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集会報告、読書記録、観劇記録などの「ときどき日記」

教科書はどう変わったか  「原発」記述および公民

2011年06月14日 | 集会報告
急に蒸し暑くなった6月5日(日)午後、豊島区立産業プラザで「第24回 教科書を考えるシンポジウム  教科書はどう変わったか(その4)」(子どもと教科書全国ネット21)が開催された。この日は、現役の教員から中学理科、公民の話があり、討論をはさみ、出版労連教科書対策部の方から教科書における原発の記述について報告があった。
わたくしは原発記述にもっとも関心があるので詳しく紹介する。公民は、自由社・育鵬社の教科書がいかに特異な教科書かということを、国民主権と天皇、基本的人権、「憲法改正」、など14項目を取り上げ、東京書籍、清水書院など普通の教科書との比較も行い緻密な解説があった。そのなかから、自分の関心が強い天皇、平和主義など数項目を紹介する。残念ながら理科の報告をする余裕がないが、指導要領に入っていないため、生物体を構成する物質として重要なたん白質が軽視されていること、生物濃縮は複数の教科書に掲載されているが生態濃縮が手薄なことが問題だと指摘された。

緊急報告 検定によってゆがめられた教科書の『原発』記述
              吉田典裕さん(出版労連教科書対策部

2010年度検定の対象は中学と高校の一部で、そのなかで原子力発電を扱う教科書は中学の理科(第一分野)、社会科の公民と地理、技術・家庭(技術分野)の4教科、高校の「物理基礎」、「科学と人間生活」だった。これ以外に来年以降検定が実施される高校の「世界史」(現代史)、「政治経済」、「工業」でも記載されている。
教科書の記述はどれもほぼ同じで、まず二酸化炭素をほとんど出さないことを紹介し、放射線という危険性に触れ、エネルギー資源に乏しいわが国では原子力発電の総発電量に締める比率が3割(約26%)に達していること、最後に再生可能エネルギー(自然エネルギー)には技術的問題があり普及していないという流れになっている。
これに地理であれば主な原子力発電所の位置を示す日本地図を入れ、理科(第一分野)なら、原子力発電の原理や図解を入れる。
どの教科書もおしなべてこういう記述になっている。検定意見もつかなかった。
ここで、なぜ横並びになっているのかということがむしろ問題である。中学の学習指導要領で原子力が出てくるのは理科と技術・家庭(技術分野)だけだが、文科省の「解説」に教科書に書かれていることが記されている。文科省が作成した「解説」なので最低限、こういうことを教科書に書かざるをえないのである。
じつはこれらは原子力業界(電力業界)がいっていることそのままなのである。彼らはいまはエネルギーのベストミックス、つまり火力、水力、再生可能エネルギー(自然エネルギー)と並びコストパフォーマンスが高い原子力を謳い、再生可能エネルギーに触れたときは、文科省はメリットだけでなく必ずデメリットを書かせるようにしている。
また原子力発電の危険性については、安全管理の問題を持ち出す。「管理」の問題なのできちんと管理すれば安全だというのが裏の基調である。

各社横並びの教科書。本文だけでなく写真や図版のレイアウト(配置)まで似ている(左 教育出版、右 東京書籍)
なお自由社の公民教科書は、わが国は「原子力発電では安全性の高い技術を確立した」と、突出した記述をしている(その後、自由社は、市販本で一部記述を変更した)。
2010年度は検定意見がつかなかったが、かつての検定はどうだったのか、歴史を振り返ってみよう。 最初の「介入」は79年3月のスリーマイル島原発事故の翌年の80年の検定だった。3月に検定合格し夏に採択が終わった教科書に対し、9月になって日本書籍の地理の教科書を訂正させた。その後ほぼ毎回原発について検定意見がついた。83年には「原発の危険性ばかり考えるのではなく、積極性も書け」、87年には「危険性ばかりについて書くのではなく、代替エネルギーとしての重要性にふれること」、89年には「安全性とあるが安全管理としてはどうか」、05年には「二酸化酸素の排出量が少ない発電法でないように誤解するおそれのある表現である」などであった。意見がつかなくなったことがむしろ問題だ。
なおその陰には、長年電力会社が教科書編集者を原発見学会に招待してきた事実がある。20年前はアゴ足付き、すなわち交通費・弁当付きだった。いまは交通費は自分で出すようになっている。しかし記述を誘導する意図の見学会であることは間違いない。
教科書問題にはこういう側面もあることを知っていただきたい。

中学社会科(公民)の検討  沖村民雄さん、安達三子男さん(全国民主主義教育研究会

育鵬社・自由社の教科書はいったいどんな人間を育てようとしているのか。2社の教科書の特徴は「公民」や「公共の精神」についての特異なとらえ方にもとづき、明確な「国家意識」をもち、国家を優先し、国家に忠誠を尽くす人間を育てようという姿勢である。自由社は編集趣意書の1番に「愛国心の涵養」、7番に「国防、領土問題」をあげ、育鵬社も5つの特色の1番に「国民としての自覚」、4番に「領土問題や国際理解についてバランスよく取り上げ、健全な国家観を提示します」と書いている。自由社版では索引掲載だけでも「国家」が6か所登場する。育鵬社版の「国家と私」(p32)では「私たち国民は国に守られ、国の政治の恩恵をうけています」「国家は他国から侵攻されないように方策を講じることが義務づけられ」と「国防」が国家の義務とされている。
かけがえのない個人を「社会の成り立ちの根本におく」ことが近代立憲主義の普遍的原理である。それを自分の国への明確な「国家意識」をもつことを中学生に、無前提・無条件に要請している教科書は、憲法の理念と相容れない。

