カジミール氏の方は何も気づかず、葉巻に火をつけようとして大量のマッチを使い果たしてもうまく行かず、言葉を続けた。
「つまり何ですね、あなた、あたしを厄介払いしたいってぇことですね……そいつぁ駄目だぜ、リゼット、ってやつですよ(リゼットは19世紀の喜劇に登場する抜け目ない小間使い。相手の行為を制止するときに使われた)。一緒に私んちに行って、そういった女たちから来た手紙を読んであげますよ……その後モルルーに行ってビリヤードでひと勝負やりましょうよ……そこじゃ大いに楽しめますよ。ド・コマラン邸で働くジョゼフにお引き合わせしましょう。これがまた気の利く面白い奴でね……」
「そうですね……ですがその前にここの支払いを済まさねばなりません」
「ああそうですね、そうしてください……」
フォルチュナ氏は呼び鈴を鳴らし、勘定書きを持ってくるよう頼んだ。もう十分に予想以上の情報を聞き出したし、例の手紙はポケットに収まっているし、残る仕事はただ一つ、カジミール氏を厄介払いすることだけだった。しかしこれは簡単なことではなさそうだった。酔っ払いというのはしつこく付きまとうものだからだ。フォルチュナ氏がどんな手を使えば良いかを思案していたとき店の主人が現れて言った。
「ひどく顔色の悪い若い男の方が来られまして……どうも執達吏らしいですが……お客様方と話をしたいと言っておられます……」
「え、そりゃシュパンじゃないか!」とカジミール氏が叫んだ。「友達だ。ここへ連れてきてくれ。それにグラスを一つ。人数が多ければ多いほど楽しいって言うじゃないすか!」
シュパンが一体何の用だろう、フォルチュナ氏には全く心当たりがなかった。それでも彼の出現は有難かった。カジミールという重荷を彼に押し付けられると考えたからだ。
しかしヴィクトール・シュパンは入ってくるなり顔を曇らせた。カジミール氏の華々しい酩酊加減は一目見ただけで分かったからだ。シュパンという男は真面目で几帳面だったので酒を飲みながら仕事をするなどということを嫌っていたし、日頃から酔っ払いへの嫌悪感を公言していた。彼はフォルチュナ氏に丁寧に挨拶をすると、カジミール氏に向かい不機嫌な調子で言った。
「もう三時ですよ……打合せした通りカジミールさん、あんたを迎えに来ました。ド・シャルース伯爵の葬儀を一緒に取り行うことになってましたよね」
カジミール氏は頭から氷水を振りかけられたようになった。
「何てこった! すっかり忘れていた……ああ本当に、すっかり!」
そして記憶が一度に蘇り、彼が引き受けた責任を思い出した。そして自分が酔っ払っていることも。10.4