広報邂逅記

広報宣伝に携わる私が、世の中の面白いこと、美味しいものや温泉鉄道旅を紹介します。(⌒∇⌒。)三(。⌒∇⌒)。

100120 新宿駅人身事故

2010-02-09 04:50:39 | 鉄子ネタ
中央線に乗るため新南口より新宿駅に入ると、
なんと3番線埼京線のホームで人身事故が起きたらしい。23:20
しかも、まさに、起きたばかりみたいでコンコースの窓から皆んな覗いている。
怖いもの見たさでチラリと覗くと電車が止まっていてホームにも沢山人がいる状態だ。
まさに、ちょうどこのコンコースの下辺りで事故が起きたのか、
ホームの人の何人かがしゃがんでホームの隙間から覗きこんでいた。
写メで撮っている人もいた。
『今、降りれば、見れるぜ』と階段を降りていく若者もいた。
さすがに、それは不謹慎なので、中央線が止まっていないことを祈りながらホームへ。
ちょうど、階段を降りようとした時に消防車の救急車サイレン音が聞こえた。
時計を見たら23:30ぐらいだったからさすが早い。
23:31の中央線がちょうど来るはずなのだが、非常停止ボタンが押されたせいもあり、
案の定、安全確認のため電車は全て止まっていた。
中央線のホームはちょうど3番線の埼京線のホームが見えるので
様子を眺めたが、係員が来てホームから人を出す訳でもなく、
何故か皆んな事故が起きた電車に向かって並んでいる。
事故のアナウンスが無ければよその駅での事故で電車が止まっているようにしか思えない。
ただ、止まっている電車には誰も乗っておらず、ドアはしまっていた。
何故、係員が来てホーム整理とかしないのか不思議だ。
そうこうしているうちに、南口の階段から
ヘルメット、白マスク、水色の上着に安全用のシルバーの反射ベストを着た人たちが
色々な道具を持って降りてきた。
一見、救急隊員に見えるが、反射ベストに書いてある文字がどうやら違う。
多分、JRの駅員だ。
JRの友達から以前聞いた話では、亡くなってくれていたほうが
電車は早く再開するらしい。
つまり、警察が来る前に片付けて、電車を再開するには、
亡くなってくれていたほうが、証人さえ確保しておけばいいので早いらしい。
しかし、生きていた場合は下手に動ごかせないし、
そうこうしているうちに警察がきて現場検証のため長い間、
電車を止めることになってしまう。
だから、人身事故が発生したら駅員総出で急ぎ回収して、
一刻も早く再開できるよう努めるらしい。ところで、
そうやって長い間、電車を止めた場合はもちろん、
JR側は遅延に伴う損害賠償を遺族に請求します。
その額は数千万円とか…。
友達に払えない場合はどうなるの?と聞くと、
数千万円の請求書は形式的に出すだけで、とても払える額ではないので、
その中から払える分だけ払ってもらうらしい。
鉄道側としては大損なので、人身事故は本当に困ると言っていた。
もちろん、その友達も人身事故の処理にあたったことはあるらしい。
駅勤務だと、必ず一度は遭遇する作業だと言う。
さて話は戻り、階段から降りてきたJR駅員たちは、
やはり新南口からの階段方面へ向かっていた。

そうこうしているうちに、中央線が約4分遅れくらいで入線した。
なんと懐かしい旧型だ。
この先の状態は多少気になったが、電車に乗ることにした。
窓からホームは見えたが、その時、4番線に埼京線が入ってきたので、
3番線の様子は見えなくなってしまった。
その後、中央線は10分遅れで23:50頃御茶ノ水についた。
その後もすぐには総武線も発車できず、3台の中央線の接続を取ってやっと出発。
秋葉原の日比谷線のホームに着いたのは24時ジャストだった。
まあ、人身事故の直接の路線ではなかったので、
再開が比較的早くて良かった。
それにしても、ビックリなのは、事故が起きたホームを封鎖したり、
ローピングしたりしないことだ。
しかも、乗客は何事も起きてないかのごとく、
普通にホームに並んでいるのにはたまげた
人が一人、すぐそばで死んでも何も感じないというのか、
無関心なのか、騒ぐ人も少ない。
都会が冷たいと言われる由縁だろいか…

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100119 芥川賞作家の磯崎憲一郎氏は高校の先輩だった

2010-02-09 04:49:54 | 芸術・文化・Culture
今日は仲の良いお取引先と高田馬場で新年会
私が下町生まれと言うことで、亀有出身のママのもんじゃ焼き屋へ。
なんとこのお店、塩もんじゃなるメニューがある。
小さい頃、お醤油は試したがさすがに塩は思いつかなかった
亀有ではチャレンジしていたのだろうか?
食すと、さっぱりしていて別の食べ物みたいな感じだ。
おせんべを食べると、何故か同じだった。
あれは、ソースが味に影響しているわけではないようだ。
なるほどぉ~色々と新発見奥が深い

さて、そんな下町話をしていると
H部長の友達で昨今、芥川賞をとられた『終の住処』の磯崎憲一郎氏が
高校のちょっと上の先輩だと判明。

 磯崎憲一郎氏

しかも、終の住処の主人公のモデルはH部長だそうだ
世間は狭いものだ。
それにしても、我が高校のもう一人の有名人の小椋佳と言い、
サラリーマン兼業の傾向があるのだろうか。

 小椋桂氏

我々が学んだ古き良き校舎は建て直されてしまったが、
ホームページを見ると、自主協調の精神はまだ受け継がれているようだ。

東叡山の丘の上 そそりてたつは我が母校




 磯崎憲一郎/著

1965年、千葉県生まれ。早稲田大学商学部卒業。
2007年『肝心の子供』で文藝賞受賞。
2008年『眼と太陽』が芥川賞候補に。
2009年『世紀の発見』刊行。
同年『終の住処』で第141回芥川賞受賞。


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100119 鉄道作家の野村正樹先生

2010-02-09 04:49:03 | 鉄子ネタ


野村正樹先生との出会いは数年前に鉄子が故に知人が紹介してくれたのが始まりだった。
サントリーの宣伝部にお勤めだったが、脱サラして作家になられた。
サントリーの佐治会長のお話しなども著書にはあるが、
鉄分が高いだけに、鉄道絡みの内容が多い。
地元の本屋さんで可愛い都電の装丁の新書を見つけて手に取ると、
なんと野村先生の本だった。
平積よりさらに待遇の良い推薦本の枠で壁に飾られていた。
最近、ご無沙汰してしまっているが、頑張っていらっしゃるんだなぁ。
なかなか、表紙も可愛いし鉄子でなくても面白い本なので
是非、読んでみてください!


東京 思い出 電車旅
のんびりと自由時間の街歩き
野村正樹著

2010年 東洋経済新報社(1/15新発売)
1600円+税 四六判ハードカバー

昭和30年代、高校生だった私が撮影した
古き東京の鉄道写真を手掛かりに
半世紀後に訪ね歩く私撰・東京八景。
置き忘れていた青春時代がよみがえる……。

プロローグ 1枚の古い写真から
第1景…… 渋谷道玄坂
第2景…… 新宿西口ターミナル
第3景…… 銀座通りと東京タワー
第4景…… 赤坂見附交差点
第5景…… 山の手・私鉄沿線めぐり
第6景…… 多摩川と隅田川
第7景…… 荒川線・途中下車の旅
第8景…… 武蔵野散歩
エピローグ 友と家族と歩く歳月



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2010-02-09 04:01:52 | 食べ物
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2010-02-09 03:39:58 | 食べ物
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