スマートフォンやドローン、走行中の電気自動車に光無線給電(イラスト:楠本礼子)
東京工業大学准教授の宮本智之氏は、出力がキロワット級と大きいレーザー光線で、走行中の電気自動車(EV)に電力を送る光無線給電技術を提案した。数十メートル~数キロメートル先の遠方に給電できる。レーザーの向きを変えるのは簡単で、動く車両を追従しやすい。安全の確保に工夫が必要だが、基本的な技術は確立しており、近い将来の実用化を目指す。
光無線給電は、高出力レーザーなどを太陽電池に照射することで電力を伝送する技術。宮本氏はこれまで、出力が数ワット~数十ワットの面発光レーザー(VCSEL)でドローンなどを給電する技術を研究してきた。
宮本氏が5月に自動車技術会で論文発表したのが、出力をキロワット級に高めることで走行中のEVに給電する構想だ。「自動化の進む工場内を走る無人搬送車(AGV)への給電ならば、5年以内に実用化できる」(宮本氏)と意気込む。
面発光レーザー(VCSEL)でドローンなどの太陽電池に給電する。東京工業大学の宮本氏による実験の様子(出所:東京工業大学)
現在の無線給電の主流は、電磁誘導方式である。2つのコイルを向き合わせ、一方に電流を流して発生した磁束を介して、もう一方のコイルに電力を送る。
給電効率は高いもののキロワット級ともなればコイルは直径数十センチメートルと大きく、重たくなりがちである。給電距離はせいぜい数十センチと短く、停車中のEVに給電するのが基本となる。道路に多くのコイルを埋め込んで走行中に給電する構想はあるものの、1キロ当たり約1億円の敷設コストがかかるとされる。実現性に乏しかった。
光無線給電は効率で電磁誘導方式に及ばないが、給電距離は数十メートル~数キロメートルと圧倒的に長い。出力によるが、レーザー光は遠方まで真っすぐに進むためだ。
また、ミラーを使えば、レーザー光の向きは簡単に変えられる。例えば街灯にレーザー光源を設置して、カメラなどで車両の動きを検知すれば、走行中の車両にレーザー光を照射して給電できる。
■スマホで近づく実用化 その後ドローン
光無線給電の実用化は、まず数ワット級の低出力用途で始まりそうだ。イスラエルのスタートアップ企業ワイチャージは、数年内に数ワットの赤外線レーザーで4メートル程度先のスマートフォンに給電する技術の開発を進めている。最近ではNTTドコモと協業した。
宮本氏は、その後に数百ワット級と高めて、空を飛ぶドローンで実用化すると考える。レーザーの向きを変えやすく遠方に給電する特徴を生かしやすいためである。
キロワット級に高められるのはさらにその後になるだろうが、技術的には十分に実現し得る。10キロワット級の高出力レーザーは既に実用化しているからだ。軍事用途では、米国防高等研究計画局(DARPA)が100キロワット級のレーザーを開発しているとされる。
光無線給電の効率は、市販の製品を使用した場合ではレーザー光源と太陽電池でそれぞれ約40%と低い。給電効率は掛け合わせた値となり、この組み合わせでは20%程度が限界となる。
宮本氏はレーザー光源の効率は85%、太陽電池は同80%に進化する余地があるとみるが、それでも給電効率で70%に満たない。電磁誘導方式は90%超に達しており、光無線給電は遠く及ばない。電磁誘導方式の置き換えではなく、同方式の苦手な分野を開拓することが実用化の鍵を握る。
宮本氏は、光無線給電に適したレーザー光源や太陽電池の研究に期待をかける。理論的にはレーザーの波長は短いほど給電効率を高めやすいからだ。
現状の高出力レーザーは800ナノ(ナノは10億分の1)メートル程度の近赤外を利用するのが主流だが、「400ナノ程度の青色の方が給電用途には向いている」(宮本氏)という。太陽電池も青色に適したものが望ましいが、「現状では青色用の太陽電池の研究はほとんどない」(同氏)
■課題は安全性
実用化に向けた「一番の課題」(宮本氏)は、安全性を確保することだ。レーザーは出力に応じて安全基準が定められているが、1ワットで最も高い基準を必要とする「クラス4」に分類される。光無線給電を実用化するには、レーザー光線を照射する際に人を避ける技術が必須になる。
光源から発するレーザーの向きは「センシング技術と組み合わせて(人を避けるように)簡単に変えられる」(宮本氏)が、厄介なのは反射光である。まずは人の少ない場所で実用化が始まるだろう。