多面体F

集会報告、読書記録、観劇記録などの「ときどき日記」

「心」を動かす、松岡正剛の角川武蔵野ミュージアム

2021年02月01日 | 博物館など
JR武蔵野線東所沢から徒歩10分ほど、昨年11月にオープンしたばかりのところざわサクラタウンの角川武蔵野ミュージアムを見学した。
なぜKADOKAWAが所沢にテーマパークをつくったのか。もともと所沢市とKADOKAWAとの間で、旧所沢浄化センター跡地をKADOKAWAに2014年に売却し、KADOKAWAが提案した世界に文化を発信するCOOL JAPAN FOREST構想という地域づくり協定を16年に結び、アニメ・ゲームをはじめ「クールジャパンの総本山」として「ところざわサクラタウン」をつくることになった。サクラタウンはミュージアム・ホテル・レストラン・ホール・オフィス・神社などの複合施設である。
その中核施設である角川武蔵野ミュージアムは、編集工学の松岡正剛が館長、建築家・隈研吾が建物をデザイン監修し、荒俣宏が博物部門ディレクター、神野真吾が美術部門ディレクター、角川歴彦が全体のエグゼクティブ・プロデューサーを務める体制(ボード・メンバー)で、昨年11月6日にグランドオープンした。
外から見ると、5階建ての建物はまるで岩山だ。隈によれば、国立競技場を“木”の代表とすれば“”の代表が、この建物だという。

外観は岩山のようなミュージアム。外壁の絵は武蔵野皮トンビ。手前は武蔵野坐令和神社の電飾鳥居
わたくしが購入したチケットはKCMスタンダードチケット(1200円)なので、荒俣宏の妖怪伏魔殿2020やマンガ・ラノベ図書館は見られないが、見たエリアでいうと見栄えで圧倒されるのは8mもの高さの本棚劇場と30分おきに映し出されるプロジェションマッピングである。内容で圧倒されたのは本棚劇場に至る9つのエディットタウンET 書域を表す)だった。ET1記憶の森へ、ET2世界歴史文化集、からET8仕事も暮しも、ET9個性で勝負する、の9つのETで構成される。各ETには12から25の書区(大見出し)があり、そのなかにに3から15列の書列(小見出し)がある。図書館の日本十進分類法のようなものだが、見出しが独創的である。

たとえばET1記憶の森への大見出し「08人間の喜劇と悲劇」には「01笑いと滑稽」「02あまりに悲劇」など9つの書列(小見出し)があり、4番目の04は「リア王とハムレット」で「やっぱりシェイクスピア」というキャッチフレーズがついている。
書棚には「甦るシェイクスピア」(日本シェイクスピア協会 研究社 2016.10)、「悲劇の構造」(スタンリー・カヴェル 春秋社 2016.10)、「シェイクスピアのソネット」(舷燈社 2013.3)、「リア王」(福田恆存・訳 新潮社 2010.12)、「シェイクスピア大図鑑」(スタンリー・ウェルズ 三省堂 2016.7)、「シェイクスピアストーリーズ」(アンドリュー・マシューズ BL出版 2015.6)などの本が並ぶ。原則としていまも書店で購入できる本のようだ。分厚い本が多い。小見出しに付いているキャッチフレーズも重要で、ヒネったコピーが多い。
たまたま左隣の棚は、「09罪の究明・罰の宿命」の小見出し04必修ドストエフスキーで、キャッチは「怖くて深くて尊い『人間文学』」だった。「悪霊」(新潮社 2004.12)、「ドストエフスキイと日本人」上下(松本健一 第三文明社 2008.8)、「ドストエフスキーの創作の問題」(ミハイル・バフチン平凡社 2013.3)、「偉大な罪人の生涯」(三田誠広 作品社 2014/11)、「井筒俊彦全集第三巻 ロシア的人間」(慶應義塾大学出版会 2014/01)などが並び、手前に文庫本の「カラマーゾフの兄弟」(新潮社 2004/01)、「罪と罰」(岩波書店 1999.11)などが横積みされている。並べ方も偶然でなく、考えた末なのかもしれない。

