数的に増え、17カ所を訪問して元に戻る場合の候補は10兆を超える。米グーグルは、こうした「組み合わせ最適化」問題については従来型のコンピューターの1億倍高速に計算できると発表している。
ところがDウエーブの量子アニーリング方式には限界がある。高速に解けるのは組み合わせ最適化問題に限られ、計算能力を高めると間違った答えを出しやすくなる。「特化型」量子コンピューターと呼ばれるのはそのためだ。NTTなどが11月20日に発表した「レーザーネットワーク方式」も、同様の特徴を持つ特化型だ。
特化型に対してIBMが開発する量子ゲート方式は「汎用型」と呼ばれている。対応するプログラムさえ開発できれば、どんな問題も瞬時に解く潜在力を持っているからだ。
汎用型はこれまで、搭載する量子ビットを増やすのに難航し、特化型の先行を許した。1999年に世界で初めて量子ビットを作った東京大学の中村泰信教授は、50の壁をクリアできれば「理論上はどこまでも量子ビットを増やせるようになる」と説明する。汎用型の能力は近い将来、確実に特化型を追い抜く。IBMが取り組む量子ゲート方式が本命視されている理由はここにある