「国家」満載の教科書には「日の丸」が翻る(左 育鵬社、右 自由社)
●国旗・国歌、伝統・家族、天皇
2社の教科書は、愛国心をもっぱら大国主義さらに国防意識に結びつけ、「国旗・国歌」の尊重の強制によって、批判の自由を認めない「国民の一体感を強要する。
自由社版は、愛国心を同心円的な広がりのなかの「自然の感情(32p)としている。また「君が代」の意味まで書き、育鵬社版は見開きコラム(p160)で「日本では、自国の国旗・国歌を尊重する気持ちがうすい」と書いている。
すると既存の国家システムを批判するものを非国民として糾弾することは当然だという論理になる。
また学習指導要領の「我が国の伝統と文化」を踏まえ、伝統文化の基礎として、天皇に連なる「神道」を必要以上に重視し、家族論では、伝統尊重の名の下に性別役割分担に誘導しようとしている。家族について、たとえば育鵬社版は「家族は、こうした役割分担を通して個人に社会的な立場と責任感をあたえ、個人と社会を結びつけて社会を安定させるはたらきを果たしています」(p28-29)と書いている。自由社版は(1960-80年代に専業主婦の割合がもっとも多くなり)「家庭を預かる主婦という理想像が実現しました」と書いていたが検定意見がつき削除した。
天皇について、自由社版は国事行為を詳述し、他国から「元首の待遇を受けることもある」と象徴天皇に否定的な記述をしている。育鵬社は「古くから続く日本の伝統的な姿を体現したり、国民の統合を強めたりする存在」(p43)と、天皇が国民統合の存在であることを述べる。
●平和主義、日米安保体制
2社ともに、自衛隊の役割を高く評価し、憲法9条を変えて自衛隊を明確に位置づけることに力点をおいている。
自由社版は自衛隊の政府解釈への批判を紹介し「自衛隊は憲法違反であるから解散すべきだという主張もあります。しかし逆に、憲法改正を行って自衛権の保有を明確にするとともに、自衛隊をわが国の軍隊として位置づけるべきだいう主張もあります」(73p)生徒を誘導する展開をしている。さらに「もっと知りたい わが国の安全保障の課題」という2pコラムで9条の4種類の解釈を詳述するが、中学生のレベルを超えている。
日本国憲法の平和主義は、二つの世界大戦の惨禍を経て二度と戦争をしないこと、そのために一切の戦力を保持しないことを宣言し、国家間の対立は平和的な方法によって解決することを基本原則とした点で画期的な意義をもっている。中学生にはまずこのことをきちんと教えるべきではないか。多様な考え方を中学生に提示し、自ら調べたり、討論したりしながら、中学生自身の見方や考え方を形成するためには、自由社版や育鵬社版のような特定の立場にたった教科書はふさわしくない
そして2社ともに日米安保と自衛隊による「国際貢献」を高く評価し、非軍事的手段による国際貢献や国際協力は後景に退いている。沖縄の基地問題も軽視している。

長年、中学生に公民を教えてきた。なぜいまこの教科書が登場し、公然と検定を経て採択を委ねられようとしているのか。その事実を受け止め、子どもたちにいままでどういう教育をしてきたのか、反省すべきは率直に反省し、もっともっと現場の先生が知恵を出し合い授業を工夫しながら子どもたちに憲法教育、平和教育を進めていくことが必要だ。こうした教科書が登場し、そういう考え方が社会に広がるなかでからめとられていく状況がいまじわじわと進んでいるのではないかということを強く感じている。
(このほか、「法治主義、立憲主義」「大日本帝国憲法と日本国憲法の制定」「基本的人権」「国民の政治参加(地方自治含む)」「日本の司法制度と裁判員制度」「『憲法改正』について」「経済分野」など多くのポイントにスポットを当て、2社の教科書の問題点が報告された。)

☆このシンポジウムでは50分もの充実した討論が行われた。社会科の中学教員の方から「地理4種、地図2種、歴史7種、公民7種、合計20冊の教科書を1週間で読み調査報告書を提出したところ」と現場の過密な状況が紹介された。多摩地区の方から「教育委員は先生方がつくった調査報告書をみるのではなく、選定協議会がまとめた資料をみる。情報公開により、指導主事が「意訳して書いている」と語ったことが議事録から発覚した」という報告があった。また教科書採択審議委員会に公募で委員を務めた方から「校長のなかには『つくる会教科書』採択派の校長もいて、大変だった。採択にはそういうハードルもある」という体験が語られた。
2010年度検定で、育鵬社の歴史は150か所、公民は51か所、自由社の歴史は237か所、公民は139か所意見がつき、さらに市販本をつくる段階で、育鵬社は歴史84か所、公民118か所、自由社は歴史84か所、公民87か所を文科省に申請して訂正した。ほとんどは誤記である。それで終わったかというと、1行脱落していたり、自由社の歴史年表は2002年の東京書籍版の丸写しであることが最近判明した。「
こんな教科書を『よい教科書』として採択し、使ってよいものなのか」というアピールがあった。
なお教科書ネットでは「子どもに渡せない育鵬社版・自由社版教科書」というA5版8pのパンフを作成し10円で頒布している。



●2011年6月14日原発の部分を一部修正
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