すべての棚はおなじように3段階の体系で組み上げられているが、ちょっと気になるET6男と女のあいだをみてみる。
大見出し11傑作ラブロマンスの小見出し01は初恋の味の青春(キャッチは「ゲゲゲの女房」)で「火山のふもとで」(松家仁之 新潮社 2012.9)、「即興詩人」(アンデルセン 山川出版社 2010.11)、横積みで「ノルウェイの森」(村上春樹 講談社 2004.9)があった。02ついていきます夫婦は、「きいろいゾウ」(西加奈子 小学館 2008.3)、「夜はやさし」(F・スコット・フィッツジェラルド 作品社 2014)、「嗤う伊右衛門」(京極夏彦 中央公論新社 2004)、04憎しみと紙一重のキャッチは「桜の森の満開の下」で「危険な関係」(ラクロ 白水社 2014.2)、「真珠夫人」(菊池寛 文藝春秋 2002.8)、 05運命と宿命の破滅には「アンナ・カレーニナ」(トルストイ 新潮社 2012.10)、「容疑者Xの献身」(東野圭吾 文藝春秋 2008.8)が並んでいた。
08高慢と偏見と冷静と情熱のキャッチは「恋のホーテー式」で、「エマ」(ジェイン・オースティン 筑摩書房 2005.10)、「ティファニーで朝食を」(カポーティ 新潮社 2008.12)、「スプートニクの恋人」(村上春樹 講談社 1999.4)といった文学作品が並んでいた。
大見出し「07欲望とエロス」の小見出し05百花繚乱江戸春画には「エロティック美術の読み方」(フラヴィオ・フェブラロ 創元社 2015.4)、「浮世絵春画と男色」(早川聞多 河出書房新社 2018.12)、「日本のアート春画ベスト100」(永井義男 宝島社 2019.4)など、07官能小説傑作選のキャッチは「熟読ポルノ」で「人工の冬」(アナイス・ニン 水声社 2009.9)、「我が秘密の生涯」(田村隆一・訳 河出書房新社)、「北回帰線」(ヘンリー・ミラー 水声社 2004.1)、「ペピの体験」(足利光彦・訳 富士見書房)などが並んでいた。
そして08フェティッシュ荒物店には「アダルト・グッズ大売り出し」という刺激的なキャッチが付き、「“特殊性欲”大百科」(アニエス・ジアール 作品社 2015.11)、「ストリップ芸大全」(ストリップ史研究会 データハウス 2003.12)、「ヴァイブレーターの文化史」(レイチェル・P.メインズ 論創社 2010.1)、「スーパー・ポーズブック」(島本耕司 コスミック出版 2013.11)などかなり怪しい感じのタイトルが並んでいた。しかも手が届かないような高い位置にあり「18禁」の展示のようだった。

歩いていて「オッ!こんなところに、こんな本が」と注目した書棚を紹介する。
松岡正剛館長の監修だから当然、ブック関連や編集関連の本も置かれている。
ET4脳と心とメディアの大見出し08エディトリアルアドベンチャーの小見出し03伝説の名編集長のキャッチは「時代をつくった編集者」で、「出版の冒険者たち」(植田康夫 水曜社 2016.3)、「生涯編集者」(篠田博之 創出版 2012.6)、「圏外編集者」(都築響一 朝日出版社 2015.12)、04:エディターシップ奮闘記には 「編集ガール!」(五十嵐貴久 祥伝社 2012.10)、「漫画編集者」(木村俊介 フィルムアート社 2015.5)、05脳と心の編集学校のキャッチは「共読できる学校」で、「物語編集力」(松岡正剛 ダイヤモンド社 2008.2)、「インタースコア」(松岡正剛 春秋社 2015.12) があった。
06買わせるデザインのキャッチは「人心を惑わせたい」で、「父の時代 私の時代」(堀内誠一 日本エディタースクール出版部 1979.11)、「ページと力」(鈴木一誌 青土社 2018.12)、「デザインの種」(戸田ツトム 鈴木一誌 大月書店 2015.12)、「宇宙を叩く」(杉浦康平 工作舎 2004.10)、「疾風迅」(杉浦康平 DNPグラフィックデザイン・アーカイブ 2004.10)、「エディトリアルデザイン事始」(松本八郎 朗文堂 1989.9)、「世界のデザイン雑誌100」(スティーブン・ヘラー ジェイソン・ゴッドフリー DU BOOKS 2015.7)などがあった。
07新旧文章読本くらべには、「〆切本」(左右社編集部 左右社 2017.10)、「文章読本」(丸谷才一 中央公論新社 1999.6)、「本を書く」(アニー・ディラード パピルス 1996.11)、「独裁者のデザイン」(松田行正 平凡社 2019.9)があった。

