2人のサムスン関係者の話では、同社は優秀な管理職や一般社員を携帯電話部門からネットワーク機器部門に異動させている。
通信業界でも、サムスンが5Gの最有力サプライヤーの地位を目指し、現在首位のファーウェイや大手エリクソン、ノキアとの差を埋めようと取り組んでいることは認識されている。
仏携帯電話会社オレンジの最高技術責任者(CTO)は昨年日本を訪れた際、5G構築でサムスンなど新たなネットワーク機器を利用する態勢が急速に進んでいることが印象に残ったと、同社の代表者はロイターに語った。
オレンジも現在はファーウェイが最大のサプライヤーだが、年内にサムスンと組んでフランス発の5Gネットワークをテストする。
「サムスンは欧州で大々的な売り込みを行っている」と、ある業界関係者は話す。
ネットワーク機器事業の重要性の高まりを物語るように、1月には韓国のイ・ナギョン(李洛淵)首相がサムスンのネットワーク機器部門を訪問し、事実上のトップであるイ・ジェヨン(李在鎔)副会長と非公開で会談。イ・ジェヨン氏は有能なエンジニアの採用に関して政府の支援を要請した。
ファーウェイの苦境により、サムスンには異例のチャンスが訪れている。通信会社は通常、コストを最小限に抑えようとして5Gへのアップブレードには4Gのサプライヤーをそのまま使用するものだが、現在は多くの通信会社が他社に切り替えるよう政治的圧力を受けている可能性がある。
「ファーウェイが安全保障上の懸念とされている今、われわれは市場機会を逃さないために自社ネットワーク事業を強化している」と、サムスン関係者の1人は言う。
とりわけ主力の半導体とスマートフォンの売り上げが陰りを見せ始める中、新たな成長事業を求めるサムスンは、今後3年間で5G分野などに220億ドル(約2.4兆円)を投資する計画だ。
「他社の動向にかかわらず、サムスンはパートナーと信頼関係を構築し、世界の5G市場をリードすることに注力している」と、サムスンはメールでロイターに語った。
サムスンが通信ネットワーク機器事業を強力に推進していることについて、ファーウェイは声明で、同市場での競争を歓迎するとしている。
<インド>
サムスンはインドで、大手財閥傘下の新興会社リライアンス・ジオ・インフォコムと5Gへのアップグレードを巡り協議している。うまくいけば、ジオの主要サプライヤーとなり、サムスンの通信ネットワーク機器事業において最大の成功を手にすることになる。
「インドにおいて5G事業が遠いとは考えていない」と、事情に詳しいサムスン関係者はロイターに語った。
サムスンの顧客には、米通信大手AT&T(T.N)やベライゾン・コミュニケーションズ(VZ.N)、スプリント(S.N)などが含まれており、契約範囲は不明だが、この3社と5Gネットワークの契約を結んでいる。韓国の携帯電話会社にも販売しているほか、日本の携帯電話会社と提携して5G機器の試験も行っている。
調査会社デロールグループによると、世界の通信インフラ市場におけるサムスンのシェアは今のところわずか3%で、ファーウェイが28%を握っている。
ユージーン・インベストメント・アンド・セキュリティーズの調べでは、サムスンのネットワーク機器部門の昨年の営業利益は8700億ウォン(約850億円)。一方、届出書類に基づくノキアの同部門は、約12億ユーロ(約1500億円)の利益を得た。エリクソンは194億クローナ(約2310億円)だった。ファーウェイのデータは不明だ。
<人材探し>
2月15日、韓国サムスン電子が、通信会社向けネットワーク機器事業に注力しつつある。次世代通信規格「5G」構築から中国の華為技術(ファーウェイ)を排除する米国などの動きに乗じようという狙いだ。写真はサムスンのロゴ。ソウルで1月撮影(2019年 ロイター/Kim Hong-Ji)
サムスンにとって大きなハードルは、ソフト開発エンジニアが不足する韓国で人材を確保することだろう。
「さらに多くのソフト開発者が必要だ。政府と協力してそうした人材を見つけたい」。同社のイ・ジェヨン副会長は、韓国首相との会談でそう語ったと複数の政府関係者は述べている。
サムスンの製造工場がある南部の亀尾(クミ)市当局者によると、同社のネットワーク機器部門では約5000人を雇用している。
今年は5Gネットワーク機器向けに1000─1500人を新規雇用するだろう、とSKセキュリティーズのアナリスト、Kim Young-woo氏は予想する。サムスンは雇用計画などについてコメントしなかった。
だが、サムスンの賭けには依然としてリスクが伴う。通信ネットワークへの投資が実を結ぶには長い期間を要するため、変化はすぐには現れない。
フィンランドのノキアとスウェーデンのエリクソンとはそれぞれ、かつては通信機器大手だった仏アルカテル・ルーセントとカナダのノーテル・ネットワークスの一部事業を買収。だがファーウェイの問題が起きてからも、両社の幹部はいまだに売り上げがほとんど伸びていないと語る。
最大のライバルが窮地に立たされ、5Gの市場シェアを拡大するチャンスを目前にしながら、エリクソン、ノキア両社はともに、コスト削減モードにある。
実際、フランスや英国、ドイツなどで現在検討されているファーウェイ排除の動きによって、欧州の一部の通信会社は、5G導入が3年遅れる可能性があると警告している。
また、サムスンが世界販売網や支援体制の構築に苦戦する可能性を指摘する声も上がっている。
「電話会社がサプライヤーから製品やサービスを購入するには、多くの時間とリソースを要する。そのため、エリクソンもノキアも約10万人の社員を抱えている。ファーウェイにいたってはその2倍近くの社員がいる」と、通信コンサルティング会社ノースストリームのベント・ノルドストローム最高経営責任者(CEO)は指摘する。
だが、サムスンは長期的視点に立っている。同社は昨年12月、国際オリンピック委員会(IOC)とのスポンサー契約を2028年まで延長し、その中には5G技術も含まれる。
サムスンはスポンサーの座を中国のライバル企業に明け渡したくなかったのだと、別の関係筋は話す。「もしサムスンが2020年以降でトップ級のモバイルスポンサー契約を手放したなら、代わりにそれを誰が手に入れていただろうか。中国、ファーウェイしかいないだろう」