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何が「田母神論文」を生み出したか

2009年01月28日 | 集会報告
1月21日夜、山田朗さん(明治大学教員、日本軍事史)の「何が「田母神論文」を生み出したか――自衛隊と歴史修正主義」という講演会が文京区民センターで開催された(主催 国連・憲法問題研究会)。

「日本は侵略国家であったか」と題する田母神俊雄・前航空幕僚長の論文は「アメリカ合衆国軍隊は日米安全保障条約により日本国内に駐留している。これをアメリカによる日本侵略とは言わない」と始まり、
1)中国・朝鮮への日本軍の駐留は条約に基づく、
2)蒋介石はコミンテルンに動かされていた、
3)我が国は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者、
など約20の論点を挙げ、最後は「自衛隊は領域の警備も出来ない、集団的自衛権も行使出来ない、武器の使用も極めて制約が多い、また攻撃的兵器の保有も禁止されている。(略)このマインドコントルールから解放されない限り、我が国を自らの力で守る体制がいつになっても完成しない(略)私たちは輝かしい日本の歴史を取り戻さなければならない。歴史を抹殺された国家は衰退の一途を辿るのみである」と結論づける。
山田さんの講演は「田母神論文の徹底検証」から始まった。
1)は、帝国主義の時代の条約そのものが侵略の結果であり、合意・納得に基づくものではないこと、田母神論文は中国・朝鮮の駐留に限定しているが、1940年の北部仏印や41年のタイへの侵略は協定はないこと、
2)はソ連の援助を受けていたことは事実だが、英米の支援も受けており、コミンテルンに操られていたなら国共内戦など起こりようがないこと、
3)に対しては、満州事変・華北分離工作・日中戦争の拡大は日本側に主導性があったことなどを説明した。
その他、中国人・朝鮮人の士官学校(東京振武学校)入学は親日派エリート養成が目的だったこと、パリ講和会議で日本が人種差別撤廃を主張したのは、民族自決主義により朝鮮の3.1運動、中国の5.4運動が盛り上がったことに対抗するため、対立軸を有色人種対白人にずらす戦略であったことなどの説明があった。このように田母神論文の論点に、細かいものまで含めると29点にわたり逐一反証し、全体として、戦前の国家プロパガンダの繰り返しであること、歴史論として破たんしていることなどを指摘した。
また「あの戦争の責任をすべて日本に押し付けよう」とし「そのマインドコントロールは戦後63年を経てもなお日本人を惑わせている」と主張する東京裁判について、次のように背景を解説した。東京裁判は、占領政策の一環として国家指導層の再編をねらった裁判である。ドイツに対するニュルンベルク裁判はナチズムを取り除くことが目的だったが、日本にはナチ党がないのでその代りにターゲットを陸軍首脳の一部に限定し、その他は吉田茂をはじめ抵抗者と位置付け、英米協調派の復活が目指された。陸軍首脳の一部とは、三国同盟を締結し中国を侵略した主流派のことである。それで天皇や岸信介は救われ「国体」は護持された。指導層にはきわめて都合がよい結果となった。
なお、「コミンテルンのスパイがルーズベルトを動かし、我が国を日米戦争に追い込んで」いったというが三国同盟の役割をまったく無視している。藤岡信勝らは三国同盟について触れないとの指摘があった。
     