一方、ET7イメージがいっぱい にも11しるしとかたちのデザイナーという大見出しがあり、 04グラフィックデザインには、「横尾忠則全ポスター」(国書刊行会 2010.7)、「亀倉雄策のデザイン」(六耀社 2005.7) 、「グラフィックの仕事」(村山知義 本の泉社 2001.1)、7造本と装幀のキャッチは「芹沢恵介~安野光雅」で「横尾忠則全装幀集」(パイインターナショナル 2013.6)、「原弘」(平凡社 1985.6)、「花森安治装釘集成」(みずのわ出版 2016.11)などが並んでいた。

ET9個性で勝負するには、24酒と文人というちょっと心が惹かれノドがうずく大見出しがある。
「作家の酒」(コロナ・ブックス編集部 平凡社 2009.11)、「酔っぱらい読本」(吉行淳之介 講談社 2012.3)、「吉祥寺デイズ」(山田詠美 小学館 2018.3)、「泥酔文学読本」(七北数人 春陽堂書店 2019.5)、「ひとり旅ひとり酒」(太田和彦 京阪神エルマガジン社 2009.11)、「酔うために地球はぐるぐるまわってる」(椎名誠 講談社 2014.5)など魅力的な著者やタイトルの本が並んでいる。
書名の羅列になってしまった。タイトル、著者名、出版社名をみて、思わず手が伸びそうな本がゴロゴロあった。
わたくしのかつての趣味は書店巡りだった。しかしあまりにも新刊の点数が増え、大型書店でも棚がつまらなくなり、20年くらい前に新刊書店にはほぼ行かなくなった。それに代わり、選書は「週刊読書人」と購読新聞の読書欄にほぼ任せ、面白そうな本を図書館にリクエストするようになった。このミュージアムに来て、本の背をみてどんな本なのかとワクワクする気持ち、その本のタイトル・著者・出版社からの連想で他の本を探す好奇心、かつて書店巡りで味わった選書の愉しみが甦った。
本棚の前にいくつかイスが用意されているが、実際に本を読みふけっている人、好奇心の赴くまま次から次へと本に手を伸ばしている人をみかけた。コロナ禍の平日昼間でもこの様子だ。しかも若い人もかなり多かった
もう10年前のことだが丸善丸の内本店で松丸本舗というコーナーをみたことがある。これは松岡氏の著書「千夜千冊(全7巻)をベースに「1 遠くからとどく声」「2 猫と量子が見ている」「3 脳と心の編集学校」など7つのブロックで構成されていたが、3年で終了した。松岡氏が監修しているので7つのブロックと類似した点もあるが、この9つのETはそれをずっと大規模にし、レベルアップした様子だった。各ETにはブックディレクター1人と選書メンバーが4-11人いてチームで選書しているようだ。

エディットタウン(ET)を通り抜けると、8mもの高さの本棚劇場がそびえている。1層は角川グループの書籍で、3面ある壁面のひとつで森村誠一の著書の特集をしていた。30分に一度、巨大な本棚劇場のスペースと点在するディスプレイにプロジェションマッピングが映し出される。その後半は、角川映画の「人間の証明(佐藤純彌 1977)と「野性の証明(佐藤純彌 1978)がモチーフになっていた。
2層以上は角川の創業者・角川源義の文学や歴史の蔵書のほか、竹内理三外間(ほかま)守善山本健吉の蔵書が山のように陳列されている。

