エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

2-IX-11

2023-10-06 14:36:18 | 地獄の生活
そして最後に、テーブルの上に掛けられた小さな鏡に一瞥をくれたき、自分の様相に驚いてしまった。
「なんてこった!」と彼は呟いた。「昔の俺、なんてチンケだったんだ!」
彼は着替えている間ずっと極力音を立てないようにしていたのだが、無駄な努力だった。目の見えない人間が身に着ける恐るべき聴力のおかげで彼女は息子の動きをすべて察知していた。まるで傍に立って彼を観察していたかのように……。
「お前、着替えをしたね、トト?」と彼女は尋ねた。
「ああ、うん……」
「なんでシャツを着たのかい?」
母親の鋭い洞察力をよく知っている彼ではあったが、それでもこれにはギクッとした。しかし嘘を吐こうとは思わなかった。母親が手を伸ばしただけで嘘はばれてしまう。
「これからやる仕事のために必要なんだ」と彼は答えた。
目の見えない母親の優しい顔つきは一変して厳しいものとなった。
「そのために変装しなけりゃならないのかい?」彼女の口調はきっぱりしていた。
「でも、おっ母さん、違うんだよ……」
「お黙り! 人に知られないようにする必要があるのは、なにか悪いことをするときだ……。お前の雇い主の人がここに見えて以来、お前は私になにか隠し事をしている……。お前が何を考えているか、私にはお見通しだってこと、お前は分かっていないとみえるね。トト、気を付けるんだよ! あの人の声を聞いたそのときから、お前を何かの犯罪の道連れにする気があるってこと、私はピンときたんだよ。かつて他の連中がお前にしたように……」
「おっ母さん、約束するよ。俺、あの人のところは辞める」彼は言明した。「だからもう安心しなって」
「それなら、良いよ! ……だけど、これからどこへ行くの?」
この母親を完全に納得させるためには一つしか方法はなかった。それはすべてを打ち明けることだった。というわけでシュパンは、これ以上ない率直さで語って聞かせた。
「ああ、そういうことなんだね!」シュパンが放し終えると母親は言った。「お前、自分がどれほど騙されやすいか、てこと分かりそうなものなのに! スパイの役をするなんて恥ずかしい仕事を引き受けるなんてこと、どうして出来るんだい! そういうことをすれば、どういうところに行き着くか、お前は知っているのに。10.6

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