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原発新建設を掲げる育鵬社教科書

2011年06月06日 | 日記
検定済み教科書の実物をみるため、虎の門の文部科学省情報ひろばに行った。2年前に区の教科書展示をみたことはあるが、この会場では教科書見本だけでなく検定に関する資料、たとえば検定前の申請本、教科書調査官が作成した調査意見書、審議会の審議概要、審議会が出した検定意見書、それを踏まえて教科書会社が作成した修正表なども、手にとってみることができる。

社会科歴史は昨年10月29日から小委員会が開催され11月19日に判定が発表された。そして教科書会社が修正して提出し今年3月14日に審査があり7社が合格した。
育鵬社自由社の歴史教科書の内容は予想どおりだった。天皇家のルーツ伝説「日本神話」を詳述し、「赤穂浪士の忠義の精神、二宮尊徳の勤勉の精神」など戦前の国定教科書を焼き直したようなコラムがあり、教育勅語や終戦時の「聖断」、昭和天皇の人物コラムなど、天皇崇拝の姿勢が露骨で、前身である扶桑社・自由社教科書とまったく変わらない。中学生に使わせたくない教科書の代表である。
さて公民はどうだろうと見てみた。公民もやはり6社が合格した。育鵬社・自由社は国旗・国歌について2pも記述したり、「天皇のお仕事」という2pコラムをつくったり、「いかにも」という作り方である。男女共同参画社会基本法や外国人差別の項目でも問題ある書き方をしている。
現行憲法の3本柱のひとつ平和主義の解説ページは、なんと9条改正と自衛隊の国軍化のページになっている。自由社教科書で周囲に配置した写真は、迎撃ミサイルや戦車、空母のような護衛艦など自衛隊の新型兵器、韓国の新兵教育である。一方、帝国書院は、「火垂るの墓」の1シーンや広島平和記念式典、自衛隊の災害復旧活動の写真、東京書籍は広島平和記念式典、平和の鐘、住宅地の隣にある普天間飛行場、PKOに参加する自衛隊の写真である。育鵬社や自由社が、いかに「軍隊」好きで憲法「改正」に賛成する中学生を育てようとしているか、その姿勢がよくわかる。

検定という制度には多くの問題がある。ただし現行制度に則り検定意見の数だけみても育鵬社・自由社はダントツに多い(注 修正表を出さなかったため不合格となった日本文教出版(旧・大阪書籍を引き継いだ教科書)を除く。同社はこれまで公民教科書を2種類出版していたが、これで他社同様1種類に減った)。育鵬社は47ヵ所、自由社は129ヵ所も検定意見が付いた。東京書籍5ヵ所、教育出版27ヵ所、帝国書院26ヵ所などと比べ圧倒的に数が多い。しかもたんなるルビの間違い、事実関係の間違いだけでなく、自由社は、「象徴天皇の役割について、学習上の支障を生ずるおそれがある」(p58)、「憲法第9条の解釈について、誤解するおそれのある表現である」(p73)、「憲法第9条の解釈について、一面的な見解を十分な配慮なく取り上げている(p73)など本質に踏みこむ指摘のオンパレードである。育鵬社もこれに劣らず「日本国憲法における象徴天皇制について誤解するおそれのある表現である」(p42-43)、「学習指導要領に示す「内容」(3)「アの『日本国憲法が基本的人権の尊重、国民主権及び平和主義を基本的原則としていることについての理解を深め』に照らして、扱いが不適切である」(p66-69全体)といった指摘事由が並んでいる。こうして指摘されて完成した教科書のはずなのに、これなのだから驚いてしまう。

