「なんと言われる!」
「そういうことです……後に引けぬ決意をする羽目になりましてね。私のことを中傷する連中がおりまして」
この返答は何でもないことのように言われたが、それでもトリゴー男爵が持っていた確信がなにがしか揺らいだ。
「貴殿を中傷する者がいるとは……」と彼は呟いた。
「全くけしからんことです!先週の日曜、私の厩舎の中で一番の名馬ドミンゴが三着という惨敗を喫してしまいまして……ドミンゴというのは一番人気で……どれぐらいの人々を落胆させたかお分かりでしょう……それで人がどんなことを言ったと思います? 私が密かに自分自身の馬以外の馬に賭け、自分の馬が負かされることによって利益を得た、自分のジョッキーとは予め示し合わせてあったのだ、とこうですよ……そりゃ、こういったことが日常茶飯事のように行われていることは私も存じておりますよ。それでもやはり中傷であることは間違いない!」
「そんなことを言ったのは一体誰です?」
「ああ、それは分かっています! ……確かなことは、その噂は至る所に広まっていて、活字にまでされているということです。ですが、その言い回しが実に狡猾なので、賠償要求をすることもできないということなのです。このインチキで私は巨額の金を手に入れたと、それに実際に賭けを行うのに別の名義人を雇ったとまで言われています。ロッシュコート、ケルボリュー、コラルト、他二名よいった……」
男爵は最後の名前を聞いてびくっと身体を大きく震わせた。ド・ヴァロルセイ侯爵もそれに気づいたがその理由は分からなかった。トリゴー男爵と同じ交際範囲に生きていて、彼の逸話などを知っている侯爵は、男爵がコラルトの名前を聞いて苛立ち、その名前を耳にするのも厭わしいのであろうと思った。
「というわけで」と彼は素早く先を続けた。「驚かないでいただきたい、もし来週にも私の厩舎の馬全体が売却されるという告知を目にされたとしても……」
「何と言われる! あれを手放すなどと……」
「ええ、私の馬を全部ですよ、男爵……全部で十九頭ですが、しめて八千から一万ルイ(1ルイ=20フラン)にはなるでしょう! ドミンゴ一頭で四万フランは下らないでしょうからねぇ……9.12
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