彼は慰めの言葉を言い始めた。が、マダム・ダルジュレは突然立ち上がって言った。
「兄に会わなくては!……最後にもう一度兄の顔を見なくては!」
だがしかし、何か恐ろしい記憶を思い出したか、彼女はその場に釘付けになった。それから絶望的な身振りをし、すべての苦しみと怒りを吐き出すかのように叫んだ。
「いいえ、駄目だわ! そんなことすら、私には出来ない!」
フォルチュナ氏は気詰まりを覚えずにはいられなかった。そして少し不安にもなった。唖然としてその場に凍り付いていた彼は当惑しながら再び腰を下ろしたマダム・ダルジュレを観察した。彼女は泣き崩れ、肘掛椅子のアームで頭を支えていた。
「誰がそれを止めると言うんだろう?」と彼は考えていた。「兄が死んでしまった今となって、何故このように突然の恐怖に囚われるのか? してみると彼女は自分がシャルース家の一員であることを公にしたくないのだろうか! しかしもし彼女が伯爵の遺産を相続したいと思うなら、結局はそうしなければならないだろうに……」
フォルチュナ氏はまだしばらく沈黙を保っていた。頭の中では様々なそれぞれ矛盾しあう仮説が彼を悩ませていた。やがてついにマダム・ダルジュレの興奮も収まってきたように思われた。
「お許しください、マダム」彼は再び口を開いた。「貴女様のお嘆きは至極ごもっともでございます。こんなときにお心を乱すようなことを申すのは何ですが、貴女様のお受けになる利益についてお話せねばなりません」
不幸に見舞われた人間が陥る受け身の従順さで、彼女は涙に濡れた顔を覆っていた両手を顔から離した。
「言ってください」と彼女は囁くように言った。
フォルチュナ氏の方では、時間があったので既に考えをまとめていた。
「まず第一に申し上げておかねばならないのは」彼は言い始めた。「私はド・シャルース伯爵に信頼を置かれていた者だということです。私には伯爵は庇護者であり、その方を亡くしました……。あの方をあまりに尊敬しておりますので、友などと呼ぶことは出来ません。ですが伯爵は私には一切隠し立てをなさいませんでした……」
マダム・ダルジュレがこの感情的な前置きを全く理解していないことは明らかだったので、フォルチュナ氏は付け加えて言う必要があると思った。
「私がこのように申しますのは、貴女様の歓心を買うためというより、私が貴女様のご家族のことをよく存じているのはそういうことからだと知って頂きたかったからです……他には誰も知らぬ貴女様の存在を私が知っているのはそういうことです」10.19