育鵬社の教科書をパラパラみていて、原子力発電所の新規建設というページをみつけ唖然とした。育鵬社は1章3節「現代社会をとらえる見方や考え方」の「3 国家と私」(p30)で、「市に原子力発電所の開発計画がもち上がった!」という事例を取り上げている。
この節は、はじめに「対立」があっても議論などを通して、最終的にはたがいが納得して合意を形成しようという趣旨の節だ。合意形成に際し、無駄がないかという「効率」や特定集団に不利益にならないかという「公正」という観点も重要だとする。これ自体は、とくにおかしいところはない。ところがよりによってわざわざ原子力発電所開発計画を事例に取り上げているのである。
まず、原子力発電が日本の総発電電力量の1/3を占める「現状」を説明する。そして賛成派と反対派の説明に入る。この事例の市では1960年代に原子力発電所の建設計画が明らかになり、その後住民が賛成派と反対派に分かれて住民運動を行ってきた。原子力発電は燃料のエネルギー効率が高いことや、二酸化炭素を排出しないことから「国の方針として強力に推進されてきました」と書き、しかし事故が起きれば重大な被害が予想されるので世論が分かれていると説明する。
左ページの、「国家と私」の本文ページで「国家に守られて生活する私」という項目には「国家に保障された権利を行使するには、社会への配慮が大切であり、そして権利には必ず義務と責任がともないます」と社会への配慮を強調する。
そして「話し合い(効率と公正)」で、日本のエネルギー自給率が低いこと、原子力発電ほどの効率と規模をもつ代替発電方法がないこと、地域の安全や環境問題にも公正に配慮すべきことを説く。
そして「結果の実行(合意)」で次のように書いている。
住民投票と議会での審議を経て、地域振興や漁業補償などの配慮がなされ合意が成立し、建設を受け入れることになった場合、「放射能漏れの防止や使用済み燃料のリサイクル、高レベル放射性物質の廃棄、人的ミスへの対応、大地震や津波に対する耐久性の維持などの課題があります。市民が原子力発電所と共存し、安心して生活できるように国や市や事業者が全力で取り組むことが求められます」
この教科書が、2011年3月11日の大津波と東電福島第一原発のメルトダウン事故以前に編集されたことはたしかだ。しかしこの教科書が教室で実際に使われるのは来年4月以降なのである。
「市民が原子力発電所と共存し、安心して生活できる」ことなどありえないことは中学生でもよくわかっている。いかに「国や市や事業者が全力で取り組」んでも、大地震や津波に対する耐久性の維持、放射能漏れの防止などできないことがまさに福島で「実証」された。今後の対策費用を考慮するとむしろ効率は悪い。だからスイスは原発から撤退することを決定した。また使用済み燃料のリサイクルとは、危険なプルサーマルのことを言っているのだろうか。住民投票で計画推進という結果になり、議会の審議が終了した場合とはいうが、あまりにも非現実的な事例設定である。
いまはセシウムとヨウ素しか調査していないが、この教科書が使われる来年4月以降にはストロンチウムやプルトニウムなどに核種が拡大しているかもしれない。土壌汚染や水質汚染による農業や漁業への悪影響はきっといま以上に深刻になっているだろう。
また廃炉にするには数年かかるので、この教科書の使用終了予定の2016―2017年ごろでも、自分の住んでいた地区へ戻れない住民もいるかもしれない。そんな状況で、ここに書いている「原子力発電所の新規建設」の事例を中学生が教室で学ぶことは、市民感情にまったく合わない
育鵬社の申請本(白表紙本)には「『結果の実行(合意)』について、理解し難い表現である」という検定意見が付いた。それを修正したはずなのに、こんなものが教科書となる。,
ちなみに、他の教科書は「対立と合意」の事例として、東京書籍は「部活動の校庭の分け合い」(p24)と「側溝の掃除に関する自治会のトラブル」(p26)、日本文教出版は「球技大会の校庭使用問題」(p33)、清水書院は「合唱祭でのクラス曲決定」(p18)を取り上げており、穏当な事例である。
育鵬社の教科書は、「国家に守られて生活する私」は、国の方針に配慮し対立を合意に変え「市民が原子力発電所と共存し、安心して生活できる」社会にすべきだといいたいようだ。

☆今回、教科書を見たのは情報ひろば1階のラウンジだが、3階に展示室がある。2年ほど前、開館直後に一度みたことがある。旧大臣室をはじめ、教育、スポーツ、科学技術・学術、文化の4つの部屋がある。教育の部屋には教科書の変遷、学用品の変遷、給食の変遷などが展示されている。今回は、現行学習指導要領のテーマ「生きる力」の色紙が掲示されいていた。書いた人は、野依良治、小林誠、日野原重明、浅田真央、石川遼など10人で、いかにも文科省らしい人選だった。なぜか吉本ばななのものがあった。旧科学技術庁の「科学技術・学術」のコーナーの国家プロジェクトは原子力、宇宙、海洋の3つが柱である。宇宙航空関係の職員はまだよいが、原子力関係の職員はここ4ヵ月きっと大変なことになっているのだろう。
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