II.
トリゴー男爵邸の内部は、その豪華さにおいて外観の威容に引けを取らぬものだった。玄関からして、百万長者であるその主人が気まぐれには金に糸目を付けぬ趣味の持ち主であることは明らかだった。玄関ホールは高価なモザイクが敷き詰められ温室と化していた。毎朝ここには新しい花々で一杯になるのだった。珍しくも奇妙な植物が純金のトレリスを這い、その後は壁をつたわり天井から古代中国の陶器の花瓶へと垂れ下がっていた。そしてその緑の葉の隙間からは著名な彫刻家の手になる大理石の像が姿を見せていた。
ニスを塗った籐の長椅子はまるで古ぼけたベンチみたいに見えたが、その上に座った二人の大男の従僕はたった今鋳造所から出てきたばかりの金貨のようにピカピカの身なりをしていた。彼らはちょうど顎も外れんばかりの大あくびをしているところだった。
「おおい、ちょっと聞くがな」とパスカルを案内してきた男が声を掛けた。「いま男爵はお手すきかい?」
「なんで?」
「こちらさんが旦那様にちょいと用があるんだそうだ」
二人の召使いはこの見知らぬ訪問客をじろじろ値踏みするように眺め、上流階級のお邸でお仕着せを着る従僕には向かない男だと見極めたか、大声で笑いながら、年かさの方が言った。
「これはこれは! なかなかのタイミングでおいでなすったもんだ。今行ってみな、奥様はお喜びになるだろうよ。かれこれ三十分も旦那様は奥様に小言を浴びせ続けてるんだからな。それも聞いたことのないほどの勢いで。まぁったく、あの旦那が一旦始めたとなると、そりゃなかなか終わらねぇさ……」
パスカルを連れて来た男の目に鋭い好奇心の色が浮かんだ。それから秘密めかした口調で尋ねた。
「今度は何に悩まされておいでなんだい、旦那様は? また例のフェルナンのことなんだろうな……それとも別のことか?」
「ああ、今日はファン・クロペンが原因だ」
「あの婦人服を作ってる男か?」
「そのとおり! 旦那様と奥様は朝食を一緒になさってたのさ---まぁ珍しいことさね---そしたらファン・クロペンがあのしゃあしゃあとした顔で現れたんだ。俺は秘かにこう思ったね『さぁさぁ、一悶着始まるぞ』とね。こういうことにかけちゃ、俺は鼻が利くんだ。そしたら案の定、クロペンが入って五分も経たないうちに旦那様の声がどんどん大きくなるのが聞こえたのさ。で、俺はこう思った。『ほれ、当たりだ! 仕立て屋の奴、請求書を持ってきたな』 俺には分かるんだ。で、奥様は奥様で出来る限りの金切り声を上げなさるが、旦那にゃ叶わねぇ。旦那様の悪態はどんな御者も顔負けだからな!」8.8
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