彼はここで言葉を止めた。何らかの反応か、言葉か、身振りがあるかと待っていたが、何もなかったので先を続けた。
「なによりもまず、ド・シャルース伯爵の置かれていた状況に目を向けていただきたいのです。特にその亡くなられる直前の状況に……。死は突然伯爵を襲いました。何の前触れもなく雷に打たれたように彼は倒れました。ですので伯爵は規定通りの遺言を残すのはおろか、自分の声で最後の意志を伝えることも出来なかったのです。このことはマダム、貴女様にとって天の配剤とも言うべきものでございます……。ド・シャルース伯爵は貴女様に対しある種の反感といったものをお持ちで……お気の毒な伯爵。あれほど立派な心根の方はいらっしゃいませんでしたのに、一旦恨みの気持ちを持つと手が付けられなくなるほどに……。彼の財産を貴女様には相続させないという決意を固めておられたことは間違いのないことで……。その目的のため、既に財産を違う形態に置き換え始めておられまして……。もう六か月長く生きておられれば、貴女様は一サンチームたりとも手にすることは出来なかったでしょう」
マダム・ダルジュレはそんなことどうでもいい、という身振りをした。例の手紙の中に書かれていた脅迫に近い懇願とは相容れない態度である。
「ああ……どうだっていいわ、そんなこと!」と彼女は呟いた。
「どうだっていいとは、どういうことですか!」とフォルチュナ氏は叫んだ。「マダム、貴女様は悲しみのあまり、ご自分がもう少しで失いそうになったものが如何に大きいかが分かっておられない。伯爵には、貴女に何も与えないもっと他の理由もありました。彼の王侯貴族のような富を愛する娘に与えると誓っていたのです」
ここで初めて無表情だったマダム・ダルジュレの顔に感情が動いたのが見えた。
「なんですって! ……兄に子供がいたというの……」
「はい、婚外の娘さんのマルグリット嬢です……綺麗なおとなしいお嬢様で私も何年か前お目にかかったことがございます。六か月前から伯爵のそばで暮らしておられまして、伯爵は莫大な持参金をつけて嫁にやるおつもりでした。お相手というのはフランスでも指折りの由緒ある家柄のド・ヴァロルセイ侯爵で……」
この名前は電気ショックのようにマダム・ダルジュレを震撼させた。彼女は立ち上がり、その目は怒りに燃えていた。
「今あなたはこう言ったわね」彼女は言った。「私の兄の娘がド・ヴァロルセイ侯爵と結婚すると?」
「そう決まっております……侯爵はマルグリット嬢に夢中で……」
「でも彼女の方はそうじゃないでしょう!……白状なさい、彼女は彼を愛してなどいないと」10.21