多面体F

集会報告、読書記録、観劇記録などの「ときどき日記」

月末恒例5月の都庁第二庁舎前ビラ撒き

2008年06月03日 | 日記
まだ五月というのに梅雨空の下、増田都子さん・田畑和子さんの定例・都庁第二庁舎前早朝ビラ撒きに参加した。
4月17日の増田さんの対三都議訴訟高裁判決は思いがけない敗訴だった。しかし雨にもめげず、敗訴にもめげず、今月も出勤中の都庁職員にビラを配った。

ビラを受け取ってくれた人の8割は第二庁舎で勤務する人だろうと思う。東京都の職員定数は41,339人(2008年度)うち知事部局が26,863人、教育庁の職員はこれと別枠である。第二庁舎には教育庁のほか、知事部局のうち環境局、都市整備局、建設局、港湾局、公営企業の水道局、下水道局、交通局が入っている。
都庁第二庁舎前でのビラ配りはだんだん手慣れてきた。「お早うございます。東京都学校ユニオンです」と歩行者に声をかけ、目が合った人にビラを手渡す位置さえ調整すれば、たいてい受け取ってくれるようになってきた。最近はファストフードのパンの紙袋やコーヒーカップを持っている人も多いが、手がいっぱいの人でもビラを受け取ってくれる人もいる。冬のコートの季節にはそうはいかないが・・・。
この日配布したビラの一部を紹介する。

●「間違いである特定の歴史認識」を生徒に押し付けているのは都教委だ!
被告・都教委は、「すでに述べたとおり、特定の歴史認識のみが絶対に正しく、それと異なる歴史認識は間違いであると生徒に押し付けてはならない」のであり、原告(増田教諭)の主張は失当である、とする。
しかし、日本の侵略戦争を否定し、「自存自衛の戦争である」「アジア解放の戦争であった」とする「特定の歴史認識」が誤っていることについては、ほかならぬこの教科書の発行会社である扶桑社自身が、2007年5月、「各地の教育委員会の評価は低く、内容が右寄り過ぎて」いた、と認め、既にこの教科書をもう発行しない、絶版にすると決定したことを社会的に公表していることからも、明らかである。
にもかかわらず、被告・都教委は「各地の教育委員会」とは異なり、この扶桑社歴史教科書をさらに2007年7月26日に2008年度開校の都立中高一貫校に採択しているのである。これは被告・都教委が「各地の教育委員会」とは異なり、どこまでも日本の侵略戦争を否定し「自存自衛の戦争である」とする「右より過ぎ」の独善的イデオロギーに立つ「特定の歴史認識」を「絶対に正し」いと「生徒に押し付け」ようとしていることを証明するものであることを指摘しておきたい。
    (増田教諭が裁判所に提出した「免職取り消し」裁判、準備書面から)
●都教委は、校長のでっちあげを鵜呑みにして、田畑さんを不採用にした
1996年3月、都教委は、田畑さんを嘱託教諭に採用しませんでした。当時は、定年になると、希望者は全員が嘱託に採用されるというのが通例であったのに、です。わけが分からなかった田畑さんは、裁判を起こしました。すると、田畑さんが勤務していた千川中学校校長中神嘉治が、たくさんの「不合格理由」をでっち上げていたことが、判明しました。(略)都教委は、真偽を確かめようともしないで、中神校長の主張を鵜呑みにして、田畑さんを不採用にしました。これらの「理由」が事実に反することは、高裁でいくつも確定しています。ところが都教委は、中神校長を処分するどころか、昨年嘱託選考に合格させ、現在も子どもたちへの指導にあたらせているのです。

都教委は5月23日08年入学式の不起立者2人の処分を発令し、2003年10.23通達に基づく懲戒処分は、累計410人となった。
5月末に高校の全国校長会総会が開催されたそうだ。都立高校の校長先生はおしなべて元気がなかったという話を聞いた。
中村正彦教育長は3年間の任期を終え、大原正行知事本局長への交替が内定したと報道された。都教委が少しは人間的な対応をしてくれるように変化するとよいのだが・・・。

次回の増田さんの免職取消裁判は7月10日(月)11時30分~ 東京地裁705号法廷にて。
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