では田母神航空幕僚長は、何を目論んでいたのだろう。「田母神論文」が生まれた背景を山田さんは次のように解説した。
冷戦終結によりヨーロッパでは軍縮が進んだが、日本は海外派兵で軍縮を免れた。湾岸戦争を経て海上自衛隊の艦艇トン数は1.5倍に増え、世界5位になった。2005年の兵力ランキングでは、陸上兵力はフランス、イギリスを上回る14.8万人を保持し、海上兵力はフランス、ドイツより多い42.8万トン、航空兵力はドイツ、フランス、イギリスを上回る440機の作戦機(輸送機を除く)を持つ。また質的な面でも、ヘリコプター搭載護衛艦の「更新」といいながらヘリ3機搭載、4950トンのはるな型護衛艦の後継としてヘリ10機搭載、13500トンのひゅうが型護衛艦を、今年3月完成予定で建造中である。全長197mもありみかけは空母そのものである。戦前、国名を冠した軍艦は戦艦であり、いままでとは違うという「意気込み」を感じさせる。陸自と異なり、海自は帝国海軍の伝統をそのまま受け継いだ。それがいまや空自や陸自に波及を始めた。自衛隊は海外では軍隊として扱ってもらえ、心地よい。しかし国内では「軍隊のようなもの」にとどまっている。一般隊員にはフラストレーションが鬱積し、隊内でパワハラや自殺が相次いでいる。
「田母神論文」は、自衛隊を、集団的自衛権を行使できず、攻撃的兵器の保有を禁止され、「外国の軍と比べれば雁字搦(がんじがら)めで身動きできない」と現行防衛政策を批判し覚醒を呼びかける。安保条約の枠組みさえ突破しようとしている。自衛隊を本格的な軍隊にしようとする政治的意図が透けてみえる。シビリアンコントロールに反することはいうまでもない。
軍隊はウソでもよいので伝統がほしい。戦前の帝国軍隊の場合、日露戦争により「伝統の創造」が行われた。自衛隊のなかには戦前・戦中への反省が、まったくない。かつては陸自のなかに一部反省があったが、そういう戦争体験者が定年でいなくなり、歴史修正主義が蔓延している。自衛隊のなかで「軍隊化」を求める「マグマ」が上昇している。ガス抜きのない閉鎖社会では、たたかれるほど「英雄」になるという側面がある。1978年に栗栖弘臣統合幕僚会議議長は有事法制の早期整備を促す“超法規発言”を行い解任されたものの有事法制研究の呼び水になった。田母神論文は 自衛隊の危険な動きの「前兆」ではないだろうか。
     
最後に、市民としてできることが提言された。
市民がもっと年間予算5兆円規模の「軍事」に関心をもち、税金を通じて軍事をコントロールすべきである。市民は「軍事」を全否定したいので実態をみたくないと思う人もいるが、現実にこれだけ大きな規模になっている。対北朝鮮防衛というが、日本の軍拡が中国の軍拡を呼び、さらにインド、パキスタンの軍拡へと波及する軍拡の連鎖をいかに断ち切るかという問題にもつながる。
自衛隊の予算は単価が高いので、後年度払いで下方硬直性が高いので、はじめに投入するときに注意する必要がある。また新兵器と呼ばず「更新」とされることもありその点も要注意である。
また昨年4月17日のイラク派兵差止訴訟名古屋高裁判決を活用すべきである。市民が司法判断を望み、司法はきちんと回答を出してくれた。イラクだけでなく、アフガニスタンやソマリアへの派兵にも応用できる。

この懸賞論文は、アパグループの元谷外志雄CEOが「報道されない近現代史」の出版を記念し募集したものである。
「真の近現代史観」というテーマで08年5月に懸賞論文(最優秀賞300万円)を募集し、締切の8月末に235編が集まった。うち98編が田母神俊雄航空幕僚長を含めた航空自衛隊員のものだった(第6航空団62編、航空救難団16編など)。
審査委員は、渡部昇一(上智大学名誉教授)、小松崎和夫(報知新聞社代表取締役社長)、花岡信昭(産経新聞客員編集委員)と、いかにもウヨク論文にふさわしい顔ぶれだったが中山泰秀という議員が加わっている。どんな人か知らなかったのでパソコンで検索すると中山正暉の息子の2世議員、いや祖母が中山マサ、伯父が太郎なので3世議員だ。
12月8日に受賞作12編を収録した和英の受賞作品集(A4判、176p)を発刊した。

以前「日本の植民地支配」(水野直樹,藤永壮,駒込武編 岩波ブックレット552 2001年11月)という小冊子を読んだことがある。「新しい歴史教科書をつくる会」の植民地支配賛美論を、近代的教育、医療・衛生、米の増産など20のポイントに整理し、事実をもって批判する内容だった。「つくる会一派の主張は例外なく歯切れがよいが、歴史は多面的なので歯切れが悪くならざるをえない」と書いてあった。わたしのような一般の人は、歴史的事実と称する事項をいくつか並べ、妄想に近いような論理であってもつなぎ合わせて提示されると、そういうこともあったのかもしれないと半ば信じてしまう。山田さんは専門家が「バカバカしい」と相手にしないのはよくない、きちっと対処すべきだとおっしゃっていた。ぜひ専門家がそれぞれの知見で、反論を主張してほしいものだ。
また、この集会は質疑応答の時間がたっぷり取ってあり、10以上質問が出、講師がていねいに答えていた。そうした点でも充実した集会であった。
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