不思議なものが並ぶ荒俣ワンダー秘宝館「半信半疑の地獄」
4階にはもうひとつ荒俣ワンダー秘宝館という部屋がある。「生命の神殿」という生物の体内にある渦巻、網目、分岐など抽象的な紋様と極彩色の蝶や魚の骨の標本などを展示した部屋と、「半信半疑の地獄」というマンモスの牙(レプリカ)、豹やカラスの剥製、ライオンの剥製に似せた人形など不思議なものが並んでいる部屋の2種で、たしかに名前のとおり「驚き」と感動が表現されていた。
4階から5階へ上がるアティックステップという階段の壁面に「アラマタ愛読書」が展示されていた。
「倒錯の都市ベルリン」(長沢均, パピエ・コレ 大陸書房 1986.11)、「贋作者列伝」(種村季弘 青土社 1986.9)、「澁澤龍彦幻想美術館」(巖谷國士 平凡社 2007.4)、「せいきの大問題」(木下直之 新潮社 2017.4)などいかにも荒俣さんらしい蔵書だった。「がきデカ」(山上たつひこ 秋田書店 1975.4)、「カラー版 鉄腕アトム」(手塚治虫 小学館クリエイティブ 2012.7)などマンガが結構あったのには驚いた。
spicy detective storiesというパルプマガジンが70冊くらい陳列されていた。パルプのキャッチとして「スパイシー」「ソーシー」「ペップ」「ペッパー」、料理じゃないよ ぜんぶ。パルプマガジンの誌名は「セクシー」という意味なんだ、と緑の手書き文字のカードが副えられていた。

武蔵野ギャラリーと石巻工房の長椅子
5階は武蔵野ギャラリー武蔵野回廊で民俗学者・赤坂憲雄が監修している。
武蔵野創造コミュニティは、武蔵野の環境保全、町並み保存、ものづくりなどをしている20くらいの団体・個人の方の活動を写真と文と地図で紹介するコーナーだ。「武蔵野を愛した柳田国男と角川源義」は1955年の雑誌座談会のなかでの2人の発言、源義邸や野川周辺の写真がパネル展示されていた。
また武蔵野坐令和神社(むさしのにますうるわしきやまとのみやしろ)を設計した隈の「入口を建物の側面に移したり、宗教建築が持つ中心性から逸脱して、開き直って神社ではない『神社』を造りました」という解説があった。
武蔵野回廊には武蔵野学に関し赤坂憲雄が選書した書籍250冊が展示されている。ここにある本棚は隈研吾のヒューマンなリズムをもつ特別なデザインであること、また座りやすい木製の長椅子があるが、石巻工房特製の家具である。
ただ4階のエディットタウンだけでも手いっぱいで、5階はチラッと見たに過ぎない。制限時間3時間なので、次回来たときに落ち着いてみてみたい。

入口のディスプレイで、松岡館長は「このミュージアム全体のコンセプトは想像力(イマジネーション)と連想(アソシエーション)で、この建物は硬いものに覆われているがそこから中身が湧き出し、飛び立っていくというイメージである。また、個別に質を高めていこうとするものとたくさんの人が共有するロー・カルチュア、ポップ・カルチュア2つがいっしょになると考え、High&Lowもコンセプトのひとつにした」と語る。
いまのところ3時間限定なので、5-6回通わないと全体を味わいきれそうにない。
ウルトラマン仏陀とか武蔵野坐令和神社とか、松岡館長も年齢とともにだんだん神がかってきた感がある。ただ松岡氏によれば、アニメの語源はアニマ(魂・心)が動き出すことなので、心が動き珍しいものに魅かれていくようなミュージアムを目指すとのことだった。まんまとその企みに乗せられてしまったような気がした半日だった。

☆いっぽうでデジタル化の進展も急速だ。すでに音楽・映像・映画はDVDからウェブ配信に移行しつつあり、新聞・雑誌もその方向にある。たとえば年末に週刊読書人を買おうと丸善に行っても、都内の2,3店にしかないとのことで池袋ジュンクから取り寄せてもらった。PDFも紙も同一料金だった。そんな時代なのだ。いずれ紙の本は古書店にしかなくなり、図書館やこういうミュージアムは少なくとも物理的には消滅し、ウェブ閲覧のみになる日もいつかくるかもしれない。

●アンダーラインの語句にはリンクを貼ってあります。いつもは、たいていの書名にリンクを貼り、すこし内容がわかるようにしていますが、今回はあまりにも冊数が多いので、興味のある本はご自分で、たとえば紀伊国屋ブックウェブなどを使い検索お願いします。

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